256 麦茶
思い切って口にして、一気に飲み込んだ。
うん?これは、、、麦茶?
いや、この世界には麦は普通に食べられてるし、作ろうと思えば作れるんだろうけど、まさかこんな研究室構えて置いて、麦茶の研究してるとかないよな?
「何か失礼な事考えておらんかの?
このお茶は昔の知り合いが好んで飲んでおったお茶じゃ。作り方もその者に教えてもらっての。
今はこの姿じゃから味も分からんが、癖で飲み続けておる。
美味いじゃろう?」
「ええ、美味しいですね。でも今のこの世の中に麦茶はなかったように思いますが?」
「まあ、昔の話じゃからの。田舎もんが飲んでおったお茶なんぞ伝わってなくてもおかしくないわな」
それからはそのリッチからの質問に答える形で外の様子を話して聞かせた。
どうやらこのリッチは、人間の時の名前はマシュー。農家の生まれで、近くにできたダンジョンに取り込まれて魔法に目覚めたそうな。
ダンジョンから抜け出すために研究を重ね、いつしか研究が趣味になり、気がついたらリッチになっていたそうだ。
確かこの辺の領都の名前がマシューだったと思うが、何か関係があるのだろうか。
「若かりし頃の黒歴史じゃな。研究の最中にいろんな協力をしたら其奴が領主になっての。ワシの名前を町の名前にしてしまいおった。ワシがおったのはお主のいう人間大陸じゃが、獣人が大陸を移動した時に付けた名じゃろう」
どれだけ昔の話かは知らないけど、自分の名前が町の名前になんてなったら確かに黒歴史かもしれないな。人によっては名誉かもしれないけど。
「それよりももっと話を聞かせてくれんかの」
それからは最近の話ではなく、歴史の話になった。魔族の話や、獣人の話などだ。
「あれ?マシューさんは人間だったんですよね?ここは獣人大陸のはずですが?」
「うん?ここはお主のいう獣人大陸ではないぞ?
お主の話からすると、反対側の大陸じゃな。
上には人間や獣人はおらん。魔族だけじゃ。お主も上にいったら魔族を名乗るんじゃな」
え、魔族大陸ってあったんだ。
いや、それより獣人大陸に戻りたいんだけど。魔族大陸も興味あるけどさ。
「ふむ。大陸を渡るのはワシの魔力でもむりじゃが、元のダンジョンになら戻してやれるぞ。
獣人大陸にあるダンジョンというのは恐らく、この研究室のあるダンジョンの兄弟ダンジョンじゃろう。恐らくそこから空間が繋がったんじゃろう。
お主は運よくトラップから逃れたと言っておったが、『本来の』トラップではそんな逃げ道はないからの。
恐らく、このダンジョンの隠れ通路を、兄弟の絆を元に再現した通路じゃろう。それで同じこの場所に転移したというわけじゃな。
本来はこのダンジョンの6階から来るための通路じゃ」
なるほど。兄弟ダンジョンなんて初めて聞いたが、それなら魔族大陸に転移された理由もわからんでも無い。のか?
何にせよ、戻れるというのは良い情報だ。マシューさんには感謝しないと。
1時間後、半日後、1日後、、、いや、そろそろ話やめましょう。俺限界です。
「おお、そういえば人間は休む必要があったんじゃな。これはいかん。そこに毛布があるからそれで寝るが良い。起きたらダンジョンに送ってやろう」
俺はお茶だけで一日がんばった。
だって、ホストのマシューさんが食事しないのに、俺だけが食べるのもどうかと思って。
毛布ってこれか?埃まみれで何かの薬品を拭いたと思われる跡がある。これは元毛布だったもので、毛布じゃない。
「うん?こんなに汚れておったかの?
すまんすまん、こっちに他のが、、、こっちもダメか。すまんの、使える毛布が無いわい」
「はあ、まあいいです。その辺で寝転がらせてもらいますね」
「うむ、好きにするが良い」
俺は横になる前に保存食を腹に入れてから眠った。
「ふむ。今の時代の人間か。
悪い奴では無いとは思うが、記憶を消して置いた方が良いか?
いや、流石に怪しまれるか。入り口は潰れているらしいが、、、まあ良いか。他の人間が来るのも面白いじゃろうて。
魔王あたりには教えて置いてやるかの」
起きたら、目の前に骸骨があった。いや、マシューさんだ。脅かさないでほしい。
「起きたかの。じゃあ、ダンジョンに送ってやろう。ワシに触れておれ」
俺は追い出されるように元のダンジョンに連れて行かれた。
「この部屋でよかったかの?あの道が通じてるとしたらこの場所くらいじゃが」
「ええ、多分この部屋で合ってると思います。ありがとうございました」
「何、いろんな話を聞かせてもらった例じゃ。
そうそう、これをやろう。土産じゃ」
そう言って、俺に指輪を投げてきた。
「魔力をちょっとあげてくれる指輪じゃ。お主の魔力ならこの程度の上昇率でも結構上がるじゃろう」
それって国宝級じゃ無いですか。
「何、昔は普通にあった者じゃ。ワシは使わんからの。もらっておけ」
まあ、くれるというならもらっておくけど。
一応鑑定して、と。ふむ、そのまんま『魔力の指輪』ねえ。呪われてなければいいか。
俺は指輪を指にはめて改めてお礼を言った。
「また会えたらもっといろんな話を聞かせてくれれば良い。お主とあったのも奇縁じゃ。もしかしたら2度目があるかもしれんしの」
そう言って転移していった。俺にもその転移教えてください、とは言えなかったな。流石に大陸をまたいでの転移は魔力が持たないだろうしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます