第二章

第24話 幼馴染が元担任をライバル視している。

 今年で17歳になる柏木正人は今現在、無職である。


 高校を退学になってから約一ヶ月、もうどれだけ面接を受けたか覚えていない。

 ことごとく落ち、気がつけば11月も終わろうとしていた。

 もともと人とのコミュニケーションが苦手な彼が面接官に好印象を持ってもらえるわけがないのだ。


 ため息を付きながら夕方の街を歩く。

 いつもなら結果は後日に通知されるのだが今日はその場で不採用となった。

 ネクタイを緩めてベンチに座っている彼の姿は職を失って家に帰れない旦那のようであった。


「何が悪いんだよ…、目か性格か、それとも態度か」

 全部である。





 同年代くらいの制服姿の高校生達が楽しそうに下校している。

 まだ一ヶ月しか経っていないのに彼らが別の世界の住民たちのように感じていた。


「柏木君」

「ん、ああ早かったな」

「そう?」

 猫宮真夏30歳教師、正人の元担任で校内では冷血の猫と呼ばれていた。

 無表情で口数も少なく感情すら表に出せない不器用な女。


 そして正人の想い人―――。


 ここで待ち合わせしていたのは間違いではないが、真夏を呼んだのは彼ではない。

 正人が青海高校を去った後、彼女は毎日メッセージを彼に送っていた。

 その内容文も毎回同じで、【調子はどう?】とたったそれだけ。



「皆柏木君の事気にしてたわ」

「そうか…」

「だから今日会うって言っておいたの」

「…ん?」

 嫌な予感がする、だいたいこういう時の真夏は何かしらやらかすことが多いからだ。


「毎日メールでやりとりしてるって言っておいたわ」

「ほう…で、連中の反応は?」

「嬉しそうにニヤニヤしてた」

「だろうね!」

 絶対に勘違いされているが彼にはもう弁解などできない。


「全く…、ん?」

「どうしたの」

「いや…、ちょっと先生こっち向いてくれ」

「向いてるわ」

 姿勢を正してベンチに座る真夏の表情に違和感を感じた正人は彼女の顔をじっと見つめる。

 いつもとどこか違う、そんな気がした。


「…」

「…」

 真夏は無言で彼に見つめられ胸の鼓動が早くなっていることに気がついたが、それが何を示しているのかは当然理解できていない。


「先生眼が…気のせいか…」

「どうかしたの?」

「気にするな、いつも通り死んでる」

「ひどいわ」

 普段魂の入っていない眼をしている真夏の瞳に輝きがあったような気がしたが見間違いだったようだ。


「柏木君、見つめ…すぎよ」

「あ…ああっすま…のわぁあ!」

 突如、正人と真夏の顔の間にものすごい勢いで【何か】が通過する。

 その【何か】はもうすでに見えないはるか遠くまで飛んでいっていた。



「何してんのよ…アンタたち」

「いやお前が何してんだよ犬塚…」

 メジャーリーガーもびっくりなこんな技を出せる女は犬塚冬子しかいない。

 正人の幼馴染にして青海高校の生徒会長、特技は黒板消し投げ。


「…つーかお前何でここにいんだよ」

「噂で聞い…たまたまよっ」

「嘘のつき方下手だなおい!」

 おそらく勘違いしたB組の連中から話を聞いたのだろう。


「犬塚さん」

「何ですか猫宮先生」

 真夏はゆっくりと立ち上がる。


「私は今後の話をするために柏木君を呼んだの」

「…っ」

「オーケー、犬塚とりあえずカバンの中に手を突っ込むのはやめろ、怖い」

 あの中にいくつ【アレ】が入ってるのかは予想不可能だ。


「あといつも先生は主語がねぇんだよ」

「ごめんなさい」

 こんなだからクラスの連中に勘違いされるのだ。


「それにもう柏木の先生じゃないし!」

「…」

 正人と真夏、お互いに見捨てないと言い合った仲。

 真夏は深呼吸して冬子の眼をじっと見つめる。



「犬塚さん」

「…何ですか?」

「わた…」

「…」

 勘違いされないようにしろという圧力を彼女の後ろからかける正人。


「…」

 無言で言葉を考える真夏。

 何て言えば納得してもらえるか、何を言ったら彼は怒ってしまうのか。

 きっとあの【約束】を口にすることは避けた方がいいのだろうと彼女は察した。


「犬塚さん」

「だから何ですか」

「私と柏木君は…」

 正人の雰囲気から察して、言ってはならない状況なのだろう。


「人には言えない関係よ」

「察しといて悪化させるバカがいた!」

 悪魔の方がよっぽど可愛く感じるほどの表情になっていく冬子。


「だからアンタはどうしていつもいつも…とりあえず犬塚は両手に持っているものをしまえ」

 学校を退学になってもこの関係は直らないようだ。


「ぐぬぬ…」

 険しい表情で手を震わせている冬子、幼馴染の彼女は確実に不利な状況だった。

 学校ではもう柏木正人を監視することはできない、それに生徒ではない彼に校則うんぬんで注意することもできない。

 大人の真夏が有利。


「…」

「柏木君、すごく睨まれているのだけど」

「…知らん」

 素直になれない冬子を邪魔しているのはプライドと理性。


「こ…これで勝ったと思わないでくださいよ、猫宮先生」

「犬塚よ、それは負け続けるキャラが言う台詞だ」



 元担任に恋を抱いている正人。

 彼の事が気になってはいるがそれが何なのか理解できていない真夏。

 絶対に二人の仲を認めたくない正人の幼馴染の冬子。



 生徒会長という地位を振りかざせなくなった冬子は覚悟を決める。


「猫宮先生」

「なに」

「私はこのバカの幼馴染です」

「バカってお前…」

 冬子はプライドを捨てることにした。


「だから負けません」

「…」

「なぁ…これって何の勝負なんだ?」

 鋭い視線を送る冬子、真夏も一切目線をそらさない。


「何かわからないけど、私も負けないわ」

「上等です!」


「いやだから何でお前は…」



―――元担任をライバル視してるんだって。

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