第18話 認めた想い
医療室で横たわる親友を見つめていた。
頭には包帯、喧嘩無敗と呼ばれている男の無残な姿。
「一体誰が…こんなことを」
「ベストスポットを会長にチクったのお前だよね!」
「なんのことだ」
「すごい勢いで黒板消しが飛んできたわ!」
良樹の言うベストスポットから浴場までの距離は結構あるが、あの女の魔球にはそんなもの関係なかったようだ。
「お前は行かなくていいのか」
外を眺めながら良樹は呟いた。
今現在青海高校は自由時間となっており、生徒の大半が川に涼みに行っている。
「俺も混ざってキャッキャして来いってか」
「無理だな…」
だからやることのなかった正人はこうして彼のいるところへとやってきたのだ。
「なぁ正人よ、お前俺に言うことあるんじゃないのか?」
「ああ、実は犬塚にチクったのは俺だ」
「その件に関しては存じ上げております!」
何かとまではわからないが、良樹は彼の異変に気がついていた。
そう、いつもとは違う何か―――。
「ちょっと先の事を見てみることにした」
「…そうか」
「とりあえずは大学、考えてみるわ」
「ああ、頑張れよ」
正人の無謀すぎる希望、だが良樹は何も言わず彼を応援すると決めた。
「あ、柏木君っ」
「渡辺か、どうした」
夕方、ホテル内で暇そうにしていた正人に声をかけたのはクラスメイトであり彼を班に勧誘した女子生徒の渡辺だった。
「お願いがあるんだけど…」
「俺にか?」
「うん、この後肝試しあるよね」
「知らんのだが…」
当然正人がしおりなど読むわけがない。
「私肝試しの実行委員まかされてるんだけど」
「嫌な実行委員だな…」
「そこで柏木君に驚かす役お願いしたいの」
「…は?」
本当は演劇部から衣装を借りるはずだったのだが、荷物がかさばるため却下されてしまったとのこと。
それにしても何故そんな役を彼にまかせようなどと思ったのか。
「お化け役なんてできねぇぞ」
「そこは大丈夫!ただ立っててくれたらいいからっ」
「どういうことだ…」
驚かさないお化け役なんて聞いたことがない。
「ただ、誰か来たら【コロスゾ】って言ってくれたらいいからっ」
「それ別の意味で驚かそうとしてるよなっ」
柏木正人にその言葉を言われたら誰もが驚いて逃げるだろうと考えた渡辺。
断ることは簡単だが彼女には借りがある。
「…わかった、引き受ける」
「ホント!?ありがとう!」
「あ、それと」
「え?」
彼が渡辺に持ちかけたのは交換条件ではなく提案。
「俺なんかより、もっといい人材がいる」
虫除けスプレーを買っておけばよかったと心から思った。
暗い山道で待機命令を出された彼の腕はすでに数箇所虫に刺されていた。
明かりは手に持っている懐中電灯のみ。
「柏木君」
「ひぃっ!」
背後から忍び寄る存在に全く気がつかなかった正人は思わず悲鳴を上げてしまう。
「誰だっ」
「猫宮よ」
「なんだ…先生か、一瞬マジで幽霊を信じそうになったぞ」
「ひどいわ」
驚かし役の正人の最終兵器、猫宮真夏。
夜道にこの女が無言で直立していたら悪魔でも腰を抜かすだろう。
「つーか懐中電灯使えよ、わかっていても怖い」
「わかったわ」
真夏は手に持っていた小型懐中電灯のスイッチを入れて覗き込む。
「ひぃっ!」
「ひどいわ」
彼女はこの真っ暗闇の中明かりなしでどうやって来たのか疑問に感じたがそこは怖いから聞かないでおく。
「それで私は何をすればいいの」
「そうだな、こっから50mくらい離れたところにいてくれ」
「?」
「立ってるだけでいい」
「わかったわ」
この道を通る生徒がまず真夏で驚いたあと正人のあの一言で追い討ちをかける。
彼は柄にもなくワクワクしてしまっていた。
『そろそろ順番に行くよ』
「了解」
トランシーバーから聞こえる渡辺の声、よくこんな機器まで用意できたものだ。
何も見えない暗闇。
考えてみればよくこんなくだらないことを引き受けたものだと呆れてしまう。
何で―――承諾したのだろうか。
渡辺に借りがあるなんてのはきっとこじ付け。
二年に上がってから真夏と出会い、冬子と接することが増えた。
めんどくさい、くだらない、どうでもいい、それが口癖だったはずなのに体育祭では本気で走った。
孤立していたはずなのにいつの間にかお願い事までされるようになっていた。
そして、嫌じゃないと思うようになった―――。
それにしても誰も来ない。
開始からすでに20分以上経っているが聞こえてくるのは虫の鳴き声のみ。
『柏木君』
「おう、誰も来ねぇんだが」
『…それが』
渡辺の現状報告、トラブルでもあったのだろうか。
『出発した生徒全員…』
「…」
『ダッシュでホテルに戻っていくんだけど…』
「…は?」
一度トランシーバーをポケットに戻す。
原因を突き止めるため懐中電灯の電源を入れ足元を照らしながら歩き出す。
「…」
「…」
その原因はすぐに判明した。
「柏木君」
「…ああ」
「みんな逃げていくわ」
「…だろうな」
真夏に遭遇した生徒達は悲鳴すら出せずに引き返して逃げてしまっていたようだ。
冷血の猫おそるべし。
「ホント退屈しねぇな先生は」
「そう」
今度は離れずに次の生徒が来るのを待つ。
「アンタが担任になってからいろいろありすぎだ」
「そうなんだ」
始まりはそう、この女で間違いない。
きっかけになったのも、きっかけを作ってくれたのも彼女だ。
「柏木君」
「なんだ」
「私が担任じゃなくなったら他人になるの?」
「は?」
真夏は視線を正面に向けたまま彼に問いかけた。
「…何言ってんだ?」
「ごめんなさい、聞かなかったことにして」
「…」
正人と出会って生まれて初めて笑うことができた、嬉しいという気持ちをまだ理解できていないがあの時は間違いなく喜びを感じた。
昨夜、冬子に言われた言葉を思い出す度に心臓を何かが叩く、こんな現象も今まで起きたことがない。
涙を流した理由、きっとそれは悲しみ―――。
「見捨てないんじゃなかったのか」
「え?」
「俺のこと見捨てないって言ったのは嘘か?」
「嘘じゃないわ」
変わり始めたのは彼だけじゃない。
「じゃあ俺も見捨てねぇよ」
「…」
「それでいいか?」
「…うん」
木の陰で身を潜めていた二人の肩が触れる。
密着というほどではなくほんの少し当たっているだけ。
「(ああ…やっちまったな)」
あることに気づいた彼は真夏から離れることなく無言で空を見上げた。
正人が心の中で呟いた言葉の意味。
―――それは高鳴る胸の鼓動が答え。
「柏木君」
「ん…」
「来たわ」
やっと次の生徒達がやってきた。
この状況でよく来れたものだ、相当肝が据わっている人間かもしれない。
「俺が行く」
「ええ」
今度は正人が驚かす番に回った。
「コロスゾ」
「あ?」
「ひぃっ!お前いぬづ…」
彼が次に眼を覚ましたのは太陽が昇り始めた頃だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます