第9話 2014年5月27日 山梨県武田甲府市 躑躅ノ森地領会館公式評定室 仕置
武田家躑躅ヶ崎館ほぼそのままから摂取し、武田家の公務及び観光の一大拠点が躑躅ノ森地領会館地域となる。
先日の大富町大火で関係各位が質疑に呼び出され、負傷かの精密検査の終えた高坂七瀬が大トリに応じる。
場所は躑躅ノ森地領会館公式評定室で、過去最近の何れもの事案は進退如何にで人生が大きく振られる。七瀬が神妙に入室しては、一瞬首を傾げるも、溜め息を堪えるのがやっと。
評定室の畳の上座に座るは、中央には直参筆頭兼特殊救助隊長官井伊乾一郎。右には直参御伽衆も鑑定係本阿弥杏童。左には直参異端審問官もカトリック教司祭高山夕鶴。以上の帝都の一大難事ならではの顔ぶれがここ武田家そのままに。
七瀬、挨拶もそこそこに畳に額付き
「武田家監察班高坂七瀬にございます。系譜の末席と言えど役目を仰せ使っていますので、御配慮無き適切な裁定をお願い申し上げます」
本阿弥杏童、くすりと
「高坂さん。一番最後に態々及びした以上、やれ磔刑とか、切腹などございませんよ」
高山夕鶴、安堵しては
「ほっつ、良かったです。剣豪村上義量に心の臓を蹴り上げられたと合っては、並みの一般兵ならば死んだ筈なのですが。呼吸も乱れず言葉も確かですか、無事で何よりです。とは言え、七瀬さんの覚醒が土壇場では、先々の準剣豪としては安定せぬものです。ここは丁寧にお話をしましょうか。そうですよね、乾一郎さん、」
井伊乾一郎、口角を下げては
「やれ脅しで、勢いそのまま刃傷の沙汰は如何にで問い詰めるつもりが、役職抜きの進行では、まあそれも良かろう。俺達はご覧の通り若すぎるから、距離は兎に角近い方が良い、そうであろう」
七瀬、恭しく額を上げては
「乾一郎様、夕鶴様、杏童様、意趣は汲みたく思います。まずのお話ですが、大富町のこの先の行方の仕置きを聞きたく思います」
乾一郎、嘆息交じりに
「さては七瀬、君は武田家若輩であって、何故監察対象の大富町いや棘人に肩入れする。流石の武田眉でも臍を曲げるぞ」
七瀬、神妙に
「今回の大富町大火、いいえ実質武田家中を巡る乱相当です。ですが、ここはどうか穏便に大富町大火そのままの仕置きにお願い上げます」
乾一郎、真紅の法被もそぞろに
「そこの話は段取りがあるので、七瀬の口から、村上義量の仕儀を改めて聞こうか。彼奴に不作法あれど、刃傷で死亡では記録に添えねばならん」
七瀬、凛と
「はい。村上義量とは剣豪とは裏腹に粗忽そのもの、地領に固執し、武田家上杉家あまつさえ北条家にも取り入ろうとする、世界大戦後の日本国大復興の重点課題である、地領幸福案を蔑ろにする以ての外の輩です。且つ中華帝国の後ろ盾を得て、棘人の仕組みを悪戯に模倣し人の道を大いに外れ鬼畜と成す大悪党です。私の成敗が正しいかどうかはさておき、先ずは先端を挫いてこそが、後顧の憂いを消すものと思い、結果深い処断に相成りました」
乾一郎、仕置き台をぴしゃりと
「了見は如何にも。だが、生き残った村上郎党は本土確保しか知らぬの一点張り。ここ迄の支援が村上義量の配分とは到底思えぬのに、中華帝国に何の義理があるか正さねばなるまい。やはり村上義量即死は手痛い。もっとも彼奴は方便の塊、生きていても良からぬ言質で各家を巻き込んでは厄介か、やはり七瀬に傾くのが正しきと感じ入る。まあ奥深く事情は、探索方を通じて中華帝国の意を汲んだ糸井蟷螂製薬研究所の趙麗華の金の流れは駿河国立銀行を通じて掴んでいる。後は召喚するのみも時期次第であろう。そうとは言えかく言わねばならない、甲斐権左御殿で高坂七瀬が単独で村上義量を討ち果たしたのは早計で有り、ここは公儀の建前上、高坂七瀬に仕置きを申し伝えねばなるまい」
