第4話 2014年5月7日 山梨県武田富士吉田市大富町 甲斐権左御殿

 小高い丘に聳える、それは戦国時代の由緒ある庵から発し、時代の変遷と共に大きな囲いを備える千人収納可能な舞台に様変わりした飯富家所有の甲斐権左御殿。内装は年々の壁画と共に、故あって武田地領の歴代美術蔵一式に指定される。

 表門と囲いはいざの軍事に備えてかで強固で、表門の守り神かの等身大の権左の斑猫像と共に一切の入館の漏れを許さずの筈も、何故か女子の笑い声が微かに響く。


 甲斐権左御殿内の中央の桜桃檜大舞台に座り込むは、高校進学で制服も真新しい二人の女子高生。

 飯富村顔役の次女飯富飛鳥、せり台を不意に見つめては

「来ないね万理華、また秘密地下道の手順分からなくなったのかな」

 塞県仏壇店の娘塞県みなみ、神妙にも

「万理華はあれだよ、未央奈副生徒会長の指導で目を付けられてるから、当分は合流出来ないよ」

 飛鳥、ただ仏頂面で

「未央奈さん、副生徒会長ね、2年生の仕切りで何を張り切ってるのかな、何か嫌な感じだよね」

 みなみ、神妙にも

「飛鳥、そういう視線止めておきなよ。未央奈さん、そういうのにとっくに気が付いてるよ。分かってるよね、喧嘩は駄目だよ、棘人と任人で大きく飯富村が揺らいじゃうから、この時期だからこそ凄い遺恨残るよ」

 飛鳥、視線も遠く

「それ、何となく分かってる。奈々未お姉ちゃんは、そういうの御構い無しだから、私が何となく当主然としてないと、お父さん益々不機嫌になるからね。まあ、死んだお母さんも私を察して、この甲斐権左舞台の秘密地下道の手順を私に教えては、何かあったらここに逃げなさいだもの、察されてのここ、どうしてもそうなっちゃうものかな」

 みなみ、吐息交じりにも

「飛鳥の悩みは尽きないものだね。ねえ、皆どうしてもそこになるけど、後添いに入るとか入らないとかの由美子さんと、ぎくしゃくしちゃってるの」

 飛鳥。ただ必死に

「いやもう、とんでもないよ、修繕家のそれは武田家臣団の師範方で、これ以上の無い格式だし、何より若いし気遣いだし料理も多種だし、いいえ、それ以上に強いよ。昔お父さんと武田眉御館様の御全試合で共に全力出しては、両者あわや片腕吹き飛ぶかの衝撃であのお父さんを挫いたもの、武士の一心制動の一端でも、棘人の胆力往なせるもの何だよね。そう由美子さんは、何もかもが品が有り過ぎて、そこが奈々未お姉ちゃんに多感気から触れたままで素直になれないだけなんだよね。そこから何を張り詰めてか、紅梅自警団で率いては日々で、お父さんからこっぴどく先日の沙友理さん小百合誘拐事件のそれは分を弁えろで、酷い程にぴりぴりしちゃってるよ。やれやれ、これがぎくしゃくというものかな」

 みなみ、固唾を飲んでは

「その誘拐事件、言い出しにくいけど、もうあれじゃ無いかな、今現在の棘人非難のびらの数々。児童養育週間で流入してきた気が大きくなった他所の人でも、ここ迄強力糊で貼っては行かないよ。何故か大富町役場が広報で出さないお陰で、私達が奉仕に入っても何故かまた貼られるよね。これまずい動きじゃ無いかな」

 飛鳥、癇癪交じりに

「そう、そのびらだよ、本当剥げないよ。がりがり削るよりペンキで塗り潰したいけど、どうしても周りから浮いちゃうから、根気良くもがりがりも、もう本当に苛つく。こんな有様でも、お父さんの所に御館様のお使いがただ訪問するだけで、何とか凌いでくれだって。それね、いつもの様に奈々未お姉ちゃんと一緒に襖越しに内容を聞くのだけど、御三家様が中華帝国政策宮に揺さぶり掛けてるから、何としても決定的な証拠を積み重ねてくれだって。これは、奈々未お姉ちゃん襖を蹴破るかなと思ったら、黙って席外して、離れの客人双子姉弟と身支度役の春逗さんの所に行って憂さ晴らししてたみたい。そう、実果さんも純白さんもだよ、気になって行ってみたら飛鳥も一緒にワイン飲み明かそうって、私は未だ未成年ですって」

 みなみ、背筋をぴんと伸ばしては

「恐れなながらも、実果さん純白さんは、あの京都皇族筋の大洲賀家の方々よね。ああ飯富屋敷の廊下ですれ違っただけでも、もう息が止まりそうな佇まいには、もう恐悦至極の限りです。願わくば写真を一枚分けて貰いたい位よ」

