第13話 2014年8月31日 山梨県武田富士吉田市大富町 倉富名画座 ローマの休日(着色版)

 退去準備でもはや閑散しかない大富町。

 その中でも娯楽は限界の限りで、最後迄倉富名画座が踏ん張るも、もはや常連中の常連しか来れない状況で、もはやこれまでかと株式会社倉富名画座倉富賛逸社長が、8月31日の日曜日を最後の興行としての運びになる。

 8月度の月間興行はあの「ローマの休日」。それも、倉富名画座の最後の興行ならばと、日本国でも2つあるかの、1コマづつに職人技で着色した至宝のフィルムが、倉富さんの所が最後ならば是非にと貸し出される。

 着色版の噂を聞きつけた大富町の外部からも、是非大富町に訪れるようとするも。上杉口も北条口も、大富町議会によって三重柵で堰き止められて、為す術もなし。

 最終興行日は、その日の上映の3回目が終え、満足した観客が帰るも、ロビーに深く沈むは棘人の若き女性達。

 飯富奈々未と真田麻衣が、惚けながらも、紙コップのカフェラテに口を付けながらも、込み入った話に入る。


 麻衣、神妙にも

「そう、これが製作編集映画版。私の知ってる最後とは違うのだけど、勝手に書き換えて良いのかな。でも凄く良いと思う」

 奈々未、胸で両手をぎゅっとしては。

「良いじゃない。アン王女と皆の握手で、煮え切らないジョーを引き出して、飛び出すんだもの。まあよね、この製作編集映画版。名作故に落とし所は、高いフィルムでも、演出を一切残らず撮っておこうかが、私はいいなと言うか、何か勇気貰った」

 麻衣、くすりと

「奈々未は、そこでしょうけどね。どうかな、自らに被せているけど、映画の二人の行先はせいぜい、広場でジェラートでしょう。駆け落ちのそこ迄勇気無いだろうから、回廊疾駆の俯瞰でジ・エンドで目出度し。これ以上描くと、製作編集映画版であっても、崇高な恋愛要素なくなるわよ」

 奈々未、ただ視線も遠く

「ああか、それも今日迄か。倉富名画座は良い思い出ばかりかな。ふう、8月全出席でお給料が軽く吹っ飛んだけど、更に良い思い出になった。麻衣、付き合ってくれて有り難う」

 麻衣、溜息も深く

「私はあれでね。皆が奈々実の接待で、もう出費がで脱落して行く中、兎に角危なっかしいから、付いて、見守って、だからの緊急登板よ。そもそもで言うと。奈々未の人使いの荒さと来たら、先々の飯富家の主人として大丈夫なの。君、奈々未はね」

 奈々未、凛と

「それを言ったら、麻衣の真田家もどうなのよ。真田家家中で三番手の姫君。上がどんどん輿入れしたら、あなたも評定衆で真田家切り盛りする事になるのよ」

 麻衣、ただ大手に

「奈々未、あなた実に良いわ、実に鋭い。その一番手二番手が積んで輿入れ待機中。家中の緊迫たるやで、武田地領に流れて来たのだけど。いや、そこは実際に、祖父玄斎のやもめ暮らしの世話があってだから。まあ、そう言う事情だから、家中から帰参せよは無くて、清々してるけど」

 奈々未、吐息交じりに

「そこも程々にしなさいよ、麻衣。玄斎さん、郵便局でぴんぴんしてるじゃ無い。そこから、何をどう誘導して、何かと真田上田市に移植を勧誘しているのよ。これ、どこかで武田家評定衆の内政干渉だって、痛い目見るわよ」

 麻衣、奈々実の肩にとんと手を置いては

「それもどうよね。大富町程べらぼうで無い程にしても、武田地領には棘人大危険のビラは貼られているのよ。宥和措置多しの真田上田市はまだ緩衝地帯で、私麻衣、姫様も隔世遺伝であるし、棘人、別にいいわなのよ。何なら大富町全て移植しても、全然問題無いわよ」

 奈々未、麻衣の手を握りそっと戻しては

「希望の地、真田上田市。いざよ。それがままならないから、私が気を揉んでるのでしょう。倉富名画座を閉めても、倉富賛逸の技師の腕なら、そう、帝都にも呼ばれるわよね。遠いな、実に遠いな、帝都。仮に飯富家家長になって、武田家評定衆の末席に加わったとしても、御館眉様の護衛で園遊会に同伴出来るかどうか。帝都は華やかなれど、棘人にとっては敷居がとても高くてね。都は、それは自由だけど、異端は憚っての、どうしてもの儀礼がね。任人だけで世の中回ってると思ってる御時世は、もはやか。まあ、大富町が隠れ里扱いなのがね、そもそもであって」