七瀬、眼差しも深く
「切腹でございますか」
乾一郎、ゆっくり首を振り
「それは否だ。重職の軽挙妄動なら、即座に斬首だが、七瀬は若人、日本国の未来を背負うものである。佩刀お取り上げしかるべしで、御三家の采配を貰った。まあたまには真っ当な事をして下さる。とは言え、格別の無邪気さで執権参与常陸陽菜様が、凄い凄い会席に呼んでと押しに押しされた日には、何れはどうしても七瀬に付き合って貰おうか。良かろう」
七瀬、悩ましげに
「ええと、士分剥奪、それでは武田家への御奉公が出来ませね。いっそ切腹のお申し付けを、どうかご慈悲を」
杏童、くすりと
「ほら、言った通りでしょう、七瀬さんは背負いこむ傾向だって。もっとも、それは私より武田家監察班お友達がよくご存知の様ね。原絵梨花さん内藤一実さん甘利眞幌さんが揃って佩刀の返上に来ては嘆願されました。高坂七瀬にどうか御猶予をですって。まあ窘めておきましたよ、皆さんが揃って佩刀を返上したら、武田家監察班のお役目はと、それでも友情には代え難いですって。武士の転職のつぶしは効かない世の中なのに、全く、御役目大事と諭して返しておきました」
七瀬、複雑な面持ちで
「絵梨花、一実、眞幌は、全く眉御屋形様への御忠義は何処に行ってるのよ。やはりですが、ここは敢然たる仕置き、切腹をと申し上げます」
夕鶴、諭す様に
「やはり、どうしてもでしょうね。でもそれが通らないのが、天眼の祝印を持つ高坂七瀬さんの置き所です。ご自身では視力矯正眼鏡を掛けて、めりはりが極端だったり、夜目がやたら聞いたり、普通では無い色彩採取を持っていたりと、何故尋常に思わないのでしょうね。この傾向は古からの朝廷の励行台帳に記載される祝印者そのものですよ。まあこの事も実質異端審問官で漸くの把握ですので、気安くも丁寧に扱いましょうと言おうものなら、実際の家格は如何にとその都度位置付けしてはとても厄介なのですよね。現にいいえ不幸にもの覚醒が、村上義量がとは、私も行き届かないものです。せめて天覧試合ならば、、高坂七瀬準剣豪素養発露と帝都新報の一面にどんと載せて既成事実有りで進められるのですがね」
乾一郎、ゆっくり頷きながら
「もはや止む得ずの調整だ。表向きは然るべき仕置き。ただ祝印者の然るべし秘匿図として行く行くの子孫繁栄の為にも、ここは一般女子に戻るべきとの優しい配慮に、どうか二つ返事をして貰いたい」
七瀬、目を閉じてはゆっくり開き
「仰る一般女子になって、行く行くの結納の準備がどうとか、私はまだ20歳成り立てなんですよ。よく分からないですよ」
乾一郎、然もありなんと
「高坂七瀬は佩刀お取り上げ後一般女子も、武田家家臣の戸籍から抜ける訳では無い。武田地領での御縁が無ければ、御三家直々の縁談もあろうとて。そうとなってはかなりの迷惑騒動だが、私がのらりくらり躱そうか。とは言えやれ早くでは、それでは浪漫も何も無いか。まあここ迄で高坂七瀬の仕置きは終わろう。何か質疑は無いかと聞いておこうか」
七瀬、はっとしては
「あっと、大富町の行方の仕置きを、まだ聞いていませんよね」
乾一郎、理路整然と
「簡潔に言うと、大富町は段階的に廃町に入る。非公式でも公儀特殊救助隊が介在した以上、敢然たる御威光は厳守され、確かな采配はされる。ただお決まりの即天領扱いではなくこのまま武田地領へと仕置きは安堵される。七瀬、ここで何か不満はあるかな」
七瀬、ただ怒りも露わに
「辛うじて、いいえ、何を仰るのですか。大富町は棘人の唯一の隠れ里です、大富町を追い出されて健やかに生活出来ると思っているのですか、その行く末安定こそが帳簿上の大富町大火ですよね」
乾一郎、然もありなんと
