第8話 2014年5月24日 山梨県武田富士吉田市大富町 煽動

 大富町の長き蠢動から、5月24日のその日、大富町の役場サイレンが鳴り響き、町に5台あるかの消防車のサイレンがドップラー効果で流れて行く。

 堪らず貸家から飛び出た、高坂親子の七瀬と隆也が乗り出しては、暗闇に火が上がるのは一つ二つそして遥か遠くの灯りも見据える。


 隆也、不意に

「まずいな、相談役の方面だ、暗闘すべきなら確実に狙うな」

 七瀬、逡巡しながらも

「お父さん、これ大富町広範囲だよ、それは後回しにすべきだよ」

 隆也、首を振り

「いや、武田家家中から御隠居しても、相談役内藤紅梅さんだよ。要人は守らなくてはいけない」

 七瀬、溜め息混じりに

「その要人が何故に大富町なんて、いや棘人いればこその万全だったも、そう」

 隆也、着の身着のまま

「そう、今更だ。この様子だとバケツリレーで何処まで消火出来るかさっぱりだが、相談役は火中に飛び込んででも担いで救い出してくる。周辺の事は七瀬達武田監察班に任せる。ただ背負い過ぎるなよ、後戻り出来なくなるからな」そのまま2番手の火勢の方へと駆け抜けて行く。


 七瀬は家屋に戻り急いで支度着に着替えては、床の間の刀を拾い上げては帯刀ベルトに装着し、携帯を拾い上げては、表に飛び出しある一点のみを目指し馳せ参じ様と。



 七瀬、大富町の意図的に少ない街灯の中を駆け抜けながら、鳴りやまぬ携帯の着信画面を見ては意を決する。画面表示は会議通話で、武田監察班の同輩の、原絵梨花・内藤一実・甘利眞幌の名前が浮かぶ。


 七瀬通話ボタンを押し、一呼吸置いては

「ごめん、後でゆっくり話そうよ」

「何言ってる、二番町は絶賛放火中よ、七瀬、応援に来てよ」

「絵梨花より、こっち三番町はもう火の粉が舞い過ぎて収集つかないわ。絶対犯人見てる筈だから、七瀬の夜目で追いかけてよ」

「絵梨花も眞幌も、こっちの一番町は種火をどんどん消してるから、今は兎に角初期消火でしょう。まあ私は鼻が利くからもあるけど。そう言えば家は相談役がいるから狙われるも、そこはお役目よ出て来なさいだからね」

「一番町はそもそも一騎当千でしょう、一実、その余裕があったら、二番町来なさいよ、」

「それだったら、三番町は、いやもはやね、とか言って見捨てて置けなくなったわ」

「皆、危ういわよ。何で町に出張るの、要所はもっとあるでしょう」

「お言葉だけど、そういう七瀬は何処にいるの。何か気づいたんでしょう」

「絵梨花、それは分からないわ。ただ私には3つ心当たりあるから、的外れに皆を付き合わせる訳にはいかないの」

「そんな事言って、当たりが出たら、七瀬一人で対処出来るの、到底無理よ」

「そこは何とかするから、見送ったら北条口に行くわ。そこで集結して検問に加わるわよ、大変だろうけど兎に角お願いね」

 七瀬、言葉を継がせず、携帯を切っては尚も駆け抜けて行く。



 七瀬、自信の夜目を生かしては街灯のもう少なくなって行く夜道を駆け抜け、上目に見える火勢の方へと。そして日頃通い慣れた大富町郊外麓の丸富加工場中央作業所を超え、なだらかの坂道を尚も上がりながら、その火元である高台のただ華美な甲斐権左御殿を見ては愕然とする。

「やはり、ここなのね。町民の全ての希望を挫くには、ここしか無いのか。もう高塀を超えて本殿に達しようとしている、どうすれば」


 その甲斐権左御殿のなだらかな陽炎の中から、郎党が合わせて5人、中でも端正な大男の浪人風情がゆっくり話しかける。

「さあ、このお察し、実直過ぎる棘人では無いな。任人、いや武田家のさもある武者にしては心当たりが無いな。敢えて名乗りを貰おうか、」

 七瀬、困惑するも振り絞り

「武田地領武田富士吉田市大富町方面武田家監察班、高坂七瀬と申します。そしてお聞きしましょう、武田家を我で離反し、上杉家に寝返り、噂では乱暴不始末で蟄居中の村上義量が何故武田地領に舞い戻る。釈明の余地があるなら聞きましょう」

