第12話 2014年7月28日 山梨県武田富士吉田市大富町 白桃園 収穫

 大富町全ての地域が、転籍止む無くを邁進する大富町大改組で、人手不足からの農作物の収穫困難で滞って行く。

 大富町役場は事務作業に追われ、甲府からの派遣も、武田家の表立っての体面も有り、必要な生活基盤安定に集中する。そして農業寄合の伝手で多くに声掛けし、今週は白桃の栽培にただ勤しむ。


 白桃の栽培の主たる従事者が女性陣。脚立を自在に使い、袋がけされた白桃を、勘を良しとして、香り立ち、緑色が消えた白桃を手際よくひねり、腰の収穫籠に収める。

 ただ、大富町の緊急事態にも関わらず、人員は任人と棘人とそれぞれ違う収穫畑に配置される。それは要らぬ誤解を回避しようとの配慮で、区別は未だ仕来りとして存在する。


 まずは収穫物が大事と、丸富加工場中央作業所は、東・中央・西を一旦閉じて、抱える従業員を全て送り込む。その間の加工業は、武田地領内の提携先に委ねている。

 そして、園内ではただ寡黙も、募った心情を吐露して行く。


 高坂七瀬、脚立に上ったまま不意に。

「私達、農作物に慣れているとは言え、収穫とはね。いざ、全く別物だよね。そもそも私、複写機の整備も出来るからって、何でも器用の雰囲気与えるの、こう、どうかならないかな」

 内藤一実、ただ白桃芳しき香りを嗅ぎなら。

「良いじゃない、七瀬、実際器用だし。ほら棘人って、何かと強靭側面あるから、こう言う繊細な仕事って苦手っぽいでしょう。あの揃いの戦闘服の若手の一軍は、何とも思わってないでしょうけど、武田家管理職相当には、こう言うお手伝い、じわー、頑張ってるわ、と来ているから。ほら、こう言うの、大切な機会でしょう。憧れの評定衆入れる、絶好の大機会!」

 七瀬、目を細め。

「それ、一美。白桃の栽培で飛躍し過ぎ。というべきか、一美ね、最近痩身になって来てるけど、狙ってるの棘刀式。いやね、そこは今年は無いわよ、棘刀式そのものも。残念だけど」

 一美、ふわりと。

「そこは当日迄分からないものよ。何より、最近棘人と任人の鎹役で、急浮上している美女いるでしょう、真田麻衣。そことなく噂話するのだけど、派手だけが棘刀式の歴史では無いのよね。外郭の真田麻が、衣有志構成でも行けるのなら、これはこれで、私にも誉は回って来るわよ」

 七瀬、神妙に。

「あら、そう。そうで済む訳無いでしょう。一美、そう言う、無い筈の棘刀式の心配しなくて良いから。武田家の序列あれど、肝心なのは良縁の方でしょう。それは、漏れ無くきっちり回ってくるから。とは言え、何かな。大富町大火は不幸な出来事でした。も、他人事で如何よね。と言うべきか、ここで浮上する真田麻衣も扱いが難しいわね。真田家末席とは言え、真田地領繋がりとは、どうしよ浮かな。いや、それで、続きは」

 一美、口元を戻し。

「まず、真田麻衣自身に他意は無いわよ。大富町救済措置条例7つも立ち上げた真田上田市は、援助金も多いし、支援する為に奔走もするかな。そう、真田家も武田家と主従の繋がりはあるものの、その表裏の限り、どこかの時点で、真田上田市に潜り込むべきよね」

 七瀬、はきと。

「そういうのは禁止。そこは主任の絵梨花が、御館様からの指令書を受け取ってからよ。今は、敢えて野放しの方が回るとの機転でしょうし。総じて真田家に仁有りか。まあ、私は真田麻衣とは距離を置くけどね」

