第22話 ピリオド
その一言で全てが終わった。
希望とは所詮望みでしかなく、夢は叶わないから夢という。
何かを得れば何かを失う。
―――彼が失ったものは、その得たものだ。
青祭まで残すことあと2日。
勉強と準備、両立させるのは簡単ではなかったがとても有意義のある日常を送れていた。
看板も出来上がり、衣装も完璧、あとは明日の放課後にテーブルなどを設置するのみ。
ここ数日でクラスメイトの名前をずいぶん覚えた正人、人のことに全く興味がなかった以前に比べて大進歩と言える。
そう―――頭を使い、体力を使い、力を使い、彼は疲れきっているのだ。
「柏木、もうちょい右」
「ん、わか…って何しれっと手伝わせちゃってんの?」
時刻は夜の七時、正人は脚立を使って校内の蛍光灯を取り替えまわっていた。
青祭に向けての備品チェックと交換、こんなことを彼に頼める人物は冬子しかいない。
「だって脚立乗れないもん」
「もん言うな、ってお前高いとこ苦手なのか?」
「違うわよ」
恥ずかしそうに下半身を指差す冬子、青海高校の女子のスカートは結構短めである。
「誰も見ねぇよ」
「なんでよ!」
「いやお前がなんでだよ…」
文化祭前の生徒会は雑用もまかされてとても忙しい。
猫の手も借りたい状況の時に彼は運悪く彼女に捕まってしまったのだ。
「よっと…犬塚新しい蛍光灯くれ」
「あ、はい」
正人が古いものを外して新しいものを冬子が下から渡す、二人なら一つ代えるのにそう時間はかからない。
「クラスの準備はどう?」
「ああ、ほぼ終わってる」
「そっか」
本当は校内全ての進行状況を把握している冬子だが、この質問はただ彼の口から聞いてみたかっただけ。
「それと勉強ははかどってる?」
「あ?まぁボチボチな」
「あの柏木がねぇ…」
主に小学校の頃の記憶だが、幼馴染である冬子は彼の成績の悪さを知っている。
「小学生の頃ひどかったもんね」
「そんなにか?」
昔から勉強が苦手だったことは彼本人も覚えてはいるが、どこまで成績が悪かったかまでは記憶にない。
「掛け算で、【さざんが?】って先生に聞かれて」
「…」
「オールスターズって答えてたわよ」
「バカだなおい…」
成績うんぬんではなく、別の意味でバカだったようだ。
切れてはいなかったが、怪しそうな蛍光灯を全て取り替える作業は一時間もかかってしまった。
さすがに疲れた彼は今日くらいは勉強するのはやめて身体を休めることに決めた。
「助かったわ、ありがとう」
「これからは生徒会の男子にやらせろよ」
「だって皆忙しいから」
気持ちはわかるが今の正人も同じくらい忙しい。
「俺も忙しいんだがな…」
「顔は暇そうよ?」
「…顔てなんだ」
すでに時刻は八時、さすがに校内に残っている生徒はいない。
こんな時間まで学校に残ったことがない彼は少し新鮮に感じていた。
「お父さんが車で迎えに来てくれてるんだけど、柏木も乗ってく?」
「いや…コンビニ寄りたいしいいわ」
「…そっか」
決してそれが理由で断ったわけではない、一言で言えば気まずさ。
察した冬子もそれ以上は誘ってこなかった。
「それじゃ!」
「ああ」
生徒会室の鍵を閉めて早歩きで去っていく冬子、走らないあたりさすがは生徒会長。
大きな欠伸をしながら歩き出そうとした正人は自分がカバンを持っていないことに気がついた。
2年B組の教室の扉を開けて明かりを点ける。
明日も授業があるため机はそのままだが、周りは作り上げたものでいっぱいだった。
本番は明後日、あとはそれらを設置するだけ。
―――そう、本当に頑張ったんだ。
「あれぇ電気点いてんじゃん」
「2年B組、確かにここだな」
静かだった教室にゾロゾロと知らない顔が入ってくる。
否、正人は数人見覚えがあった。
「おい誰かまだ残ってる奴い…、お前…」
緑地高校の男子生徒、正人は以前クラスメイトが絡まれていたのを止めに入ったことがある。
「何で他校の奴がいんだよ」
中に入ってきたのは合計で6人、だが正人は怯えることなく彼らに問いただす。
聞かなくても理由と原因はわかっている。
あの時クラスメイトの男子が口を滑らせてしまったのを彼らは覚えていて、きっと面白半分でこの学校に忍び込んできたのだろう。
「…それは…」
見てわかるように6人全員が柏木正人に恐れていた。
―――ここじゃまずい。
まとめて相手することは簡単、だが場所が悪い。
この一ヶ月頑張ってきたものがたくさん置かれてあるからだ。
「出ろ、外で相手になる」
「…」
一人だけ鋭い男がいた。
その男子生徒は近くにあった椅子を持ち上げて【2年B組 喫茶店】と書かれた看板目掛けて投げつけた。
「おい!!」
叫んで飛び出しそうになったがすぐにその足は止まった。
「この服、破りやすそうだなぁおい」
「…っ」
男は端にあった工具箱からカッターナイフを取り出して青祭用に用意した衣装に刃を向ける。
それらを壊されたくないことを正人は悟られてしまった。
「せ~のっ!」
一着一着次々と破られていく。
「おい、こっちも壊せ」
「おっけぇい!」
作り上げてきたものが壊されていく。
悩んでる場合ではない。
ここでやってしまわなければ被害が大きくなるだけ、と正人は拳を強く握り締めた。
『普通に学校生活を送ってほしいの』
―――なんで。
『せめて目標に辿り着けるまで』
―――今それを思い出すんだ。
「すげぇ!柏木が手を出してこねぇぞ!」
「サイッコー!」
「壊せ壊せ!」
力があるのにそれを使えない悔しさ。
頑張ったものが次々と壊されていく辛さ。
呼吸困難になってしまいそうなほど苦しかった。
本当に頑張ったんだ―――。
今まで人の輪に入れなかった彼。
本当に頑張ってくれたんだ―――。
恐れていた彼に勇気を出して声をかけたクラスメイト達。
『でも嬉しかったよ』
『クラスメイトって言ってくれて』
「あああぁぁああぁっ!!」
―――そこからは何が起こったか覚えていない。
気がつけば他校の高校の生徒達が血だらけで倒れていた。
その後教師がやってきて全員救急車で運ばれていった。
彼はそこで自宅謹慎を言い渡された。
翌日。
何もする気が起きず食欲もわかない正人は眠ることもできずただジッと自室で座り込んでいた。
自宅謹慎や停学なんて慣れている、が真夏との約束を破ったことは事実。
彼は間違いなく文化祭には参加できないだろう。
そもそもあの状況を一日で修復するのは不可能だ。
きっとまた恐れられて距離を空けられる日々がやって来る。
だけどもうそれはしかたのないこと、何よりも慣れている。
でも―――。
ただ一つだけ目指していたものはなくなっていない。
「…」
彼は大きく頭を振って、カバンから冬子が貸してくれた参考書を取り出した。
ペンを持ったときテーブルの上に置いてあるスマホが震えた。
【猫宮真夏】
担任からの着信、約束を交わした人。
なんて言えばいいかわからないまま彼はスマホを耳に当てた。
「先生か…?えっと…なんつーか」
そして真夏は一言だけ彼に伝えた。
―――退学、と。
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