 義量、然もありなんと

「やれ、武田家御館様も眉様に代替わりすると、ひよっこを徴用するとは御里が知れるな。だが、俺の名を知ってるのは良い心掛けだ。俺のこの生業の全てを知るなら、大人しく帰る事だな」

 七瀬、敢然と

「帰りません。誰もが繁華街及び拠点の付け火に心を囚われてる内に、この甲斐権左御殿を燃やして、町民の全てを挫くにはなんてどうかしています」

 義量、得々と

「そこは一心制動に覚醒した俺でも、棘人の集落で無双に立ち振舞える訳もなかろう。個別対峙で崩して行くのが上策だ」

 七瀬、神妙に

「何を持って、棘人と対峙するのですか。庚号誘拐案件その前から始まった煽動は、中華帝国の遺伝子産業が見え隠れします。落ちぶれて国賊になったとあれば、村上家の真の本分が通りません」

 義量、はきと

「これは良い、村上家の真の本分とはか。そもそも村上家は地領しかるべしの家柄だ。それを武田家に編入させられ、上下の関係とは、先祖にまるで申し訳が立たない。もっとも恩情厚い上杉家の世話にもなったが、日本国の現状で地領持ちは苦労しかないとも諭されたが、それは本領有りきの村上家を蔑ろににする」

 七瀬、恐る恐る

「故の笑止、日本国いいえ御三家を蔑ろにして、地領持ちの妙分が通るとは思えません。ここは素直に公儀に罷り出て、事柄教唆を正しく語り、然るべし沙汰を持つのが武家の本領では有りませんか」

 義量、居丈高と

「高坂、言うな。今こそが捲土重来だ。この日本国は今も尚戦後復興国。中華帝国の口添えと、この大富町から発し、山梨県武田富士吉田市も奪取し、周辺市も懐柔すれば、北条地領との地政学を鑑みれば、武田家も成り立ち止む無しと膝を揃えざるを得まい。大人の話とはやや野蛮な程輪郭が浮かぶと言うものだ」

 七瀬、ゆっくりと

「その野望だけで、この大富町、いいえ棘人を忌むべしなのですか」

 義量、凛と

「ああ、武田家家中ならば、長きに渡る棘人の扱いには難儀してるのはご存知の通りだ。敢えて隠れ里たる僻地を切り取り、後難を取り去るのならば、村上家の妙分とは格別になるものだ。七瀬、道理より国政を深く憂いろ」

 七瀬、帯刀を外し、抜刀、鞘を投げ捨てては

「棘人も武田家家臣の列席に並ぶ者です、もはや御敵は平らげるのみです」

 義量、こくりと

「止む得まい。身分の高きも低きも、武士の本分の何たるかを知れば、勝敗を分かつべき。いざ神妙に」


 七瀬を囲むように、義量と郎党が円く囲み、抜刀しては膾斬りの算段に。そして同じく、暗闇と燃え尽くして行く火勢に照らし出されたのが、宙空を舞う棘人の女子赤色活動服の素早さ、一瞬にして郎党一人の脳天を踵で蹴破り絶叫と共に伏せさせる。

