312 俺の威厳は。。。


「これで詰みですわね」


「まっただ、メアリー、まっただ」


「えっと、まったは一回だけだったはずですよね?もう3回目ですよ?」


「いや、久しぶりだから感が鈍っているだけだ」


 メアリーがリリアと何度もやっているうちに自信をつけたようで、俺に挑んできた。俺は自分が提案した遊びでもあるので、鷹揚に受けたが、どうやら俺の実力は大したことがなかったらしい。あっという間に劣勢になり、もう俺の目には詰んでるようにしか見えない。


「でももう挽回は難しいのでは?」


「まあ見てろ。俺の実力を見せてやる。ここからが俺の見せ場だ」


 嘘だ。もう詰んでる。と言うか、何度か見逃してもらってる節もある。盤面には四三と言われる、もうちょっとで詰みになる状態がいくつもある。その気になれば5つ揃えられる状態のまま何箇所か見逃されているのだ。


 しかし、もう盤面に余裕がない。

 どれか一つに対処しようとしたらその瞬間に他の場所で5つ揃えられてしまうだろう。


「ここか?」


 俺はある場所に黒い石を置いて、手を離さずにメアリーの顔色をみる。

 メアリーは首を振る。

 どうやらここじゃないらしい。


「ここか?」


 メアリーは首を振る。


 どこだ、どこをどうすれば逆転できる。いや、逆転できなくてもいい。一矢報いるだけでもいい。いや、俺の体面が保たれるなら一矢もいらない。

 どこだ、どうすればいい。


「ジン様、こことかどうでしょうか?」


 横からリリアが指摘する。


 うん?こんな場所で何か意味があるのか?

 とりあえず実力者のいう事だ。そこに置いてみよう。


 メアリーが長考に入った。この一手は良かったのか悪かったのか。そんな心の動きを察したのか、メアリーはため息を吐いて、白い石を5つ揃えてしまった。

 どうやら俺の悪あがきに飽きたようだ。


「これで詰みですわ。

 リリア、相手をお願いしても良くって?」


「ええ、もちろんです。ジン様には及びませんが、精一杯頑張りますね」


 リリア、もう俺のライフはゼロだ。持ち上げなくていい。惨めになるから。





 俺が馬車の隅でいじけていると、御者をしていたクレアが馬車を止めた。


「どうした?」


「何か前方にいるようです」


 おかしいな、この辺には村もなかったはずだが。魔物か?


 馬車の幌を上げて前方を覗くと確かに何かいるようだ。


「近づきます」


 クレアがゆっくりと馬車を進ませる。


「ウサギでしょうか?」


 4足で耳が長いので確かにウサギに見える。ただ、サイズが違う。あれは猪サイズだ。ウサギって言ったらもっと小さくて可愛い動物のはずだ。だからあれは決してウサギではない。


「ヤマノハウサギでしょうか?」


 え、あんなウサギがいるの?


「そうですね。こんな田舎で見るのは初めてですけど、ヤマノハウサギですわね」


 え、メアリーも知ってるの?まさか他の二人も、、、


 あ、知ってるのね。知らないのは俺だけか。


 にしてもウサギねえ。あ、ウサギ肉ならバターでソテーすると旨いかも。


 俺がインベントリから弓矢を出して構えようとすると、リリアに止められた。


「ジン様、何をされるおつもりですか?相手はヤマノハウサギですよ?」


「うん?うまそうじゃないか。大きいから食いでもあるだろう?」


「ジン様、本当に知らないんですか?ヤマノハウサギは観賞用ですのよ?そしてその肉には毒があります。

 可愛いので鑑賞には向きますが、食用ではありません」


 え、あれ食えないのか。うまそうに肥え太ってるんだが。


 ちょっと鑑定してみよう。


ヤマノハウサギ

可愛いウサギの一種。食べると下痢する。


 う、毒って下剤か。旅の途中で下痢になったら最悪じゃないか。戦闘中に便意を我慢するとか無理ゲーだろう。


「攻撃力もないですし、基本襲ってきませんから放っておいて大丈夫ですわ」


 おぅ、攻撃してこない魔物もいるんだね。


「それでジン様、まだ弓を構えてどうするつもりですの?」


「いや、念のためにだな。基本ってことは襲ってくることもあるんだろう?」


 意外な習性に弓を下ろすタイミングを逃した俺は、言い逃れを試みる。


ジー


 全員の目が俺に何かを語っている。


「わ、分かった。あれは放置しよう」


 ふう。馬車の空気が緩んだ気がする。それほどあのウサギを殺すのはダメか。


「それにしても可愛いですわね。私も飼ってみようかしら?」


「それは良いですね。国に戻ったらお父様にお願いしてみようかしら」


「あの、私も撫でさせてください」


 マリア、、、お前もか。。。


「あ、あの」


 クレア、なぜ手を上げている。お前も撫でたいのか?そうなのか?


「撫でたくないのはジン様だけですのね。では私たちだけで飼いましょうか」


 俺の威厳は。。。



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