第7話 2014年5月16日 山梨県武田富士吉田市大富町 丸富加工場中央作業所 不穏

 大富町郊外高台甲斐権左御殿の梺の、丸富加工場中央作業所の大農園がただ色彩が豊かに。その先の3棟立ての加工場の1号棟の会議室には3人の姿。

 樫の木ローテーブルに、対となる折り込みの丁寧な長椅子には、中年長髪の丸富一休と、もはや大台に乗った市井の農業指南の猿富堀兵衛が談笑も途切れなく。そしてもう一人は、舞鶴複写機製の複写機阿流07号の保守点検状態に入っては、手動で色味調整を納得行くまで進める眼鏡女子の高坂七瀬。ただその密談は硬軟を織り交ぜ深いものに。


 堀兵衛、ただ淡々と

「ところで、人流多いのも、流石に釘を刺さないといけないかね」

 一休、神妙にも

「それもどうでしょうか。たむろしているのは、倉冨名画座だけじゃないですか。何より5月は文化強化月間と武田議会が推進していますから、ここで流入人が目障りで規制しようものなら、ここぞと手荒い騒乱になりますよ」

 堀兵衛、いみじくも

「もう手荒い騒乱は始まってるよ、皆が顔を背けるびらは増えてく一方だよ。防犯とは何だろうね。とても大富町の駐在所が仕切って、慈善団体が丁重に剥がせるものではないのだよ。この先にあるのが何か、英邁な頭脳を持つ一休社長が察する事も出来ないとは、如何すぎやしないかい」

 一休、飄々と

「さあ、闘神棘人の噂を漏れ聞く奴らなら、その本性見たさに煽っては来ますよ。相手にしないで時を過ぎるのが、最近の若手自警団の勉強にもなりましょう」

 堀兵衛、尚も

「それならば、言いましょうか。大富町を練り歩く流入人の香りの中に揮発油がどうしても紛れている。夜討ちの基本は知ってるって事だよ」

 一休、こくりと

「確かにしますね。ただそれも漏れなく連中のオイルライターの香りですよ。手持ち無沙汰に煙草の火を借りると軒並みウロボロスの刻印の入ったオイルライターを差し出しますよ。退屈ですね、何処か名所ないかですって、まあ装った普通人の感覚の常套句ですね」

 堀兵衛。頭を描きながらも

「いや、困るね、あからさまな徒党じゃないか、やはり背景には中華帝国のその筋かね」

 一休、くすりともせず

「今の段階では、分かりません。ただ利害の一致する団体が結託するとしかですか。棘人の一定量の遺伝子は収集したい。かと言って棘人の集落に真っ向から挑めない。ならばじわり絡め手とは、何処かの逸れ浪人の考えそうなことです。まあこの前の庚号誘拐案件を体良く退けられるも、要領得たりの今度こそはでは。困りましたね、大富町が危うい一線ですね。ここは冷静になりましょう、先生」

 堀兵衛、前のめりになっては

「一休さんは実に呑気だね。大富町の子供に青年は宝そのものだよ。私としては先んじて見せしめの一手を打つべきと思う。そこで奴らは我を見しなってはしでかすね。大富町は武田地領の天然の要害だよ、逃げきれると思うかね。そこで搦め手に転じては攻勢に出ようでは無いか」

 一休、尚も

「いえ、反抗勢力の意図がまだ見えません。ただ言える事は、えげつない調略で大富町を分断すべしでしょう。お礼参りとして上等な切り崩しです。それならば何事も留めて、手順全て出し切らせては、膿を全て出しましょう」

 漸く息を吸った七瀬、複写機複写機阿流07号から向き直っては

「あの、庚号誘拐案件ですけど。それは武田監察班の不行き届きです。私達が間に合っていれば、棘人への私怨にならなかったのですけど、あっと、武田監察班はここだけにして下さいね。この作業場は棘人の方も一緒に働いていますから、ぎくしゃくしたく無いですからね」

