第20話 高校生活
青祭に向けて2年B組は本格的に動き出した。
メニューはどうするか、衣装はどこから調達するか、一同はただのお遊びに本気になっていた。
体育祭の時もそう、皆心に残る思い出がほしいのだ。
しかし当然そこに彼の居場所はなく、こんなことをしている場合でもない。
せめてレベルの低い大学でも受けれるほどの学力を身に付けないといけないのだ。
正人はその場から逃げるようにカバンを持って歩き出した。
「か、柏木」
「ん」
声をかけてきたのは一度も話をしたことがないクラスメイトの男子だった。
「これ、必要な材料のリスト…」
「それがどうした」
「せ…生徒会に提出してきてくれないか?」
「あ?」
青祭で正人と同じ役割をまかされている男子の内の一人、さっきまで騒がしかった教室が今は誰も口を開いていなかった。
「…」
「あ…いや、忙しいなら別に…」
「わかった、生徒会に出せばいいんだな」
「…え?あ、ああ」
正人はリスト表を受け取って一度軽く目を通してから教室を出て行く。
彼が教室からいなくなると、その男子生徒はその場に座り込んだ。
恐怖と緊張、足の震えが止まらない。
なんせあの柏木正人に指示を出したのだから。
「ねえ皆」
静まり返った教室で立ち上がったのは渡辺、何を隠そう正人に指示を出すように言ったのは彼女だ。
「見てわかったでしょ」
「でも…マジ怖かったぞ」
未だに抜けた腰が治らない。
「そうね、確かに柏木君は怖いよ」
「確かに態度や口も悪いけどそれだけだよ」
続いて須藤と山下も発言を始める。
「柏木君はいい人だよっ」
冷たい視線が刺さる、生徒会室なのだから当然だ。
もうそれにも慣れてしまっている彼はお構いなしに堂々と中へ入る。
「柏木?」
「ああ、犬塚か」
一番最後に正人の存在に気がついたのは生徒会長の犬塚冬子。
「アンタが生徒会室に来るなんて珍しいわね」
「だな、俺もそう思う」
唯一彼を恐れていない彼女、他の生徒会役員達は部屋の片隅で気配を消している。
「これ、B組のリスト」
「…二度ビックリね」
「ああ、その件に関してもそう思う」
絶対こういうことには参加しない彼がありえないものを提出しにきたのだから。
「んじゃな」
「うん、あ…、柏木」
「あ?」
「その…」
モジモジしている狂犬生徒会長、正直ちょっと気持ちが悪い。
「勉強、頑張ってね」
「ん、ああ」
冬子は直接彼から聞いたわけではない、だが正人が毎日居残りをして勉強をしていることは知っていた。
実は林間学校でのお土産を正人の母親に持っていった時に彼が何を目指し始めたか教えてもらったのだ。
―――正直悔しい。
何が悔しいかって?
毎日頑張っている彼の傍にはいつも猫宮真夏がいるんだから。
だけど今は首を突っ込んではいけないんだ―――。
やることがなくなった彼は階段前で立ち止まった。
教室に戻れば空気を悪くするだけ、大人しく帰った方がいいだろうと彼は歩き出そうとしたが誰かに制服の裾を掴まれる。
「柏木君どこいくの」
「先生か…、帰るんだが?」
「だめよ」
帰宅しようとした正人を止めたのは担任の真夏。
教室に戻って青祭の準備の手伝いをしろとでも言いたいのだろうか。
「戻ってみて」
言葉の使い方がおかしかった。
試しに、と思わせるような台詞。
「なんでだよ」
「いいから」
「…」
掴んだ裾を離そうとしない。
「…わかった、提出したことだけ報告してくる」
「ええ」
彼女は突然現れたり、頑なに出て行こうとしなかったりすることはあるが捕まえてまで逃がそうとしないのは珍しかった。
準備が始まった青海高校の廊下は賑やかだ。
それでも正人が通るだけで道が開いていく、周囲は視線すらも合わそうとしない。
ため息を付いてB組の教室の扉を開けた。
「提出サンキューな柏木っ、あと悪いんだけどここ手伝ってくれ!」
「…あ?」
「ちょっと男子!柏木君、男子は無視してこっちお願い!」
「…」
―――ありえない光景が広がっていた。
彼が教室に入っても誰も目をそらさない。
それどころか話しかけてくる、お願い事までされる。
「ほら柏木君っ」
トンッと優しく彼の背中を押す渡辺。
「それ持っててもらっていい?」
「あ…ああ」
会議室などで見かけるような長机を少し持ち上げてほしいと指示を出してきたのは会話のしたことのない女子。
「やっぱすげえな…一人で持つなんて」
そして全く知らない男子。
「関心してないで測ってよ!」
正人が持ち上げている間に男子がメジャーで長さを測り、女子が記録する。
「柏木っ、そっち終わったらこっちも頼む!」
「…ああ」
真夏の言う【戻ってみて】の意味が今やっとわかった。
クラスメイト達は柏木正人を理解できていない、だけど理解しようとしてくれている。
彼の高校生活がやっと動き出した。
散々こき使われた彼はフラフラになりながら学校を出る。
体力面は問題ない、一番使ったのは精神面だ。
「お疲れ様」
「…ん」
校門前で彼を待っていたのは冬子だった。
時刻は5時過ぎ、青祭間近の生徒会は忙しく毎日この時間まで仕事をしている。
「あの柏木正人がこき使われるなんてね」
「うるせぇよ…」
嫌味を言うために彼を待っていたわけではない。
「でも嫌じゃなかったんでしょ?」
「あ?」
「顔に書いてる」
「…」
めんどくさいとは何度も思った、だが不快に感じたことは一度もない。
「はい、これ」
「あ?なんだこれ」
冬子がカバンから取り出したもの、それは参考書だった。
「大学行くんでしょ」
「…それ誰から聞いた」
「豹華おばさん」
「あのババア…」
落ちたら恥ずかしいからできれば秘密にしてほしかった。
「わかりやすいものを選んだから」
「…」
毎日忙しいのに、彼女は時間が少しでも空いた時は彼のために動いていた。
「笑われるもんだと思ってたがな」
「え?」
「こんな俺が大学なんてよ」
きっと神様だって笑ってる。
「笑うよ」
はっきりと冬子はそう言った。
「だって嬉しいから」
「…」
「だから笑うよ」
「…そか」
忘れていた。
彼の幼馴染は厳しくて怒りっぽいが、決して頑張ろうとしている人をバカにはしない。
「サンキューな、この借りは必ず返す」
「…なら」
「?」
「駅前のスイーツ屋…」
―――だからモジモジするのはやめてほしい。
「わかった、そんな高いもんは無理だぞ」
「…うんっ」
もう距離は空けさせない。
友人でもなければただの同級生なわけでもない。
正人の幼馴染。
―――それは私だけが持つ特権。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます