289 借金まみれ


 ダンダンダン!


 隣の部屋のドアが叩かれているようだ。うるさいな、朝はゆっくりと寝てたいのに。


 部屋を出て隣のドアを見ると、先日のマルフォイとかいう商人がドアを叩いていた。


「おい、うるさいぞ。それにそこは女性陣の部屋だ。お前も男なら常識を弁えろ」


「うるさい!貴様のせいだな!純情なクレアさんを拘束して!昨日は俺と泊まる予定だったんだ!お前の呼び出しで帰っちゃったじゃないか!」


 どうやら昨日のデートは失敗だったようだ。俺の呼び出しというのが分からないが、何かの口実に使ったのだろう。


「知らん。朝から迷惑だ。どうしてもというなら下の食堂で待ってればいいだろう」


「ふん!そんな事はわかってる!

 クレアさーん、下で待ってますからねー」


 甘い声を出しやがって。クレアに結婚を申し込んでたが、クレアは承知したんだろうか?いや、でも俺の呼び出しで帰ったとか言ってたな。ふられたのか?





「ジン様、こちらをお納めください」


 マルフォイが階下に降りたのを確認してクレアが部屋から出てきた。


「これは?」


「マルフォイさんからのプレゼントです。ああ、こちらもお納めください」


 そう言ってドレスと木の箱を渡してきた。


「お前がもらった物だろう?」


「私が持ってますと、返せと言って来る可能性がありますので。出来れば裏通りにある服屋で売り払ってもらえると助かります」


「それって買った店じゃないのか?」


「ええ、その方が換金したのがはっきりとしますし」


「えげつないな」


「ジン様を馬鹿にした罰です。昨日だけでも全財産くらいのお金を使ったはずなので時期に落ちぶれるでしょう」


 恐っ!クレアって怒らせるとこんなになるのか。

 今まで従順な面しか見てなかったから知らなかったわ。


「俺が取り上げたって事にしたらいいのか?」


「そうしてもらえると助かります」


「分かった」


 俺は持っているのをバレないようにマジックバッグに収納すると、クレアを先にいかせた。クレアと話をしている間に宿を出て売り払ってしまおう。クレアの計画通りならマルフォイがフラれる前に売り払わないといけないしな。




「このドレスを引き取りですか?はあ、可能ですが、昨日お買い上げいただいたばかりですが?」


「ああ、俺の奴隷が購入したようだが、奴隷にこんなドレスは身分不相応だ。俺が与えた服があるからこのドレスはいらん。買い取ってくれ」


 買ったという服屋で引き取ってもらうと、指輪も含めて金貨3枚になった。マルフォイが払ったのは多分倍くらいだろう。今度クレアには美味しい飯でも奢ってやろう。レストランじゃなく、気軽に飲める酒場で。

 マルフォイは見栄のためにレストランとワインを選んだんだろうけど、クレアは酒場でソーセージを食べながらエールを飲むのが好きなんだ。好みを確認しないのは原点だね。





「クレアさん、結婚してください!」


 俺が宿に戻るとマルフォイがプロポーズしているところだった。


「ごめんんさい」


 そう言ってクレアは頭を下げる。もちろん俺が宿に入ってきたのは気づいているはずだ。


「どうしてですか?!昨日は一緒に泊まってくれるって。。。」


「はい?そんな事言ってませんけど?」


「え、だって、、、」


「とにかく、昨日一日デートしてみてやはりマルフォイさんとは結婚できないと分かりました。なのでお引き取りください」


「そんな。。。」


 マルフォイがうなだれているが、君の地獄はこれからだよ?