 一休、くすりと

「まあだな、七瀬始め武田監察班思しき方々は、長年の武田家の礼勤あれば、その威光で察するさ。言わぬが花は、うちの丸富加工場は一流の倣いだよ。ただ給金が安いも、賃上はきっちりしてるから長く働いてくれれば、そりゃあ良い事はあるさ」

 堀兵衛、粛々と

「そうか、そうだったね。丸富さん所は、何かと棘刀式に選出される才媛がいるからね。何せ夫人の貴子さんは3度も真狩役に選出、娘さんの佑美さんは2度も真狩役に選出なんて、目出度いのなんのだよね。それに比べてうちは佳津子もあの奈津子も脇だし、いや孫の日芽香に期待も何時になるかね。そうだね、七瀬ちゃんの今のすっぴんの別嬪さんも実に良いね、藤間役に何ら遜色ないよ」

 一休、窘めがら

「堀兵衛さん、佑美はまだ1回ですよ、何を強い推薦で捩じ込もうとしてます。何より七瀬がびっくりしてますよ、移植してまだ数年なのに棘刀式なんて。七瀬はな、そう言う緊張するような大役の抜擢はそうそう無いから安心していいぞ」

 七瀬、踏ん張った後足を戻し

「ほっと、良かった、私そう言う華々しいの苦手ですから。私がですよ、この高台の甲斐権左御殿で演舞だなんて、もう本当に。そもそも私は美人さんでないし。何よりこう、男女役柄あるのに、配役に男女の区別が無いのがよく分かって無いですし。ああこれは批判で無いですから、生地はちゃんと貰いたいです。お出かけの一張羅が裁縫出来るのは本当嬉しいですからね」

 一休、微笑みながらも

「大丈夫、批判なんて、今年の棘刀式は良かった、あそこはもう少し外連味が足りないなんて、どうか御自由にで良くある事さ。そういう壁が薄い所が、棘人と任人が共に歩むなんだからさ。とは言え、昨今は男女きっちりの配役は確かにか。男子は給金の多い帝都に出て行く傾向だし、そこは棘刀式全般の選出は女子が多くなるのも止む得ないよ」

 七瀬、むず痒い顔しながらも

「そこですよね、大富町の流出傾向。この私がお父さんのお仕事手伝いに準修理員資格だなんて。まあ技師が足りないから、舞鶴複写機甲府市店から出向してみても、本当に男子の人手足りないから、私の手も借りるなんて。それでこの複写機ですが、感光体の劣化始まってますから、そうお父さんの携帯繋がらないし、叶富事務計器にも電話したら予備は無いとの事なので、保守点検状態で明暗と色彩を補正しましたから、当面これで凌いで下さいね。それにしても、この論文の資料の複写物でしたら、彩色でなくても白黒でも何ら遜色無いですよ」試し刷りの彩色と白黒の二種類の印刷物を持っては二人の元に

 堀兵衛、いたくご機嫌に

「いや、実に良い、断然彩色の方だよ。この茄子へたの色彩こそが、私が長年の経験末に結実したものだ。ああ、益々死ねないね、持ってるもの全部論文にしないと、成る程、生き甲斐が出て来た」

 一休、さも満足に

「七瀬も、そろそろ決心して修理員に転職したらどうだ、棘人でもこの色彩持ってるかぞ。七瀬は本当に任人なのかとも言いたいは、三度目か」

 七瀬、軽く潤みながら

「そこは、死んだお母さんが、日本画家でしたから物心着いてからの賜物ですよ。こういうのって、良いですよね。あっと、絆されるところでしたけど、大富町の複写機ってやっと200台ですよ。繁忙期は叶富社長とお父さんで定期点検の足が出て、私の手伝いが必要になりますけど、閑散期はお父さん一人でも十分ですよ。ここもいざ給金が出るものの、即座にお友達に集られますから、何がどうやらですよ」