 一美、悩ましげに手にした白桃の皮を捲り一口。

「距離、そう言うのどうかな。棘人も任人も、大富町でここ迄激減したら、新たな共闘関係を、何れ向き合わないとも、思うわよ」

 高坂七瀬、呆れては隠れる様に白桃の皮を捲り一口。

「そこだけは渋いお話ね。私達は棘人のお目付役が大原則よ。とは言え、私が無断で剣豪村上義量を成敗してしまった成り行きがある以上、その共闘の線はどうしても現実的であって。いいえ、何か順番多く飛ばしちゃって、全然上手く説明出来ないわね。監視対象、味方、友垣。そもそもきっかけが、まるで無いでしょう」

 一美、忙しげに

「それもね。この区分けがあれだし。そう、こそっと諏訪大社に行こうよ、美食三昧で気分一新。新しい仲間玲香も、日曜は流石にお休みだし、玲香が案内役はお任せあれって言ってるでしょう。湖面電車で行こうよ、ねえ七瀬、」

 七瀬、思惑有り気に

「いつの間にかの玲香ね、上杉家ね。もうちょっと考えさせて、」

 七瀬と一美、白桃を平らげては、ただ察して、白桃の収穫を進めて行く。



 世間では日の出から午前作業で終えるものの、大富町は空前の人不足の為に、午後の作業にも突入。14時の休憩で合流したのは、社務所から戻った原絵梨花に丸富一休。七瀬一人を手招きしては、深き話に入る。


 七瀬、農夫帽子を膝下の置きながら。

「絵梨花、いや一休さんも、お呼ばれ長かったですね。まあ、お察しします」

 絵梨花、ただ悩ましく。

「ええ、それはよ。もっとも察したところで、この先が、くう、想像を絶するのだけど。一休さん、ここ、お断りは出来ないのですか」

 一休、ただ朗らかに。

「出来ないな。何せ、武田家の威信を掛けて、若手衆のご披露も有る。まあ若手じゃなかったら、御自由にもなるが、そこは了承させれられただろう。武田家の評定衆は三日三晩是々非々何てお決まりだから、出来ない、何故。絵梨花、体面だけで勝てる訳ないさ」

 絵梨花、ただ苦々しく。

「まず、大富町大火での失態ですよね。確かにあれは事故だとは釘刺されたものの。腕に覚え有りの輩が、大富町にいたのに何をしていたかですよ。気を使われて言われはしないですけどね。そうこうで、何というべきか、別に武田家は名誉回復に逸る訳でないでしょうけど。いやはや、中央への深謀遠慮も踏まえての、御館様の婚礼なのか。何かな。本来なら、私達詰め腹切らないといけないですよね」

 一休、ふわりと。

「おいおい、譜代が詰め腹したら、郷士の俺達も付き合うしか無いだろう。絶対やめろよ、そんな事。だからこその御館様の婚礼の吉事で、詰め腹出来る余地は一切無い。そう、御館様に甘えられるうちは甘えとくんだな。そもそも、武田眉様は結婚適齢期だ。御館様の役職に着いたとしても、むしろ遅い方だ。且つ家格互角と言えば、極めて世間が納得する」

 七瀬、恐る恐る。

「あの、こう、ふわっとしてますけど、御館様の婚礼とは何ですか。そして、御館様の結婚相手はどなたなのかな」

 絵梨花、まじまじと。

「七瀬、ここは真っ先に七瀬に相談よ。一美も眞幌も、それはもう口が軽いから、ああ空恐ろしい。と、何時迄も一人で怖がっても仕方ないから、了承して貰うわね。私達、大富町警邏班は、9月の武田眉様と上杉寛鉄様の結婚式の警護に出る様に、甲斐権左御殿改修普請に来ている馬場様から直々に懇願されたわ。行政に強い眉様が今すぐに上杉家に御輿入れする事は無いだろうけど、甲府市、上越市での婚礼パレードには、眩い華が必要との最大配慮よ。上杉家は屈強そのもの配置でしょうけど、武田家はそこを出し抜く為に、女性武士を集めたい旨よ。ああ、困るな、武田家家老は。強固こそが武田家で、いざ華を盛る何て、普段からして無いでしょう。いや、悪いとかではなく、こう練るのが凄まじいわよね。流石は評定衆なのね」

 七瀬、さも他人事の様にも。

「ふーん、御館様と、関東管領様か、うん、いや、待って、総地領同士の結婚って、聞いた事が無い様な。うーん、あちゃー、年の差の政略結婚、目眩がしそう。可愛そう、いや御館様は、そこまで儚くはまるで無いのよ、これが」

