第21話 約束と封印
日曜は基本昼まで寝ている彼だが今日は珍しく朝早くに目が覚めた。
Tシャツにジャージという起きたばかりの格好で近場のコンビニへ行き、簡単に食べれそうな物を購入する。
ポケットから家の鍵を出そうと手を突っ込んだ時スマホが震えているのに気がついた。
「…あい」
『おはよう』
「先生か…どした?」
決して担任の真夏とはモーニングコールをし合うような仲ではない。
『学校じゃ勉強見てあげられないから』
「ああ、いや…さすがに休みの日くらい先生も休めよ」
『構わないわ』
「そ…そうか」
そういえば以前何かある時はまず連絡をしてからにしてくれ、と彼女に言ったことがあった。
人に気を使う、少しは真夏も成長したのかもしれない。
『だから』
「うん?」
彼は喋りながら逆の手で家の鍵を取り出す。
扉の前に来たとき正人の足は止まった。
「来たわ」
「この女、成長の仕方がおかしい…」
「何を言っているのかわからないけど、ひどいわ」
来る前に報告するのではなく、来た事を報告していた真夏だった。
勉強を開始する前に真夏は複数のパンフレットをテーブルの上に置いた。
彼は疑問に感じながらそれらを手に取る。
「…これ」
「大学のパンフレット」
「マジか、集めてくれたのか?」
「ええ」
彼の実力では今から頑張ったところでたかがしれている、真夏はそれをちゃんと頭に入れて選んでくれていた。
平均的な生徒が滑り止めで受けるような大学。
それでも正人にはそのパンフレットに載ってある全てが別世界に見えた。
―――しかし。
「…全部こっから遠いんだな」
「そうね」
ここからではどれも簡単に行けるような場所ではない。
この街を離れる。
すでに一人暮らしなのだから今更怖さなどない。
「どうしたの」
猫宮真夏のいる場所から離れてしまう、柄にもなくそんなことを思ってしまっていた。
「いや…なんでもねぇ」
「そう」
こんなにも応援してくれている人がいるのに何を女々しいことを考えているんだと彼は頬を叩いて邪念を振り払う。
「…やっぱり」
「あ?」
勉強を開始しようと学校カバンから筆記具や教科書を取り出していると普段何も気にしないはずの真夏が口を開いた。
「教えて」
「あ…ん?何をだ?」
「さっき何を言いかけたの?」
「…」
少しずつ、彼に質問する回数が増えてきている。
光の入っていない眼で彼をジッと見つめていた。
「…なぁ先生」
「ええ」
「もし俺が大学に受かって遠くに行ったらどう思う?」
「どうって」
意地悪な質問だというくらい彼本人もわかっている。
もうすでに猫宮真夏は彼にとって、いて当たり前の存在なのだ。
「受かったら嬉しいんじゃないの」
「そっ…か」
わかっていた―――。
感情バカである彼女に色恋沙汰など理解できるはずがない。
それに理解したとしても教師と生徒、彼女が正人を好きになる可能性は低い。
「…だな、んじゃ勉強始めるか」
「でも」
「あ?」
「一緒にいない時は、よく柏木君の事を思い出すわ」
十分じゃないか。
教師と生徒という壁がある以上踏み込んではいけない領域がある。
だから今はこれだけで十分なんだ。
ちゃんと繋ぎとめておかなくてはいけない、卒業したあとも会える様に。
「柏木…大丈夫か?」
「ん…、ああ問題ない」
青祭で喫茶店をすることになったB組、彼は今クラスメイトと看板に使う木材をホームセンターに買いに来ていた。
最近夜遅くまで勉強しているせいかたまにボーっとしてしまうことが増えてしまっている。
看板になりそうな大きなものは結構な値段がするため、安めの木材をいくつか購入して組み合わせることにした。
木材、絵の具、テーブルクロス、まだ必要なものはたくさんあるがさすがに一度に全てを揃えるのは難しい。
一緒に来たB組生徒3人は重そうに材料を運んでいた。
「おい、お前中学ん時の…」
学校へ向かっている途中声をかけてきたのは緑地高校の男子生徒達だった。
彼らの視線は正人にではなくクラスメイトの一人に向けられていた。
