アダム・レヴィーン後編

 「それでは、誓いのキスを」

 牧師が厳かに言う。運よく晴れた土曜日の午後、アダムはひっそりと式を挙げた。カメラのフラッシュが聞こえる。彼女は少し照れていて、肩がこわばっていた。アダムはそんな彼女を、憚ることなく抱きしめた。

「誰のことも気にしなくていいから」と彼は囁いた。彼女は彼の腕の中で小さく頷いた。彼女の肩が震えた。拍手が聞こえた。

「そうだ、隠していたことがあるんだ」と彼は言った。

 ギターのチューニングの音が聞こえた。ステージのカーテンの裏から、バンドの音が聞こえてきた。それを聴くなり、彼女は一瞬で理解し、口を手で押さえる。ステージはカーテンごとスポットライトを浴びる。4つのシルエットが浮かび上がる。

 カーテンが一瞬ではがれ、歓声が起きる。ステージの上で、リンガフランカたちが生演奏を行っている。ギターを弾くレッドが、アダムにウインクした。

 

  1か月前、アダムとレッドは例のコーヒーショップにいた。

「レッドさん、あなたは5年前に一世を風靡したリンガフランカのギターだそうじゃないですか。なんで隠していたんですか」

「隠していたわけじゃあないです。何が本職かなんて、最近自分にも区別がついていないだけですから」

「実は折り入って頼みがあるのです」

「はい」レッドは淡々と答える。

「僕の結婚式に来てください」

「ああ」と彼は笑った。それを待っていたとでも言うように。

「お安い御用です」


 さらに遡ること2カ月前。レッドは白いシャツを綺麗に着こなした女性と喫茶店にいた。紛れもなく、それはアダムの婚約者だった。

「結婚を考えている男性がいます」と彼女はレッドに言った。

「はい。それで?」

「女性遍歴と犯罪歴、学校や会社での評判を探っていただけません? 何しろお見合いだけじゃわからない事なんて、この世にはたくさんありますから」

「お安い御用ですよ。なんならうちのリーダーにも手伝ってもらいますし」隣の席には富士通のパソコンに向かっている眼鏡の女子大生がいた。

「まあ、手段は色々ありますからね……」と、リーダーとし呼ばれた女は言った。

「手段はお任せします」

「納期と金額は?」女子大生は手元を見ずにキーボードを操作しながら言った。

「1か月で1000ドル」と彼女は言う。

「わかりました。書類は記載のメールアドレス宛に送っておきますので」

「はい」

「相手の身辺調査でよろしいですね? 毎日夜に報告書を送りますがよろしいですか?」とレッドが言った。

「ええ、構いません」

「それにしても結婚式の余興サービスだけでなく、こんなこともやられていたんですね」しみじみと彼女は言った。

「もとはコンサルタントですから」と女子大生風の女が言った。

「音楽ディレクターではないのですか?」

「何が本職かなんて、わかんなくなっちゃうよね。手を広げ過ぎかな……。まあ、音楽の方だってずっとできればいいけど、それもわかんないしねえ」

「どうせ誰にも求められなくても作っているんでしょう? 砂浜の貝殻を使って」レッドがからかった。

「そうかもしれないけど」と女子大生風の女が言った。

「聴いてくれる人がいなきゃ、音楽なんて只の振動、波に過ぎないよ」

「まあそうかもしれませんね」レッドが笑った。

「それでは、早速本日から調査させて頂きますがよろしいですか?」

「ええ」と婚約者は言った。

「それで、別件の方もよろしくお願いします」

「結婚式に出る約束ですよね? お任せください」

「ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。私の作った曲を聴いてくれて」女子大生風の女は顔をやや赤くさせて言った。

「いえ……」女は恭しく笑う。

 「ところで、ベースのロールさんも、本番の結婚式に来られるんですよね?」

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