番外編 守るべきモノ

これはまだ柏木正人が新しい土地で働き始めた頃の話。




 オープンしたての喫茶店、その名はHOPE。

 もともと不良でだらしがない彼だが、しばらくの間母親の介護していたためか気が付けば台所に立つことには慣れていた。

 台所というより本当に料理することだけだが。


 朝のラッシュが終え、落ち着いた時間を手に入れた彼は各テーブルを拭いて回っていると懐かしい人物とそうでもないのが店に入ってきた。


「よう相棒」

「か、柏木君!?」

 正人を相棒と呼ぶのはもちろん一人しかいない、そして彼を見て驚いた珍しい女性。


「渡辺?」

 もちろん彼は彼女の事を知っている。

 高校の頃の同級生で恐れられていた彼を一番最初に心を開いてくれたクラスメイト。


「わぁ久しぶりだね、柏木君!」

「ああそうだな、でもなんでここに?」

「合田君に付いてこいって言われて来てみたらそういうことかぁ」

 正人がここにいることは知らなかったようだ。

 それにしてもよくこんな遠い地まで付いて来ようと思ったものだ。


「…よう相棒」

「わかってて無視してたからそう寂しい顔するな良樹」

「遠いとこから来てくれた親友への扱いっ!」

 良樹と正人のやりとりは平常運転である。




 彼女たちに飲み物を提供し、高校の頃の話や卒業後の話などいろいろ聞かせてもらった。

 渡辺は仲のいい友人達と大学で楽しくやっているらしい。


「で、渡辺」

「ん~?」

 アイスコーヒーのお代わりを差し出した彼は真剣なまなざしで渡辺に伝える。


「男はちゃんと選びなさい」

「合田君の事?違う違う、そういう仲じゃないよ~」

 てっきり付き合い始めたのかと勘違いをしてしまった。


 渡辺は学校でも特別目立つような生徒ではなかった。

 可愛くないわけではないが、総合的にずば抜けたものがないのだ。


「じゃあ何でここにこの珍獣と一緒に来たんだ?」

「えっと…それは」

 言いにくそうな表情を浮かべ下を向く渡辺、ただ遊びに来たわけではないことがわかる。


「この人類のゴミが連れてきたって事はちゃんと理由があるんだろ?」

「…うん」

「この地球外生命体とは…」

「おい相棒」

 割って入る良樹。


「なんだ」

「ご存じかと思いますが、俺隣にいますよ?」

「ん、ああ存じ上げているよ」

「なのに俺の呼び方!」



 ミスマッチにも程があるのだ。

 正人と並ぶほどの悪いほうでの有名人である合田良樹と『普通』でしかない渡辺。

 何もないわけがないとさすがの彼でも気づく。


「…実は」

 そして渡辺は重い口を開いた。


「実は私のお父さん弁護士なんだけど…」

「良樹の顔か法にふれたか…」

「俺の顔は無罪です!」


 冗談を交えながら正人は彼女の言葉に耳を傾けた。

 彼女の父が弁護士であること、そして先日裁判で失敗したこと。

 それが原因で依頼者から恨まれてしまったという。


「理不尽だな」

 内容は正人の言う通りその依頼者の負けが確定していたようなもの、逆恨みにもほどがあった。


「実はその依頼者が暴力団で…」

「マジか…」


 弁護士といえど敵に回してはいけないものもある、自分自身が法に守られようが周囲に危険に及ぶ可能性は当然ゼロではない。

 だからこそ娘の彼女は不良として名高い良樹に相談したのだ。

 もちろん普通なら相談したところでたった一人の男にどうこうできる話ではない。


「良樹一人でなんとかなるだろ」


――――そう普通なら。


「そうなんだがな、俺にも道場ってもんがあるからな」

「…あぁ」

 良樹の喧嘩の強さは異常という言葉を超えている。

 今まで毛嫌いしていた親の空手道場にもやっと正面から向き合うようになり、次期師範代として勤めている。

 だが相手は暴力団、組が関係がしているとなると道場にも危険が及ぶ。


「だから相談してきた渡辺をここに連れてきた」

「そういうことか」


 そしてその異常を超えた男が認める人物がもう一人。


「ごめんね…柏木君」

「…」

 そう、柏木正人もまた異常者なのである。


 高校時代渡辺にはとても世話になった正人、最終退学にはなったが高校生活がいいものだったと思えているのは彼女のおかげと言っても過言ではない。

 しかし今の彼にも守るべきものがある。


 この店と、この店を彼の為に守った人物。


「…俺は」

 答えが出せないでいると勢いよく店の扉が開かれた。


「何ウジウジしてんだこのウジ虫が!」

「鬱陶しいタイミングで現れやがった…」

 車いすで現れた金髪の女性、目つきが悪く煙草を咥えたその姿は全く真面目さを感じさせない。


「柏木君…この方は?」

「…母親だ」

 少し怯えた渡辺に呆れた表情で返す正人。

 育ちが悪い雰囲気の彼の母親、柏木豹華。


「お姉さんかと思った」

「何でだよ」

「目そっくりだよ」

「…」

 親子揃って最悪な目つきだそうだ。


「ババアはすっこんでろ」

「クソガキが、お前をそんなんに育てた覚えはないぞ!」

「じゃあ俺はどんな風に育てられたんだ」

「…」

「…」

「なんでこんなんに育ったんだお前は」

「もう頼むから下がってっ!」

 この親子も平常運転である。


「行ってこいバカ息子」

「だけど…」

 渡辺を助けたい、だがそれを止める自分もいる。


「お前の最愛の人なら同じこと言うぞ」

「最愛の人言うな」

 恥ずかしいワードを口にする豹華、それこそが彼の決断を揺るがすものだ。

 だがこんな時でもこういう話題に女子は食いついてくる。


「え!柏木君彼女いるの!?」

「渡辺…、今はその話は…」

「てっきり猫宮先生かと思ってたのに!」

「…」

 そのてっきりで間違いはないが、あえて伏せておく。


「ふぅ」

 大きく深呼吸する正人、暴力はいけないことだと猫宮真夏は当然言うだろう。

 だけど彼は彼女の事をよく知っている。

 ここで渡辺を見捨てる行動を取った方が悲しむことを。



「わかった、俺が出る」

「…柏木君」

「週末そっちに行く」

「ありがとう…」

 目を赤くして彼に頭を下げる渡辺、弱いところを見せないためずっと我慢していたのだろう。



「…俺にもやれることあるか?」

 今回ばかりは何もできない良樹、本人もそれをわかっているが落ち着かない様子だった。


「そうだな、食パン買ってこい」

「この流れでパシらすのかよ!」

 財布からお金を取り出して良樹に渡すと彼は車いすの豹華のもとへ。


「おばさんからも言ってやって下さいよ!」

「5枚切り買ってこい」

「この親子ソックリ!!」



 真夏にどう説明するか正人は悩んでいたが、うまくいく確信は持てていた。

 だって真夏は渡辺の元担任でもあるのだから。






 だが事件は週末まで待ってはくれなかった。

 正人に『その連絡』をしたのは渡辺ではなかった。

 合田良樹の妹、何も知らないはずの彼女からの言葉を聞いて正人は急いで店を飛び出した。



『お兄ちゃんが…!』


――――すべてを捨てて家を出た、と。



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