 堀兵衛、仰々しくも背を正しては

「ここだね、ここしか無いね、いや実に長かった。高坂七瀬さん、君には親身になれる家族がどうしても必要と、この猿富堀兵衛がお見受けします。即ちだね、七瀬さんの父君高坂隆也には後添いがどうしても必要です。ここは格式がどうのこうのの縁談を持ち寄る輩が相当いるが、その横槍は悉く払いなさい。隆也君も七瀬さんも日々敷居の高さを気にして生活しては気が気でないでしょう。ここで、実に手頃な才女がいます。基本ずぼらで如何せん良縁にも恵まれんが、やや僭越ながら、私の次女猿富奈津子とのまずは堅苦しいの抜きで会食などは如何であろうか。そうあのやたらと木偶の坊の上背ならば、隆也君と並ぶとそれも感じさせないものだよ。どうか七瀬さんも手堅く推挙して欲しいものです。いや、むしろ貰って、この機会を逃すと、私には分かる、一生奈津子は独身だね。それは果てしない一抹の不安を感じてならない。どうかお頼み申します」

 七瀬、ただうんざりと去勢眼鏡を引っ掛けては目も細く

「その奈津子さん、何故か、私の家に気が付いたらいるんですよね。お野菜お裾分けですから、お料理作りますで、そのままお食事に、機材趣味が高じて、お父さんから指導されては恙無い日々です。あの私を見て見て主張は、極めて自然なんでしょうけど、こちらの私がやや引いてしまいます」

 堀兵衛、がくっと崩れ落ち

「そうか、奈津子も女子か、隠し事は一丁前に持つにしても、一言はあっても良いだろう。どうなのかな一休さん、」

 一休、ただ微笑ましくも

「堀兵衛さん、飯富家始めどこも後添い事情は一進一退ですよ。女子は何時でもお年頃です。周りがどうのこうの盛り上げるより、何れ時が満つる事を逃さないに懸命に支えるだけですよ」


 不意に、会議室の一面ガラス周りに修理員制服の影が過ぎる。ノック音共に右手でドアが開かれると、そこには叶富事務計器の修理員の高坂隆也の姿。改めて右手で梱包された感光体箱を持ち、左手には硬質製の黒工具箱を持っては進み入る。

「失礼します。遅くなりました、お話はいつもの様にお続け下さい。黒子は至って方々のお話は忘れる質ですからね。うん、何か、」

 七瀬、ただ呆れ果てては

「お父さんも、来るなら携帯に連絡入れて貰えないかな、再設定したのが勿体無いよ。と言うべきか、バンのトランクに感光体の予備持つの止めて貰えるかな。美彩さんでもあっても管理しきれないよ、これで棚卸しがいつもずれないのが不思議だよ。本当に」

 隆也、飄々と交換作業の準備に入りながらも

「そうか、美彩さんには付箋紙で渡してるけど、まあ織物関係の調整の電話依頼が立て込んできてるから、やや漏れもあるか。会社に帰ったら修正しておく」

 堀兵衛、ただ打ち震えながらも

「おお、おお、おっつ、隆也君、君は良い、実に颯爽としている。やはり君だよ、君しかいない、どうか奈津子、猿富奈津子、うすらとんかちの奈津子をくれぐれも貰ってやってくれ、もう扱いは存分に任せる。それでも駄目な時は、いやそれは無しだ、私が幾らでも謝るから、どうか、どうか長い目で見てやってくれ」腕力のまま隆也をがしと逃さず。

 七瀬、ただ目を見張り、瞬時に堀兵衛を引き剥がそうも

「待ってくださいよ、そうじゃないでしょう先生ったら、奈津子さんをお母さんって言えませよ、どう見ても一回り上のお姉さんでしょう、冗談でも言わないで、ねえ先生、ったら、」

 隆也、ただ不思議顔で

「先生、七瀬、何がどうした。奈津子さんのいつもの帰りがけの冗談、お母さんと呼ばれたいなは、それを何処で聞いたかは。いや何を真に受けているんです。それより交換作業早く終わらせて、丈県写真館の調整行かないと。あそこは本当に繊細だから1時間は掛かるから、ここらで解放して貰えますか」