 飛鳥、ただくすりと

「へえ、来訪から2年も経つと、知れずと勝手知ったるものなのね。とは言え、実果さん純白さんは京都皇族筋だから皇位継承権は三位と四位だから、死んでもお鉢は回って来ないから、許す限り逗留するだって。身支度役の賀茂春逗さんも長い艶やかな髪をかき上げてはとことん付き合いましょうだから、そこ迄肝が座れば私達も喜んでになるのだけど。そう、ここ迄軽快だったら、みなみも普通に今日は和やかですね位話し掛けてみなよ」

 みなみ、打ち震えながらも

「無理無理、飛鳥も同居人で慣れるにしても程々だよ。皇位継承権は一先ず置いといて、あの眉目秀麗な実果さん純白さんに話し掛けようなんて、駄目駄目、本当硬直して竦んじゃうよ」

 飛鳥、思案顔のままに

「そうかな、ある日の事だけど、実果さんも純白さん春逗さんも奈々未お姉ちゃんも、中々起きて来ないと思って離れに呼びに行ったら、またもの深酒でそれは仲睦まじく健やかも川の字に酔いつぶれているのだけど、春逗さん微笑んだままにこのまま健やかだと起こし難いわよねですって、ふふ、何か姉兄妹の様で微笑ましいよ」

 みなみ、目を細めながらも

「飛鳥のそれ、見届けてる時点で、あなたもすっかり出来た妹分だからね。ああもう、何か請負所の大人を見る視線になりそうなのが、きーだよ。それ聞かなきゃ良かったよ」

 飛鳥、微笑みのままに

「まあまあ、家に来るお客さん皆が自由過ぎると困っちゃうけど、みなみは家に来たら、ごく普通に自由な感じで良いよ。みなみの実家の塞県仏壇店店頭奥には、芸術仏像如来像の凄いのがあるですよ位言っとくよ」

 みなみ、恐縮の限りに

「駄目駄目、それ絶対依頼されちゃうでしょう。うちのお父さん張り切って納得が行くまでその一像作る迄に3年掛けちゃうよ。そうなれば実業が傾いちゃうよ、本当に駄目だからね」

 飛鳥、ふと

「それもそうだね、実果さん褒め上手だから、毘沙門天像迄作りそうだね」

 みなみ、ただ必死に

「おお、それは駄目、武田地領のお察し御法度だよ、毘沙門天即ちの上杉地領は焚きつけちゃ駄目だよ、ああ第57次川中島の戦いが起こっちゃうよ」

 飛鳥、感慨深く

「そこは仲良く出来ないものかな、武田家上杉家共同開発事業の長野共和市は素敵な感じなのにね」


 ふと風が舞うと同時に学生服のスカートを押さえた女子がせり台から飛び上がる。

「ふぉー」


 飛鳥とみなみ、ただ目を見張りながらも

 みなみ、溜め息交じりに

「万理華、そう言うどっきりいらないからね」

 飛鳥、ただお手上げに

「ちょっと万理華、まさかこの桜桃檜大舞台の舞台装置覚えちゃったの、私はそこ迄許可して無いでしょう」

 万理華、ただ剽げては

「まあまあ、そこは9月の大安に棘刀式が行われれば、私も裏方として頑張りたいもの、そう、これ駄目かな」

 飛鳥、はきと

「駄目なの。棘刀式は成人の晴れなる儀式よ、例外でも学生が関与した事がないの」

 みなみ、ただ得心しては

「そうよね、もう棘刀式の準備よね。その前の選任は6月大安だから来月なのよね。今年の棘人25名任人25名は誰が選ばれるのかな、どうなの飛鳥、ねえ」

 飛鳥、くすりと

「知らないわよみなみ、人事はお父さんの全て胸三寸だから、あの固苦しい表情では、到底読めないものよ」

 みなみ、飛鳥の手を取っては

「ああでも、棘を切られる真狩様は誰かな、それを優しく払う藤間様も気になるわ、ねえ飛鳥さんってば、」

 飛鳥、戸惑いながらも

「だからね、誰かは分からないものなの。お父さんが舞台の図面を広げているのを、お茶を入れたついでに横目でちらり位なの。堪らず労っても、今年も最高になるで終わり。何で既に頭の中で完成させてしまうかな。とは言えよね、はあ、紅と藍の共演良いよね。大富町であっても遥々季節毎の歌舞伎の地方巡業に来て貰えるけど、大富町お手製の棘刀式の祝い事と来たら、舞台も花道もそれは華やかでどうしても贔屓目になるわよね。そう、それなら万理華の気持ちもやや分かる。それなら私達も早く大人にもなりたいかな」

 万理華、威厳のある佇まいから中腰片膝へと、両手で目を覆う素ぶりながらに

「ふふ、飛鳥残念。この真狩様の醸し出す雰囲気は、富家と県家の家筋では私の方に分があるよ」

 飛鳥、くすりと

「そう、かもね、」

 万理華、くしゃりと

「飛鳥はもう、何か一歩先見えてるから、癪よね」


 三人の座が忽ち綻び、女子高生ならではの笑い声で、荘厳な桜桃檜大舞台の桜桃の満開の花が今にも綻びそうなのは、現在は無銘も真贋まさかの長谷川等伯入魂の確かな筆致故に。

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