第11話 2014年6月23日 山梨県武田富士吉田市大富町 桃富雑貨店 角茶房 期日

 転籍を旨とする大富町大改組は、大富町役場で町民約1万5000人の内7000人が出立準備の手続きに入る。ただ慰留の8000人も。内心相談は4000人、残りの3000人は家業の推移次第、頑なでも居残るは1000人の内容になる。大富町大火の動揺で、もはや町運営が厳しい状況にある。

 そして転籍の深い悩みは、家族の問題に限らず、大富町の活動をただ滞らせて行く。


 そして七瀬ら、密かに武田家中から送り込まれた面々が集う、いつもの三番町の桃富雑貨店の憩いの場の角茶房。今は複写機整備員一辺倒の高坂七瀬と、大富町役場職員本庄玲香が、残業を終えての15時で、ただ佇む。


 七瀬、ぶつぶつと。

「ずっと、臨時大富町役場に詰めてますけど、何処が終わりなんですかね。本業の丸富加工場に戻らないと。はあ、絵梨花、一実、眞幌が残業続きで会えないな。玲香さん、何処かで、こう区切りって来ないですかね」

 今や相棒の玲香が神妙に。

「私のさん付けもどうなの。さて、どうかしらね、七瀬。大富町の町民約1万5000人の内、7000人が転籍申請済み。これだけ大量だと、今後の大富町の生活基盤を維持はもう難しいわね。お母さん曰く、どうしても先祖の地を守るのは多くて1000人位でしょうから、1000人になる迄、私達応援隊は居残らないと」

 七瀬、項垂れながら。

「玲香さん。いや玲香、も長くなるのか。町民約1万5000人から、7000人が転籍申請済みを引いて、推定残留1000人も引いて、えっつ、まだ7000人も未確定、しかも込み入ってる、倍の倍の労力相当、あーん、困るかな。まだ折り返しにも達していないよ」

 玲香、こめかみが浮き上がり。

「推定計算ではそうも、未確定7000人がこれがもう、難しい相談ばかりでね。大富町大火はもう二度と無いか、町外超える生活基盤は嫌、医療に教育に等々。そうよ、既に7000人が転籍する以上、小商いで暮らすのはほぼ無理。いや、大富町の商業基盤は外部との交流なんだけど、失火の衝撃が大きくて、もうお仕事仲間の提携先に仕事を融通しているわ。つまり、もう先が見えてるのよ。勿論武田家には支援を要請しているけど、幕府中央が大富町の段階的に廃町を決めた以上、武田家による必要最低限以上の支援は、家中圧迫の大問題。大富町の自助努力をそれとなく促すしか無いわよね。どう、到底な、あれよね」

 七瀬、頭をもたげ。

「そこ、いざの経緯が痛いな。私達がね、ふう。仮にも私達奉行衆で、私が捕物に走ったのが、はあ、繁華街の一番町、二番町、三番町、の一帯が半分焼けて、まあこの角茶房一帯は辛うじて残ったけど、通う程に痛むね。どうしてもね」

 水羊羹を給仕するのは、剣聖も桃富雑貨店に勤める上泉染冬。

「まあよね、お二方。何処も彼処も渋いお話ばかりよ。本当に。私も張り切ってお造りをなのだけど、ここは、パタりとね。ついでに売り上げも低迷。真っ先に、食欲にまず来ちゃうものなのね。大口来たと思えば、お別れの食事で、私もお台所ではつい泣いちゃうわよね」

 玲香、恐る恐る。

「あの、剣聖、いや染冬さん。確か上杉家からの応援派遣ですよね。お役目的には、どう、もう、ですよね」

 染冬、からりと。

「ああ、別に言い淀む事無いわよ。武田家も私の扱いは既に知ってるわよ。皇位継承3位大洲賀実果様と皇位継承4位大洲賀純白様が、飯富家に逗留してるのを。そう、知ってるんでしょう、七瀬も」

 七瀬、ぽつりと。

「そこの公的事案に関しては、皇位継承相応の方が地領内にいるだけで、何処にとは。とは言え、大家の飯富家にはなりますよね。と言う事はですけど、警備の観点から、皇位継承の方々、やはり退出されますよね」

 染冬、くすりと。

「そこはね、無いでしょうね。そもそも大富町にいるとは帝都新聞の、皇族行動予定表には掲載されて無いもの。ずっと宮中の大学寮で歴史編纂作業中など、とね。まあ大らかよね、あの双子様も。逆に守りがいが実にあるけど。それにしても、上杉家から追加派遣無いのは、各家随時派遣を考慮して、一切の露見ままならず、一歩引いてろの諭しでしょうし。とは言えね、寡勢の同志として、今後も私達は親密にしましょうね」