「その言葉通り、隠れ里風に仕上がり過ぎたから、余計な詮索が入る。七瀬は既に確信していると思うが、任人と棘人の隔ては今更無いだろう。ここは武田家中も歴史とはになって、大袈裟な棘人優遇政策を取ってしまうのが、冷静さを今ひとつ欠く。木は森に隠せと言うが、この日本国でそこ迄にして守るべき存在なのかな、棘人の存在とは」
七瀬、尚も
「有ります。その棘人の町、大富町は一大繊維作業場です。その発色の良さは、未もって追随許さずの染め上げ縫製迄出来る事は有りません。ですので、今一度の熟慮をお願い申し上げます」
杏童、諭す様に
「大富町の考察はこの躑躅ノ森地領会館に来て、存分に話し合いました。貿易の観点からも、大富町の染色製品は輸出される事なく国内流通のみに留まっています。翻ってこの日本国大復興ですので、海外貿易を更に伸ばし、何時迄も国内優遇政策しては収支が止まると言うもの。但し国内流通をぷっつりと断ち切る訳には行かないので、繊維工場は取引相手に徐々に移転して行きます。ここで大富町住民の移転雇用も守る手筈になっています」
七瀬、ただ唖然と
「そんな、こんな温かい町が消えて行くなんて。いいえ、大富町に今一度機会を下さい。今度は日本国大復興に添える様に国際化出来る様に私も支えます」
乾一郎、嘆息交じりに
「七瀬、君は精密検査で武田甲府市に搬送されたから、大富町の現状を知らないだろうが、余りにもの惨状だ。死者15人・重軽傷者134人は深く悼もう。そして大富町大火とは大きな大火そのものの被害だよ。一番町はぼや、二番町と三番町は全焼、家屋の多くは無作為の放火で町角毎に全焼免れず。そして象徴たる建物、大富町役場、大富遊園、甲斐権左御殿は漏れ無く全焼だ。任意保険があれど、ここを一から立て直せる気概は、大富町に入った防災調査員曰くもう感じ無いとの事だ。それは然もあらん、棘人である以上またもの重なる災厄は免れないと悟った様だ。どんな強靭な棘人でも、用意周到な戦術で押し込まれたら一溜まりもない。陸の要害と語られる大富町もいざの大襲撃では脆いものだ。ここで言おう、この大富町で生活する以上、生命の保証は武田家引いては日本国が保証出来ない。廃町とは段階的転居を意味するものである。安寧を守り尽くす武田家家臣ならば、高坂七瀬、どうか納得しなさい」
七瀬、不意に涙が伝い
「そんなに酷いのですか、」
乾一郎、こくり頷き
「ああ、どう検分しても酷いな。まるで織田信長の武田家大侵攻そのままだ。これだけ放火されては、雪が降る迄に復興なんて現実的ではまるで無い。七瀬の優しさは深く察するが、その優しさは、大富町住民のゆとりある生活あればこそ。ここは武田家相談役内藤紅梅の諭しで、漸く武田家の方針は固まった、政とは先々の仁を以って事を始めと知るべきと、未来が開けている七瀬に申し伝えておこう」
七瀬、畳を三度叩いては、落涙が激しく
「私は愚かです、日々公務に邁進していれば、丸く収まると思っていました。そして今、何も出来ませんでした、私は、何を、」
夕鶴、微笑みながらも
「七瀬さん、まだ終わっていません。何故飛び込んでいもいないのに、後悔をするのです。介助とは最初から付き添う事ではなく、どの時点からでも始められます。慈愛という言葉はただ高尚に聞こえましょうが、真心さえ確かならば、知れず身に着くものです。私はただ主に深くお祈りを申し上げます。皆さんの心が何処までも一路なままにとです」
夕鶴の十字の切りから、乾一郎、杏童、そして七瀬も続き。新たな希望に向けての歩みを進めようと。躑躅ノ森地領会館公式評定室はただ敬虔に満たされて行く。
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