 一休、くしゃりと。

「そこは政略結婚の線は無いな。あれでも、事あるごとの会談で、やるなの感じとして尊敬し合ってる。互いに思いやれる、しかも立場を気兼ねなく。縁談有きだろうが、純粋に好き同士になれるなら、これは凄い良いお話さ。ただか。中央の御三家は、またと、悔しい追い越されたと、照れ混じりに悔しいらしい。まあ主君に、更なる光明があると言う事は良い事だ」

 七瀬、不意に。

「いや、私ですけど。婚礼パレードに、佩刀も無しで参加するなんて。そう私だけは、お断り出来ないものですかね」

 一休、笑みをたたえながら。

「そこは馬場様に、絵梨花が懇願したよ。七瀬の佩刀返却が前提と。ただ、七瀬のお取り上げは中央の評定衆が決めた事で、武田家が佩刀を戻したら、中央と面倒になるからと、これを預かってきた」右脇の細身の長い黒皮ケースを恭しく、七瀬に差し出す。

 七瀬、黒皮ケースのファスナー開くと、そこには黄金バット、ただ怪訝に。

「まあ、あれですね。野球はホームラン連発で、嫌いでは無いですけど。とは言え、大富町に打撃練習場無いので、バットは流石に手持ち無沙汰かな。甲府に出張ったら最低3回は通っておきたいな。いや、でも、佩刀お召しあげで、君は何してるかとも言われかねないし。ここは北条小田原市箱根町一択もか。いや行くにしても、乗合いバスが、町民削減で土日祝日運行の1/4の相当だし。はあ、基本歩く、いやー」

 一休、微笑混じりに。

「いや七瀬、あるだろう、大富町に打撃練習場。馬場様の長普請で、作ろうかで、瞬く間に円柱立てて、防柵網を立てて、投球機械も搬入されてカキンと良い音立ててるよ。あれだな、馬場様は何かと結束だから、野球好き高じて、打撃練習場経営しちゃうのも、有りなのか。まあ、今度行ってみなよ、麓の太陽ノック打撃練習場八号店にさ」

 七瀬、ただ呆れ顔で。

「おお、馬場様、八号店とは多角経営ですね。さすが武田評定衆重鎮ですね。いや、おや、何だろう、この竿の様な細身の握り。来る来る来てる。切り返しも自然の質感。まさか、」

 絵梨花、ただこくりと。

「そういう事。馬場様が、佩刀お取り上げなんて瑣末な事。柔術も良いけど、女子は間合いが握られるから、この黄金バットですって。突きも刺しも斬るも出来ないけど、七瀬の胆力なら複雑骨折の致死に至るわね。馬場様、中央からの詰問、対処の摺り替え、いざ不届きの突き上げ来ても、野球大好きで通せですって、七瀬の笑顔なら大丈夫って。まあ七瀬のファンの多い事多い事。ねえ、」

 七瀬、立ち上がってはゆっくり振り抜き。

「真芯に繋がるもの。金属バットにしては、何、この一直線に軌跡は。宝刀みたいよね。もっとも宝刀は眼福だけで、振りかざした事無いけど」

 一休、諭しながら。

「七瀬、全くだな、呑気なものだ。逸品拝領しておいて、真っ先に銘に行かないのか。これは本阿弥家謹製、本阿弥工房が七瀬の為のと研磨した黄金バットだ。馬場様御自らの手配で、七瀬も審議で会った本阿弥杏童が、きちんと七瀬を目分量で採寸した。七瀬専用とあって、黄金バットの方が佩刀より破壊力あるだろうな。まあ良いんじゃ無いか、これも武辺だ。成婚パレードに励む事だな。七瀬、これで断る理由全てが潰えたな。さてか、相反する武田家と上杉家の煙立つ成婚式に、七瀬にいざ命運が掛かろうとは。まあ楽しみだな」

「きゃーー」

 ただ悶絶で仰け反る七瀬に、絵梨花と一休が背筋痛めると、優しく手を差し伸べる。

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