265 魚もどき
水面から底を見ても魚らしき影はない。
水草もゆらゆら揺れているだけだ。そもそもこんな澄んだ水の中で気づかれずに両足に絡みつくなんて出来るのだろうか。
いや、実際にやられたんだから出来るんだろうけど、今の何の変哲もない水中を見るかぎりではどうやったのか想像できない。
「マリア、さっきの魚の影はまだあるか?」
「はい、岩場から動いてません」
どうやら魚にやられたわけじゃないらしい。
俺の足に絡みついていた切れ端を確認すると水草だと思う。
なら偶然?水草に足を取られただけ?
いや、あの勢いで引っ張られるなんてあり得ないだろう。
それに引っ張られるのは岩場の方だ。何か関連があるに違いない。
水に顔を突っ込んで何か怪しいものがないか確認してみる。水面の上から見るよりも詳しく見れるだろう。
そしたらおかしな点に気づいた。
ほとんどの水草は上に向かって生えているのに、一部の草だけは横に向かって生えているのだ。それも根っこが見えない。
俺はその横向きの水草を引っ張ってみた。結構な抵抗があり、抜け、無かった。
逆に引っ張られたのだ。
風の結界は張ってあるので、水中でも問題ない。俺はこのまま諸悪の根源の場所まで運ばれることにした。
何かマリアの悲鳴が聞こえたような気がするが、気のせいだろう。
岩場のあたりまで引っ張られていくと、目の前には2メートル位の魚がいた。
うん。魚にしか見えない。魚と違うのはその尻尾だろうか。尻尾から水草が生えている。俺の掴んでいる水草もそこから生えている。
魚の目が俺をギョロっと睨み付けてくる。不気味な絵面だ。
だけどこれで疑問が解消された。魚の魚影なのに湖に引き摺り込まれる原因は、この魚もどきが水草のような尻尾、触手?を操って自分の元に連れてきていたのだ。
擬態というのだろうか。水草と見分けのつかない尻尾を揺らして魚が動き出した。
冷静に観察している場合じゃ無かった。ここは水の中だ、向こうに地の利がある。
さっさと片付けてしまうべきだろう。
魚に近づかれる前に水の刃を複数放つ。と、急に動いて躱されてしまった。長い水草部分くらいは切り落とせるかと思ってたが、これは相手の速度を見定めないとダメだな。
避けたせいで攻撃はしてこなかったが、あの移動速度を見るに、あちらが動き出してから後出しでは間に合わないだろう。
ただでさえ水の刃は速度が出ないのだ。早い相手には通用しない。
何度か水の刃を放ち、魚の移動速度を測る。
うん、面で攻撃すれば範囲に収まるだろう。
俺は二つの魔法を駆使する。右から強烈な水圧をかけて左に押し付ける。その先には氷の槍を大量に用意しておく。
隙間なく設置したので、これは躱せないだろう。
あっさりと躱された。というか、尻尾の水草を折りたたむように氷の槍の前に展開し、クッションにしたのだ。おかげで氷の槍は本体に届かなかった。
頭いいじゃないか。結構戦い慣れてると見た。
さて、俺はどうするかだけど、事前には風で結界を作り、<水魔法>で決着をつけるという考えだったのが、うまくいかない。なので、ここで俺がするのは一つだけだ。
水面に顔を出し、さらに<風魔法>で宙に浮く。
おお、水草が水面から出てきてまで俺を捉えようとしてくる。
俺は伸びてくる毎に風の刃で切り取る。干したら出汁取れないかな?
しばらく続けていたが、突然水草が途切れた。弾切れか?
岩場の魚を見ると、短くなった尻尾を振って湖の奥へ逃げていくのが見えた。
風の刃と水の刃を同時に放つが、空中から水中への攻撃は予想通り十分な威力が出なかったようで、魚には届かなかった。
魚が視界からいなくなったのを確認して岸に戻る。
「よかった、ジン様が水中に引きずり込まれたときは生きてる心地がしませんでした」
マリアには心配をかけてしまったようだ。まあ、最初の一回は実際危なかったしね。足から魔法を放つのを思いつかなかったらやばかったかもしれない。
「ジン様、ブーツが」
ん、ああ、ブーツがズタズタだ。足から<水魔法>を放った時に巻き添えをくったんだろう。まあ初めての試みだから仕方ない。
あ、ブーツの替えあったかな?いや、ない。このブーツの随分と長い間履いていたが、予備を買うという考えはなかった。
これは流石にまずいか。
魚君は撃退するだけならなんとかなりそうだが、ブーツが使えなくなったら裸足で歩かなければいけない。それはダンジョン内では不都合がありすぎる。地面は土や石だし磨かれてるわけでもないので結構出っ張りがある。
魔物からダメージを負わずに、裸足の足がダメージを負うなんて馬鹿馬鹿しい。
<革細工>で修理できないかな。うん、皮はあるけど、針とかは人間大陸の屋敷に置いたまんまだ。これじゃスキル持ってても役に立たないな。今度からは持ち歩くようにしよう。
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