 麻衣、声を潜めながら

「奈々未、そこ、いざは私を頼って。戸籍はどうにでも操作出来るから、真田上田市に入った機会に、一旦養子縁組して厄介な欄を空白に出来るわ。追っかけの駆け落ちは、全然余裕。ただその前に、既成事実をね。そこ、どう考えてるいらっしゃるの、奈々未はね」


 いつの間にか、奈々未と麻衣のベンチソファーの前に立ちはだかる女性剣聖塚原里恩。嗜めるように、二人の額を優しくぴしゃりとぴしゃりを。

「こらあ、戸籍それぞれ、脱法禁止。且つ君達はそれぞれの地領内の有力家で、武士の威厳とはを守り抜く立場にきつく有る。それは聞かなかった事にして。そもそもだね。こほん。賛逸に既成事実は成し得ない。あいつな、事務所の昼寝部屋でも背中合わせに寝るも。いやままにムラっと来て、添い寝して、あらごめん手が、服上から男性自身に伸ばすも、実に大人しいものだ。何だ、あいつは」


 麻衣、奈々未、照れながらも

「生々しい、いや賛逸さんらしい」「そこは、里恩さんの香料が足りないのではですよ。賛逸さん、基本果実好きですから」

 里恩、不意に胸を寄せては

「着痩せするけど、これでも胸は有る方なんだよな。と言うべきか、全く説明交渉無しで、自分勝手に、この私を帝都銀座に付き合わせるなんて。賛逸さ、私は仲良しで頼りになる従業員様扱いかよ。面白い、香り立つ女を連れ立つ以上、剣聖をどう押し倒すか、粘りに粘ってやろうじゃ無いの。ああ、ここね。機運が高まっての情交は、大人だもの。奈々未は、良いかな。ここは武士の嗜みの最たるものだから、女子の器量を見せてな」

 奈々未、凛と

「常在戦場。無念のままに死なれて、現世に未練があるのは、武士の恥辱です。ただ里恩さん、報告は貰いますよ。里恩さんを蔑ろにしたら、倉富賛逸という人物は、振り向いてもくれないですからね」

 里恩、髪の毛をくしゃり

「ああ、そこな。成り行きのままがあったら、報告の約束はするよ。妙に義理堅くて、面倒臭いからな、倉富賛逸って輩はな。嫉妬が発生したら、そうじゃ無いだろう、奈々未とさ。さて、それも口にして言える男気があるかね。まあ半々か」

 麻衣、嬉々と

「どうしてもムラっと来ますけど。置きましょう、それは。それで、このままののりでしたら、私達打ち上げ会にお呼ばれされますよね。賛逸さんなら、ああいたの君達、成人ならお酒飲めるよね。おいでよって」

 奈々未、こくりと

「そう、そうですよね」

 里恩、拍子抜けしては

「それ、そこなの、それでここで女子会してるの、君達ね。いいかね、賛逸って輩は、実に陽気で無邪気である。映写終えるとフィルムを冷やして丁寧に畳むと。待たせちゃいけないって、居酒屋湖産に飛んでい行ったよ。くれぐれも言っておくけど、君達は、倉富名画座のとても良い上客と、上下の格式に厳密な扱いだけであって、それ以上は、やめとこう。ここで私が泣かせたら。賛逸が不機嫌になる。大体さ、賛逸が傾く女性像って、ここも、えらくしんどいから止めとく」

 麻衣、奈々未共に

「がーん」「私も、がーん」

 里恩、奈々未と麻衣の手を取っては

「もうさ、ここは気持ちを切り替えて、奈々未、麻衣。私がちゃんと居酒屋湖産に連れて行くから。こら賛逸、倉富名画座の最後の店仕舞いを手伝ってくれましたって。賛逸、褒めろよ、絶対褒めろよってね。と言うことで、館内清掃は丁重かつ手短に終えるよ。分かった」

 麻衣、奈々未、素早い飛び上がりで、館内の清掃部屋に飛び込む。その健気さに、里恩の嬉し泣きが始まる。

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