119 温泉 (3)
それから数日は何事もなく温泉を満喫した。
食事も美味しいし、酒もうまい。温泉は気持ちいいし、吟遊詩人を雇って、食後の時間を楽しくしてくれる。
初日はゴタゴタしたが、いい休暇になりそうだ。
そんな折、お湯に浸かっていると、女将の慌てた声が聞こえた。
「お客様、そちらは女湯です!男性はあちらの方へお願いします」
「ウルセェ。客にゴタゴタ言うんじゃねぇよ。黙って晩飯の用意でもしてろ」
何日か前にも聞いたようなやりとりだ。
今の時間、他の4人も温泉に入っているはずだ。
俺はため息をついて、お湯から上がり、服を着て女湯に行った。
やはり、ゴロツキ風の男だ。この間とは違う男を使うあたり、気を使っているのだろうか。
リリアたちはタオルを巻いている。セーフなようだ。
俺は何も言わずに、男の腹にパンチを叩き込む。
「グェ、、、」
もう一度。
「ゲェ、、、」
こんな所で吐くなよ?
俺は襟首をつかんで女湯を出る。
警備に引き渡す前に尋問した。初めはとぼけていたが、指を折ってやると、素直に吐いた。向かいの宿の店主に雇われたらしい。そのあとは、警備に引き渡して終了だ。ゴロツキの指は直しましたよ?
俺は警備の人に、何度も嫌がらせを受けているのに、対策はできないのか聞いたら、料金を支払っている事、毎回違う男なのがネックで、全員が初犯という扱いで罰金で済んでしまうそうだ。
「女将さん、誰の仕業かはわかってるんですか?」
「おそらく向かいにできた新しい温泉宿の仕業だとは思うんですが、、、何分証拠がありませんので。
向かいの宿は何度もこの店を売るようにしつこく迫ってきてまして。
恐らくそのせいで嫌がらせをしているのかと。こんな事が噂になれば、宿はやっていけませんので。特に女性のお客様が離れてしましますし」
「それにしても、ゴロツキを毎回変えてくるとか、どこから連れてくるんだ?」
「恐らく、砦の街からだと思います。
あそこはスラムもありますし。ゴロツキに困ることはないと思います」
なるほど、砦のスラムか。
なら、女たちが入っている時を狙ったように入ってくるのはなんでだ?
「女性が温泉に入っている時を狙っているように感じますが、どこか覗ける場所でもあるんですか?」
「向かいの宿の方が高い場所にありますので、屋上からでしたら見えるかもしれません」
なるほど。
客がいる時だけ宿をとらせるなら、出費も減らせるしな。
だけど、リリアの裸を見せるわけにいかない。
今回は、前回の反省を生かして、体を洗う時以外はタオルを巻いていたそうだ。
温泉にタオルで入るのはマナー違反ですよ?
まあ、状況が状況なので仕方ないだろうが。
だけど、なんとかしないと、俺たちがゆっくりできない。
温泉に来て、温泉を楽しめないのでは意味がない。
諦めて引き払って帰るか、原因をなんとかするかしかない。
原因の解決法は?向かいの宿を潰すか?
いや、こっちが犯罪を犯してどうする。
「多数決をとります。温泉から撤退するか、原因を解決するかの2択です。
では、温泉を撤退するに賛成の人?」
誰も手を上げない。
「では原因を解決する人?」
全員が手を上げた。
「理由は何かあるのかな?」
「乙女の柔肌を見るなんて許せませんわ!私たちも危うく見られる所でしたし」
メアリーはおかんむりだ。
なら原因の排除が決定した。
「なら、解決方法に意見のある人?」
「とぼけられるのが関の山ですわね。ゴロツキを尋問してもダメかしら。
ゴロツキの言うことだけでは、警備は取り締まらないでしょうね。根拠が弱すぎます。
何か決定的な発言を警備の人に聞かせればいいんですが」
「女将さん、向かいの店主が来た時に知らせてもらえますか?
その時に警備を呼んでおいてもらえると助かります。
俺たちがなんとか、ゴロツキの雇い主だと言う言質をとりますので」
「お客様にこう言うことをしてもらうのは心苦しいのですが、よろしくお願いします。
私たちでは、このままでは宿を締めるしかありませんので」
数日後、向かいの店主が店を譲れと言いに来たらしい。
使用人が俺たちに伝えたあと、警備の人を呼びに行った。
「失礼、この宿に泊まっているものなのだが、どう言う話になっているか聞かせてもらってもいいか?長期滞在を予定しているので、途中で経営者が変わると面倒なんだが」
「そうですか、お客様の前で失礼しました。私どもは向かいで温泉宿を経営しておりまして、私はロングと申します。当店ではこの店と併合すれば、素晴らしい温泉宿にできると考えておりまして、経営権を譲っていただけないか交渉している次第です」
「その割にはゴロツキを雇って、嫌がらせをしているようだが?」
「何のことでしょうか?私どもは正式に買い取りたいと希望しております。ゴロツキを雇うなどとんでもありません」
「この間のゴロツキがお前に雇われたと言っていたぞ?警備にもそのことは伝えてある。この先同じことがあり、毎回ゴロツキがあなたの仕業だと証言したら、あなたも罪に問われますよ?」
「ゴロツキのたわごとなど警備の方も耳を貸さないでしょう。所詮はゴロツキです。スラムで生活しているような者の言うことなど誰も信用しません」
「ほう、スラムから来たと言うのはどこで知ったんだ?」
「いえ、そうでないかと推測したまでです」
「スラムから来たものが高級宿に泊まれる金があるとは思えないんだが」
「それは私どもの知ったことではありません」
「なら、これからもゴロツキを尋問して、あんたの名前が出てくるのを待つとしようか。
流石に何人もが揃って言えば、ゴロツキの言葉とは言え、信用せざるを得ないだろう。
それに高級宿に泊まり、罰金を払ってるんだ。その金がどこから出ているのか、帳簿を調べればすぐにわかりそうだしな」
「当店も高級宿です。そう簡単に監査は入れませんよ?」
「つまり、調べられるとまずいことがあると言うことだな」
「そんなことはありません。例えばの話です」
「そうか、警備の方、どう思われますか?」
警備の人は隠れてこの会話を聞いていたはずだ。
「一度帳簿を調べて、確認を取るべきだな。
後ろ暗いことがなければ、見られても問題ないだろう?」
警備の人はこちらの味方のようだ。
「そ、それは横暴ではありませんか?」
「しかし、今までのゴロツキもお前が指示したと、声を揃えて言っている。
調査に入るには十分な証拠だ」
「これから調査に向かう。証拠隠滅されてはたまらんからな」
「さあ、店主、案内してくれ」
警備は有無を言わせずに、向かいの宿に向かった。
これで証拠が出てくれば、向かいの宿も終わりだろう。
「女将さん、俺たちができるのはここまでです。もし証拠が出てこないようなら、諦めてください。悪いがその時は俺たちも滞在を諦めます」
「はい、仕方のないことだと思います。
ゆっくり浸かれない温泉など誰も泊まりたいと思わないでしょうし」
結果、警備の調査によって、ゴロツキを雇っていたことが判明した。
向かいの宿は、ゴロツキを雇って業務妨害をした罪で、犯罪者となった。
「これでゆっくりと温泉を満喫できるな」
俺たちはそれからしばらく温泉を楽しみ、土産に木刀とペナントを購入して、3週間ほどして帰りについた。
2週間かけて王都に戻ってきたが、特に変化もなかった。
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