「ひ…久しぶり」
「お前らバカみたいに何運んでんの?」
「えと…文化祭の買出し…」
「ぶはは文化祭て!子供かよ!」
中学が同じだっただけで、友達とは明らかに言えない雰囲気。
「当日冷やかしに行ってやるよ、何組だ?」
「B組…」
邪魔されるとわかっていてもここは教えておいて正解だろう。
「おい、買出しってことは学校から金出てるんだよな?」
予想は付いていた。
ここまでひどくはないが正人も不良なのだからこの先の展開は読める。
「くれよ」
「いや…これは…さすがに」
「あぁ!?お前の金じゃねぇだろうが!」
友達同士なら黙っていたが、これなら彼が出ても問題ない。
「お前の金でもねぇんだよ」
「あ?誰だおま…え」
徐々に絡んできた男子生徒達の顔色が青くなっていく。
相手が不良なら当然彼のことを知らないわけがないのだ。
「何でこいつが…柏木と…」
「…」
正人は一旦手に持っていたものを地面に置いて彼らの前に立つ。
この先の言葉には相当な勇気がいる、今まで口にしたことがないからだ。
「ク…クラスメイトだ」
「…クラ…」
「どうするここでやるか?」
「…ちっ」
何人いても柏木正人を敵にするのはまずい、と悟った彼らは握りこぶしを震わせながらこの場を去っていった。
「…やっぱすごいな柏木は」
「不良に関心してんじゃねぇよ」
「でも嬉しかったよ」
「あ?」
「クラスメイトって言ってくれて」
爽やかな笑顔を正人に向ける男子達。
クラスメイトとして受け入れてくれている、それが彼らにとってはとても喜ばしいことだった。
「これこの辺に置いとくぞ」
「わ~柏木君ありがとう!」
賑やかな輪の中にいることにまだ慣れてはいないが、決して嫌な気分ではない。
「柏木君」
「ぬあっ、びっくりした」
「ごめんなさい」
運び終えた彼は休憩をもらい、自販機へ向かっていると気配を消した真夏が現れた。
「…」
「…」
ジッと彼の目を見つめる真夏。
「あ、それなんか怒ってる顔だな」
「ええ、たぶん怒ってるわ」
表情は変わらないが、彼は真夏が何を考えているか雰囲気でわかるようになってきていた。
「喧嘩したの?」
「ん…ああ聞いたのか」
クラスメイトの男子が一応絡まれたことを報告したのだろう。
「手を出す前に逃げてったよ」
「そう」
それなら怒る必要はないと彼女は大きく頷いた。
とはいえあそこで彼が手を出していたとしても誰にも迷惑はかからない。
むしろ叩き潰しておいた方がこれ以上クラスの連中にも突っかかってこないはずだ。
「つーか、潰しておいた方がよかったと思うんだが」
「だめよ」
はっきりと真夏は言った。
「いや…アンタ今まで喧嘩はいけないとか言ってこなかったろ」
「ええ」
「大学目指すのとは関係ないだろ」
「ええ」
「だったら…」
来るもの拒まず、やられたらやり返せ、そうやって今まで生きてきたのだから。
「してほしくないの」
「あ…?」
喧嘩はいけないことだとは言わなかった。
「普通に学校生活を送ってほしいの」
「…」
「せめて目標に辿り着けるまで」
―――そうだ、俺は【普通】を目指してみようと思ったばかりだ。
喧嘩、暴力、孤立、そんな日常を送る高校生が普通であるわけがない。
「…わかった、約束する」
「ありがとう」
「何で喧嘩しないっつって先生がお礼言うんだよ」
「それもそうね」
前にも同じようなことがあった。
だから今回も彼女を悲しませるようなことはしないと決めた。
「でもよ、先生が怒るって珍しいな」
「そう?」
「注意することはあっても怒らないだろ」
「そう…ね」
言われてみればそうだ、と真夏は無表情で首を傾げる。
「先生ちょっと怒ってみてくれ」
「わかったわ」
無茶ぶりを否定しないあたり彼女らしい。
「…」
「…」
「ぷん」
「…マジかよ」
真顔で声を出しただけだった。
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