「マルフォイ!ここにいたのか!」


 恰幅の良いハゲのおっさんが宿に入ってきた。


「なんだこの請求は!金貨10枚ってワシを舐めてるのか!先日も借金してきたというのにこんな物払えるか!」


 なるほど、この人が商会の会頭か。まあ月給銀貨30枚の男への請求が金貨10枚じゃ怒るわな。3年分の給料か。返すのに10年はかかるな。


「会頭!これには訳がありまして!」


「言ってみろ!話によっては許さんからな!」


「実はこの人と結婚を考えてまして。。。」


「ほう、それはめでたいな。この金貨10枚は結婚費用か?」


「いえ、今断られまして」


「何?じゃあ、この金貨10枚はどうするつもりだ?」


「それをこれから話し合うところでして。

 クレアさん、昨日のドレスと指輪を返してもらえますか?」


「すいません、ご主人様に取り上げられました」


「え?」


「ご主人様?どういう事だ?この人と結婚するのだろう?ご主人様とはどういう事だ?」


「えっと、この人はそこの奴の奴隷で」


 会頭は俺をチラッと見ると、マルフォイに視線を戻して話を促す。


「身請けをしようと会頭からお金を借りたんですが」


「ほう」


「俺を知ってもらうためにデートする事になりまして」


「ほうほう」


「それでつい色々と買ってしまいまして」


「なるほど」


「それがドレスと指輪でして」


「ふむふむ」


「今、それを返してもらおうと思っていたのですが、現物をそこの奴に取り上げられたと」


 。。。


「バカもん!奴隷の財産は主人のものだ!正当な給金以外の収入は主人が管理するのは当たり前だろう!

 なぜ身請けしてから買い与えなかった?!」


「いえ、なんかそのまま宿に連れて行けそうな雰囲気だったので、つい」


「ついじゃない!お前は金貨10枚を無駄にしたんだぞ!それにわしからの借金もある!どうやって返すつもりだ!」


「えっと、ドレスと指輪を返してもらえれば返品という形でなんとか。。。」


「お主、ドレスと指輪はどうした?」


 会頭が俺に質問してきたので素直に答えた。


「つい今し方返品してきましたけど?」


「その金は?」


「私の金ですが?」


「むぅ」


「あの、ジンさん、そのお金は私のです!返してください!」


「マルフォイさん、おかしなことを言いますね。俺が買い与えた以外の服やアクセサリーを持っていたので、俺の金で買ったもののはずです。ならばこのお金は俺のもの。あなたの物ではありません。

 獣人の奴隷はどうかは知りませんが、人族の奴隷は給金がありません。なので、奴隷の物は主人のものです。奴隷にプレゼントするという事は俺にプレゼントするのと一緒です」


「そんなバカな!奴隷の給金は国が保証している!」


「それはこの国の法ですね。俺はこの国の人間ではありませんし、クレアもこの国で奴隷になった訳ではありません。なのでこの国では彼女の扱いは平民か奴隷か決まってないのです。

 今後の交渉の中で決められるとは思いますが、現状では人族の法が適用されます」


「そんな!」


「会頭さん、申し訳ありませんが、そういう事情ですので、彼を連れてお引き取りください」


「仕方ありませんな。あなたは人族のようですが、使節団の方ですかな?」


「その護衛として来た者です」


 まあ間違ってはいないだろう。


「そうですか。ならば外交官特権が適用されますな。マルフォイ、お前の借金は合計で金貨14枚だ。家を抵当に入れた借金が2枚、ドレスと指輪で10枚、馬鹿高いワインで2枚だ。

 これから20年は無給で働いてもらうからな!」


 そう言ってマルフォイは連れて行かれた。


「ジン様を悪く言うからです」


 マリアがウンウン頷いているが、1日で負う金額じゃないな。どれだけ貢がせたんだよ。


「ジン様、奴隷の扱いについてですが。。。」


 メアリーからダメ出しか?


「奴隷の持ち物が主人のものというの間違いではありませんが、問答無用で取り上げるのは外聞が悪い事です。今回は事情を知っているので問題にはしませんが、人族の大陸では大っぴらにはしないでください。

 商人ならともかく、貴族はそう言った体面を気にするものです」


 俺は貴族じゃないけどダメかな?


「ダメです」


 そうですか。


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