 七瀬、得々と。

「その、然るお方がいるという事は、どうしても開催されますよね、棘刀式。ただ、6月最後の大安を過ぎても、棘刀式の選任式が有りませんけど。これは、もう内定が終わったのかしら。それともやはり中止の線ですか」

 玲香、思い倦ね漸く切り出し。

「ああはい、ここだけのお話だけど。大富町役場への棘刀式の計画書が提出されていない事を、前もって言っておくわ。異例としても6月最終日迄に提出される事は無いでしょうね。この有様だから尚更よ。それどころじゃないのよ、全てが、なのよ」

 染冬、神妙に。

「でしょうね。超堅物の御当主飯富保憲さんなら、今年は中止にするでしょうね。そもそも大富町大火は棘人にまつわる事なのだから、棘人排斥延々垂れ流されたのなら、自粛はするでしょう」

 七瀬、前のめりに。

「いえいえ待って下さい、棘刀式は大富町の儀式であって、上条久美町長が旗振り役の筈。何故飯富家が主導権を握ってるのですか」

 玲香、こくりと頷き。

「私は大富町の台帳を超速で捲って知ってるのだけど、棘刀式の最新予算1億2000万円のうち、1億1000万円は飯富家の協賛。残り1000万円とは言え、これが大富町のやっとの歳費。先々の資本運営を鑑みると、今年は愚か、来年以降も、飯富家が重い腰を上げないと、町営儀式ではしょぼくて、はい大富町廃れたな、で閉町一直線。どう、とことん厳しいわね」

 七瀬、顎をゆっくり下げ。

「そんな、お出かけ服の生地が。ああ、お仕立て代は自腹として、女性に配られる祭祀後の生地の配布がね、この先も、無いなんて。はあ、飯富家は、もの凄い太っ腹ですか」

 染冬、然もありなんも。

「私も3年も滞在していると、こんな上質な生地を拝領して良いのかしらよね。それはもう、知人の結婚式に着て行こうも、いや、何やかんやで、お役目有りきから、日帰り必須の関東中部止まりだったわね。もう、このまま大富町にいたら、子孫代々迄残せるお洒落着が積もるばかり。そう、実に希望の町大富町が、呆気もなく、こんな事になるなんてね。生きていれば、反省も何もやり直せない事ってあるものよ」

 七瀬、口籠もりながら。

「あの、」

 玲香、ぴしゃりと。

「七瀬。大富町役場も、飯富家も、棘刀式は土台無理よ、」

 染冬、仰け反っては戻り。

「そう、無いでしょうね、棘刀式。保憲さん、ほら、えっらい堅物だから。こんなに手垢が着いたら、当主交代で代わる迄、本当無理よ。嘘でしょうも、巡回中の保憲さんを捕まえると、そう、今でも私が至らないで自責の念の真っ最中。今だにね」

 七瀬、尚も

「それでも、儀式に多くの方が集まりますよね。棘刀式は復興祭として、繁栄出来る側面がある筈ですよ。予算より、意義を重んじるべきです」

 玲香、淡々と。

「主旨は分かるけど、そこは棘刀式検討会を3回会談してお流れの面持ちよ。格式のある舞台、甲斐権左御殿は、桜桃檜大舞台壁だけを残して完全燃焼。ああ、ここも、実は変名ではあるものの名匠長谷川等伯作だったなんて、これを大ぴらにも言えない。中央の威信が崩れちゃう」

 七瀬、事も無げに。

「ああ、焼け跡でもパッと咲いてる、桜桃檜大舞台壁ですか。あれが残ってるなら、ちょいちょい直して組み上げて、野外舞台に出来ますよね」

 染冬、ただ悩ましく。

「ああ、待って待って、何て事を。仮にも、安土桃山文化の名匠作品に加修何て、恐れ多すぎる。いやどうかなあ、言わなきゃ良いことよね。玲香も、ここスッと通しなさいよ。大きな要望があってこその大枠でもあるでしょう」

 玲香、指で算盤弾きながら御破算。

「おお、そう来るのね。その七瀬の限定特殊案、ここだけの話なら、大富町役場の補正予算で行けます。何より辛うじて空梅雨なので、塗料が落ちない内に、大急ぎで屋根を足さないと。とは言え、飯富家の敷地でもあるので、承認貰わないと行けないですし。いや、大富町を瀕死から救った高坂七瀬と、剣聖神泉染冬の指南と、大富町役場の緊急付帯事項なら、そう。通りますよ、通しましょう。有形文化財を野ざらしにして良い道理は有りません。そうとなれば、今から出向きます」

 染冬、くすりと。

「玲香、それはお待ちなさいよ、ははん」

 七瀬、深く頷き。

「私達の名前も出すのならば、そう三人一緒に行きましょうよ。ここすごく大切ですよ。飯富家、そう言う礼の尽くし方は大切にしますよね」

 七瀬から発して、染冬、玲香が両手を差し出し、組み上げては結束を固く結ぶ。

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