 堀兵衛、七瀬共に

「何と言う有るまじき事を。奈津子さんのあの囁きはそうだったの。」

 一休、ただ朗らかに

「隆也さん、それ時々真に受けた方が、話が弾みますよ。大富遊園のバニラソフトクリームは湖畔牛乳直売ですから、今度奢らせて下さいなんて如何です。七瀬さんも一緒にいたら、結構和みますよ」

 隆也、ただ神妙に

「そう、奈津子さんに、いつも差し入れして貰ってるから、一休さん、それ貰いますね」

 堀兵衛、七瀬共に悲喜交々と

「おお乗った。違うでしょうお父さん。」


 会議室入口で、扉がガタン、そしてさやえんどうの入ったブリキ缶箱がバンと豪快に床に落ちる。ただ呆然としてるのは、引っ詰めの長身女子のその猿富奈津子が漸く状況を飲み込んで、溢れる涙が床に幾つも降り注ぐ。

「うん、それです、良いと思います、でも私、バニラソフトクリームは2個派ですから、いや大富遊園なら、何個でも行けますからね、」


 堀兵衛、七瀬、一休、ただ突然の状況に固唾を飲まざる得なく、口も半開きのままに。


 隆也、くしゃりと

「あれ、これは奈津子さん。バニラソフトクリーム何個もだなんて、まだ5月ですよ。奈津子さんの胃袋でもどうですよ。そう、ほうとうにしましょうよ。となると一番町のなると屋の奥座敷が良いかな、週末はそうしましょう」

 奈津子、ただ夢心地に

「はあ、一歩、いや五歩進展、そうとなると予約しないよ、えーとなると屋は、」緊張のままに携帯の電話帳を只管めくってはその瞬間

 七瀬、自らの携帯を持ちながら通話へと

「ああ、善事さん、土曜日12時のなると屋の予約8人入れて貰えます。お父さん、私、絵梨花、一実、眞幌、あと先生に、佳津子さん、奈津子さんの面子になります。取り敢えずほうとう特上膳からの一時間の会席でお願いします。そう、ありがとうございます。当日お伺いしますので、誰かが来ても会席の変更は無しにお願いします。それでは失礼します」通話を切る

 奈津子、身悶えしながら

「あっと、七瀬さん、そこ家族、じゃなくて、3人でいつものように和やかにで良くないかしらね、ねえ、ですよ」

 七瀬、神妙にも

「お構いなくです。いつもの様に専門用語が飛び交っては、ほうとうをまるで堪能出来ませんので、よりわいわいしましょう。奈津子さん、何かご不満ですか」きつく口を結ぶ

 奈津子、歯噛みするも

「ああと、ここは、飲まないと、そう次に繋げられない。そうね、良いと思うわ、そう凄く良いわ、そうしましょう七瀬さん」

 一休、くすりと

「良いなそれ、俺達一家も隣の座敷に入ろうかな、そこは良いだろう、七瀬」

 七瀬、しゃんと

「一休社長、外野のお仕事は野次を飛ばす事なので、適度にお願いします」

 一休、くすりと

「へいへい投手、変化球投げれないぞ、的な、」

 七瀬、然もありなんと

「投手、制球力無いね、的なもです、」

 奈津子、ただ食いしばっては

「うーーん、そう丁寧に行こう、それで頑張ろう、七瀬さん、よろしくね」ただ進み寄っては七瀬の両手を強引に握っては、咄嗟の真面目顔に。その七瀬の激しい剣だこに改めて感慨に入ったまま

 七瀬、ただ恥じらいながらも

「奈津子さん、私の太い指で、そう言うお察しは好きでは有りませんから。家の床の間の刀は何と無くの美術品ですから、お忘れ無き様に願います」

 会議室は、鈍い隆也も真顔に入り、ただ面持ちの堅い雰囲気に入ったままに。

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