 その棘人の女子赤色活動服の女性が、七瀬の背中に寸分違わずぴたりと寄せる。


 七瀬、不意に

「この上背、あなたは、味方で良いのかしら、恐らく飯富の逞しい方、」

 飯富奈々未、嘆息しては

「抜かったわね、総出で事案にあたった結果が、この危なっかしい寡勢なんて」

 七瀬、凛と

「あなたは逃げて、この暗闇なら武士の間合いが勝つわ」

 奈々未、然りと

「冗談は止めて、飯富家所有の国宝が燃やされたとあっては、眉御館様であっても、激しい叱責を受けるわ」

 七瀬、くすりと

「怒られるのが、苦手なのね」

 奈々未、凛と

「長いお話は何れ。私は分が悪い方良い方、どっちなの任せるわ」

 七瀬、ゆっくり方向を変えながらも

「私が分が悪い方、もし打ち損じたら、逃げて」

 奈々未、はきと

「この背中のしなやかさ、万が一のそれはないでしょうけどね」

 七瀬、奈々未、同じく

「行くわ」「行く」


 七瀬は猛然と体重任せに義量へと鍔迫り合い、奈々未は暗闇に確かに消えながら残った郎党3人を超人的な身体能力で次々屠る。

 七瀬、ただ日本刀をどうにか捩じ込もうとするも、義量が容易く対峙する。どうしても段違いの格がそこに展開する。


 義量、全体重を乗せながらも七瀬を押し戻し

「一介のひよっ子武士が、剣豪に勝てる道理があると思ってるのか。右腕一本奪っても生きていけるよな」

 七瀬、渾身の力で贖いながらも

「義量は確保する、洗いざらい話して、大富町を必ずや平穏に戻します」

 義量、左足膝を大きく凪らせては七瀬の心臓を大きく揺らす。

「餓鬼は、すっこんでろ、」


 七瀬が無造作に仰向けに気を失い倒れしな垂れる中、その狙い澄ました瞬時に赤い影のしなる何かが、義量の延髄を抉ろうも咄嗟の働きで躱す。

「ふん、この身体能力、どうしても棘人か。棘がどれだけ鋭かろうと、剣豪の間合いに入ると死ぬぞ」

 奈々未、はきと

「視界は暗いまま、剣豪と言えど、どうしても目に頼ってしまってるのは武田家御前試合で熟知している」

 義量、はきと

「武田家御前試合を拝見したなら、事は理解出来よう。棘人が決勝を勝ち抜き御館様奨励を拝命したの遥か昔だ。ここ迄しゃしゃり出て来た以上、永遠に口を噤んで貰う」


 義量、そのまま上段からの払いで全体重乗せては、奈々未を躊躇無く袈裟懸けも。奈々未が本能のまま両手を交差して籠手で全衝撃を受けて、籠手の弾ける音に、右手の骨が鈍く折れる音が響く。

 義量が止めとばかりに、二歩進んだかと思うと、急に立ち止まり硬直しては、照らし出される地面に、血が伝ったかと思うと際限無く血が流れる。

「まさか、お前か、確実に心臓止めた筈だろう、」

 地面低位置の七瀬の瞳が、燃える炎に照らし出されては、青く鈍く輝く。

「剣豪の采配は見えました。誰かを救いたい任がある以上、私はしぶとく生きてみせます」

 義量、七瀬の間合いを掻い潜る、地面深くからしならせてからの下からの鋭い突きを、背後から鳩尾へと深く掬い上げられ、もう為す術もなく。

「死闘で一心制動に覚醒か、抜かったが、それも剣豪の心得えだ。高坂、修羅の道を貫き生き抜け」

 義量、血反吐を大いに吐き、そしてそのまま前に倒れ生き絶える。


 七瀬と奈々未、互いに死闘を掻い潜って、もはや力尽きては起き上がれず、ただ甲斐権左御殿の焼失して行く灯りと音と燻るにおいを感じながら、無力の中で大粒の涙が溢れる。



 やがて暗闇の上空より、高速機動音が唸っては、真紅の大型回転翼機が浮かび上がる。七瀬不意に。

「真紅、丸に橘の認証は、参ったな、直参井伊家の特殊救助隊が来るなんて、でもついてるのか、」そして安堵からただ深い疲れに目を閉じる。


 漏れ無く、真紅の回転翼機の下部水槽から放水が付け火適所に舞い、昇降装置を使って次々精鋭が降り立つ。激闘を経て地に伏す者々を見据えては息有り無しと打ち捨て、国宝級の甲斐権左御殿をもう半分以上燃え尽くそうかに、大鳶口を両手に携え、ただ懸命の消火活動へと果敢に火中に飛び込んで行く。

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