018

「あの、大丈夫ですか?」


<ステータス>は他の人には見えないので、黙ってしまった俺を見て、何かまずいことを言ってしまったのかと勘違いしたらしい。


「あぁ、いぇ、大丈夫です。

ちょっと、<生活魔法>が初級魔法でなかったと言うのを、咀嚼していただけですので」


「それなら良いのですけれども」


それからもリリアーナ様からは、いろんな質問をされた。

両親はどうしているのか、生まれはどこかなど。

正直この世界での設定は考えてないし、元の世界の情報も忘れているので、答えようがない。

定番の記憶喪失ということにした。


しかしすぐバレた。

最近、記憶喪失になったのに、あれだけの魔法が使えるのはおかしい、というのだ。

魔法とは呪文を詠唱し、魔法陣を脳裏に描いて、キーワードを唱えることで発動するのだそうだ。

つまり、記憶喪失なら呪文や魔法陣も忘れているはずだというのだ。


俺の知識と違う。。。


神様は詠唱とか魔法陣とかキーワードとか言ってなかった。

ただ、イメージしてそれに必要な魔力を消費すれば良いと言っていた。

実際それで魔法が発動するので、間違いはないと思う。

ただ、正す気はない。どこで知識を得たのかと聞かれるのがわかっているからだ。


俺が魔法を使うときに、自己暗示のように魔力を少しだけ、、、ほんの先っちょだけ、、、爪の先ほど、、、とブツブツ言っていたのを呪文を唱えてると勘違いしているようだ。

都合がいいので、特に否定しなかったが、これからは何か考えた方がいいのかもしれない。


取り敢えずは、記憶喪失でごり押しした。

それ以降の質問には答えなかった。


俺は場合によっては、オーユゴック領どころかこの国からも逃げ出すことを検討していた。

リリアーナ様が不信を持てば、オーユゴック伯爵からも不信を持たれることになるからだ。

リリアーナ様の今後の対応によっては、王都から速攻で出て、他国へ移り住むつもりだ。


今のところ、リリアーナ様が知っているのは、俺が強力な魔法が使えるという事だけだ。それも風属性だけ。

しかし、この世界で強力な魔法が使えるというのは、軍事力に直結する。

リリアーナ様が賢明な考えを持っていることを願おう。




5日経った。

遠くに王都が見える。

この間、魔物に襲われることもなく、リリアーナ様から追加で質問されることもなかった。

ごく平和な道のりだったと言って良いだろう。


今回はオーユゴック領から南へ進み、途中から東に転進したため王都に着いたが、そのまま南に向かっていたら、ラールサック領に着く。ラールサック領とは盗賊のアジトにあった、指示書に書かれていた領の名前だ。

ラールサック領とオーユゴック領は友好関係にあり、3代前の2女が嫁いで、血縁関係にあるらしい。


王都の門には多くの人が並んでおり、何時間も待たされることを覚悟していたが、馬車はそれらの人を他所に、門に向かっていく。

遠くからは分からなかったが、一般の人が通る門と、貴族が通る門の2つあるらしい。

今回は貴族向けの門なので並ばなくてよかった。


門をくぐると、王都の街並みがよく見えた。


すぐ近くに見えたのは、荷馬車が外に出るために並んでいる列だ。入る時よりも短いが、幌馬車が並んでいるのは壮観だ。しかもそれだけ並んでいても、普通に馬車がすれ違えるだけの道幅がある。

また、遠くでは、王都の中心と思われる場所に、大きな城が建っていた。

真っ白の壁に、緑色の三角屋根。高さは想像もつかないほどだ。


他には宿屋と思しき建物や、辻馬車の発着場。道の脇には屋台が並んでいる。


ちなみにこれらは、馬車の中に座っていたら見れない風景だ。

俺は今、無理を言って御者台に座らせてもらっている。


御者の人はバンと言って、長いことオーユゴック家に仕えているらしい。普段は馬丁と庭師を兼業したような仕事をしていて、必要に応じて御者をしているそうだ。

のんびりとした人柄で、話しやすかったため、休憩のたびに色んなことを聞いた。この国の歴史や隣国との関係、王都での観光スポットやオススメ宿などだ。

この世界、交通が発達してないせいか、観光という習慣がない。しかし、貴族が別荘を持つような場所が観光スポットといえば観光スポットだ。



リリアーナ様の宿泊する宿に到着すると、冒険者たちは依頼の達成書類にサインをもらい、去っていった。帰りは多少時期がずれる可能性があるので、別途冒険者を雇うらしい。

俺は往復の依頼なので、そのままだ。


「それじゃぁ、リリアーナ様、私たちは宿を取りに行きますので」


「何を言っているのですか。

従者として来て貰っているのですから、この宿に部屋をとります。

一人部屋と二人部屋の2部屋でいいですか?」


「あの、4人部屋一つでお願いします」


なぜかマリアが主張した。


「リリアーナ様の従者となっていますが、元々はジン様のメイドです。同じ部屋でお仕えするのも仕事です」


何かメイドにこだわりがあるらしい。


「クレアはそれでいいか?」


俺は念の為確認する。

クレア的には問題ないそうだ。


「では、3人で4人部屋一部屋でお願いします」


「わかりました。アンジェ、そのように取計らいなさい」


「了解しました」


案内されたのは、リリアーナ様の隣の部屋だった。

中に入ると、奥の方にダブルベッドが2つと、手前の方にはソファーなどの応接セットがあった。

さすが伯爵家令嬢が泊まる宿だ。

入って右側に扉があったので、トイレかと思いきや、風呂があった。それも魔石でお湯が出るタイプだ。

一泊いくらするのか、恐ろしくて聞けない。


俺たちは荷物を置いて、(ほとんどはマジックバッグに入っていいるが)下の食堂に向かった。


しばらくすると、着替えたリリアーナ様がシンプルなドレスを着て現れた。貴族としては質素だが、普段着に晩餐会にでもでれるような服はさすがに着ないのだろう。


「それでは夕食にしましょうか。

ちょっとあなた、今日のオススメは何ですか?」


「はい、本日はオーク肉のシチューと、ワイバーン肉のステーキになります」


「じゃぁ、それを人数分お願いします」



「ジン様、王都にいる間は、この宿をベースに観光などを行なっていただいて結構です。

私は学校の受験や結果発表までは王都をでれませんので。

予定では明後日に試験、2日後に合格発表です」


「王都にいる間は護衛はどうしますか?」


「王都では兵士で十分ですので、存分に羽を伸ばしてください」


「わかりました。ありがとうございます」



リリアーナ様の許可があったので、明日からは、王都の観光を行うことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る