330 布教


 盗賊の襲撃などがあったため予定より2日遅れて国境についた。


 国境の関所ではヤパンニ王国からの難民を追い返すのが仕事になっているらしい。

 俺は商人の護衛という事で通れたが、俺たちだけだったらセルジュ様の身分を明かさないといけなかったかもしれない。 


「ようやくですな。故郷とはいえ今の荒れたヤパンニ王国から出れたと思うとほっとしますな」


 やっぱりヤパンニ出身の商人だったんだね。でも仕入れしたら戻ってくるんでしょう?


「もちろんです。あの国もしばらくしたら復興するでしょうし、その一助になればと思っています」


 偉いもんだ。そんな商人さんにはオーク肉のソテーを進呈しようじゃないか。


 え、俺は料理するな?マリア、そんな事いうのか?君一応俺の奴隷でしょ?


 まあ、マリアの焼いたオーク肉は喜んでもらえた。普通は硬いパンに干し肉が少々、それに塩スープらしいからね。


「それじゃあ、全員がベスラートまで行く訳じゃないんですね?」


「ええ、ほとんどはその途中の街で引き返します。全部が全部ベスラートで売れるものでもありませんからな。

 私はベスラートまで行って、あちらの商会と話をつけるので行きますが。なので最後はこの馬車だけになります。護衛も楽になると思いますよ」


 まあそうだね。でもヤパンニ領を過ぎたから、あとは魔物に注意すれば大丈夫だと思う。獣人大陸では魔物はテリトリーから出てこなかったから大して危険はなかったんだけど、この大陸は普通に魔物が歩いてるからね。


 よくよく考えたら、この人族大陸と獣人大陸は何が違うんだ?たかだか船で数ヶ月、いや、直線距離だともっと近いな。その程度の距離で魔物の生態が変わるなんてあるのか?


 興味深いテーマだけど、しばらくはあっちに行く予定もないし、おいおい考えればいいか。俺が今考えるべきは、魔族対策だ。


 途中途中で炊き出しやセルジュ様による治療祭りなどをして、聖女様の認知度を高める。商人からは食料などを大量に購入して聖女様の太っ腹なところを見せる。そして貴族には適当な贈り物をして適当に愛想を振りまいておく。

 贈り物は俺謹製の装飾品だ。これでも彫金はLv4はある。その辺の新人よりは技術がある。希少性を持たせるために金貨を溶かして、その金で作ってある。お金を溶かすのは本来は重罪なんだけど、金貨として利用した方が価値が高いから、実際には取締りすらしてないらしい。



「お初にお目にかかります。イングリッド教国より聖女の位を賜っておりますセルジュと申します」


 途中の貴族との挨拶だ。俺はただの護衛として横に立っている。


「これはこれは美しいお嬢さんだ。

 聖女様のお噂はよく聞き及んでおりますぞ。なんでもあちこちで施しをしているとか。さすがは聖女様ですな」


「ありがとうございます。

 こちらはご挨拶がわりに持ってきたものにございます。奥様にプレゼントされてはいかがでしょうか?」


 強引に渡すのはマナー上よくはないのだが、聖女様からのプレゼントとなると訳が違う。どんなに安物でも聖女様からもらったものだと言えば価値が出るのだ。


「おお、ありがたい事です。妻も喜ぶでしょう。

 それでこの街には何か御用でしたか?」


 普通、貴族の家を訪れるときは何か頼み事がある時と相場が決まっている。

 俺たちみたいに名前を売るのが目的なんてまずない。


「いえ、ただ旅の途中で寄っただけです。今は魔族が暗躍する暗い世の中、街を明るく治めていただけるよう、ご挨拶に伺っただけです」


「おお、さすがは聖女様ですな。聖女様にご挨拶頂いただけでも名誉な事ですのに、お土産まで頂いてしまい申し訳ないですな。せめて晩餐でもいかがですかな?」


「お受けさせていただきますわ。

 ジン様、あれを」


 俺は皮袋に入った金貨をそっと机に置く。


「これは?」


「魔族に対抗するために各地では冒険者を雇っていると聞きます。その一助になればと思っております」


「おお、これは助かります。女神様の御加護のあらんことを」


 聖女様にいう事じゃないな。普通の貴族や商人相手なら定型句なんだけど。聖女様に女神様の加護があるのは当たり前だ。



 そんな挨拶などを繰り返しながら街を渡り歩いていく。


 出費は全て俺持ちだ。

 イングリッド教国についたら教会から出してくれると言っているが、これは俺の高度な戦略的活動だからもらうつもりはない。


「イングリッド教国には俺の探索資金を出してもらったりした恩がありますからね。この程度の金で恩が返せるなら安いものです」


 一応そういうことにしておこう。実際にはセルジュ様の聖女としての名声を高めて、魔族を誘い出そうという計画なんだけど。


 なんせ魔族が俺のところに現れてくれないと依頼が終わらない。というか、俺が安心できない。


 1000年ぶりの魔族の襲来。そして集めている聖遺物。魔王の復活。


 どれも不吉の前兆だ。


 別に俺が魔王を倒す使命を担っている訳じゃないけど、高名な冒険者が行方不明になっていることを考えると、魔族の暗躍が考えられる。

 そして俺は数少ないSランク冒険者だ。狙われる可能性は高い。


 狙いを俺とセルジュ様の二つにし、両方ともがイングリッド教国にいるとなれば襲撃の可能性も高くなるだろう。


 早く片付けてしまいたいものだ。



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