アダム・レヴィーン中編
彼は翌朝、いつもより少し早くコーヒーショップにいた。レッドに会うためだった。
「昨日の朝の続きをしましょう」とレッドは穏やかに言った。
「7時半にはここを出なければならないのでしょう?」
「ええ」とアダムは言った。
「早速本題に入ります」と彼は言い、ひと呼吸した。
「私は昨日言ったように女を知らずに結婚します」
「はい」
「今まで夢中になるものが多く、恋愛など目に入ってませんでした。気づいたらここまで来ていた。しかし彼女の方は、穏やかな魅力がある。当然、男も知っているのだろう」
「失礼ですが、彼女に男性経験があるのは事実なのですか?」
「いえ、わかりません」
「想像ということでしょうか?」レッドは穏やかに聞いた。
「ええ、想像です。怖くて聞けません」
「聞くことは難しいのでしょうか」
「私の口からはとても」
「こちらとしては追加料金で調べることもできますが」
「いえ、それは……保留にしてください」
「わかりました。深追いしない方がいいこともあります」
「そうですね」
「しかしなぜ、貴方に女性経験が無いことがマイナスになるのでしょう?」
「夜にどう過ごせばいいのかわからない」
「彼女との夜、ということですよね?」
「ええ。私に女性経験が無いことがばれると、失望されるかもしれない」
「そんなことで失望するような女性なのでしょうか?」
「あ……」アダムは黙ってしまった。
「いえ、私の被害妄想かもしれません」
「そうかもしれませんし、そう思うだけの根拠も気づかないうちにあるのかもしれません。そこは一概には言えませんが」とレッドは優しく言った。
「ところであなたは風俗に行くことを考えましたか?」
「実のところ、考えました」とアダムは正直に打ち明けた。
「しかし彼女がそれを知ったら、どう思うでしょうね」
「……」アダムは黙った。実はその日の夜、レッドに後押しさえされれば、風俗に行くことはやぶさかではなかったのだ。
「考え直してみます」
「それより、彼女とは話していますか?」
「いえ、私は実家暮らしで、彼女もそうです。結婚式を挙げてから引っ越しがあるんです」
「それなら、彼女に話すべきでしょう」とレッドは言った。
「彼女は貴方のあらゆることを受け止めてくれると思いますよ」
「そうですね……でも彼女を失望させないか怖いのです」
「貴方は昔から、他人に失望されないような生き方を無意識に選択してきたのかもしれません」とレッドは言った。
「でも、そろそろ変えなければならないのかもしれませんね」
「その通りです」
「しかし、自分のすべてをさらけ出せる環境と言うのは天国ですよ」
「そうだといいです」
「いや、そうするんですよ」と優しくつぶやいた。
「あなたがこれから」
夜の九時に彼は電話をかける。ゆっくりとした、それでいてどこか懐かしいような声が聞こえる。彼はそれに包まれる。声が夜を侵食していく。月は彼女になり、夜の空は全て彼女の声に聞こえる。受話器から小さく音楽が聞こえる。何の曲かと彼は訪ねる。シュガー、と彼女は言う。その言葉は、声ごと、夜と彼に深く深く刻み込まれる。心の中にすうっと沁みわたっていく。少し昔に流行った曲なんだけどね、と彼女は言う。その言葉の全てが彼の心をかき乱す。彩る。波打つ。夜は歌う。少し昔の外国の曲でね、リンガフランカってバンド……知っている?
彼の頭の中は、昨夜聴いた曲と彼女の声でいっぱいだった。そうだ、結婚式に彼女の好きなバンドを呼べないだろうか。思い付きだから予算も多いだろうが……。いやそんなことは……。彼はスマートフォンを取り出し、検索する。
あれ?
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