第14話 欠陥品と完成品
彼には似合わないお洒落な喫茶店。
待ち合わせ10分前に到着した正人は睨みつけるような眼をして口を開いた。
「誰だお前」
「…」
それはその場にいた【担任】に向けての言葉だった。
補習のない日は何もせず面白くもないテレビを流しながら家でダラダラと過ごしていた。
先ほどから枕元に置いてあるスマホが鳴っているが昼飯を抜いてでも動く気のない彼は当然手を伸ばそうとはしない。
が、一向に着信音が鳴り止む気配がない。
「…くそ」
折れた正人は一度起き上がり、スマホを手に取って画面を確認する。
【猫宮真夏】
表示されている名前を見た後、急いでカバンの中から夏休みの補習予定表を取り出した。
今日は学校に行かなくてもいいことになっている、なのに何故担任からかかってきているのか。
「はい」
『こんにちは』
「ん、どした?」
『今大丈夫?』
逆の手でリモコンを操作し、テレビを消す。
「ああ」
『もし予定がないのなら14時に学校近くの喫茶店に来てくれない?』
「用件は?」
『その時話すわ』
「…」
―――この時にはすでに違和感を感じていた。
「わかった」
最近彼の予感は当たるようになっていた。
嫌な予感、めんどう事に巻き込まれる前兆。
一度も入ったことのない店、そもそも喫茶店など入る機会すらない。
この暑さの中、先に到着していた彼女は店の外で彼を待っていた。
「誰だお前」
「…」
彼女に鋭い目つきで冷たい言葉を放つ。
「何を言ってるの?」
「お前、先生じゃないだろ」
「…」
電話での喋り方で違和感を感じ、その存在を眼で確認して確信した。
見た目は全く真夏と同じ、だがこの女は立ち方に柔らかさを感じる。
何よりも瞳に輝きがある。
「驚いた、こんなにも早くバレるなんて…」
「で、誰なんだよ」
彼女はカッターシャツの第一ボタンを外して爽やかな笑顔を正人に向けた。
「私の名前は美春、あなたの担任の妹よ」
「…」
猫宮 美春(ねこみやみはる)、27歳OL。
双子と言われたら信じてしまうほど真夏に似ている。
―――ツッコミたいところは沢山あった。
「いやぁ自信あったんだけどなぁ、くやしぃ~っ」
「…」
その沢山ある中で許されるのなら一つだけ言わせてもらおう。
「…どこでお前の姉は間違えた」
接してみてわかるように妹は人とのコミュニケーションに慣れている、同じ親から生まれ同じ環境で育ったのにどうしてここまで違ってしまったのか。
美人で人当たりのいい美春は、はっきり言えば真夏の残念な部分をなくした完成品。
「びっくりしたよ、姉のスマホ覗き見したら男の名前があるなんて」
「…」
「しかも生徒って!」
一人盛り上がる猫宮妹、正人は彼女のマシンガントークに付いていけず無言でコーヒーを飲んでいた。
「んで呼び出した理由は何だ」
「え?おもしろそうだったから」
「…このアマ」
女でなければ間違いなく手が出ていただろう。
「あれ青海高校の柏木だよな…」
「え…それってあの柏木?」
「目合わすなよ…」
安らぎの時間を求めてやってくる喫茶店では彼の存在は空気を汚す害虫でしかなかった。
「へぇ、君有名人なんだ」
「悪い意味のな」
少しは怯えるかと思ったが美春は逆に楽しそうな表情で正人の顔を覗き込んだ。
「ね、正人君はお姉ちゃんの事どう思ってるの?」
「感情バカ」
「…」
例え身内であっても遠慮なくはっきり言うのが柏木正人。
それでも彼女、美春は怒るどころか嬉しそうに笑い出した。
「あははっ感情バカか、うん確かにそうだね!」
「怒んねぇのかよ」
「なんで?ちゃんと見てるじゃない」
そう、彼はちゃんと猫宮真夏のことを見ている。
彼女の姉を見た人達は皆こういうのだ。
【冷たい人】と。
美人姉妹として見られてきた二人だが男が寄って来るのは10人中10人妹の美春の方だった。
確かに残念な方は真夏、でも彼女には彼女なりの悩みがあった。。
同じ顔なのに選ばれるのはいつも美春、それはただ真夏がとっつきにくいという理由なだけ。
姉は嫌だから、なんて最低な告白をされたこともある。
―――だから初めてだったんだ。
姉の存在を知っていながら負けたのは。
この少年はちゃんと人を見ている―――。
「こんにちは」
「今度は残念な方が来たぞ…」
「ひどいわ」
遅れて真夏の登場、美春はわざと30分遅らせた時間を彼女に伝えていた。
同じ顔の美人姉妹だけあって周囲の視線が一斉に集まっていた。
彼が驚いたのは姉が登場したことではなく、彼女が私服を着ていることだった。
少し露出の高めの服装、意外としか言いようがない。
「やればできるじゃないか先生」
「これは美春のよ」
「…把握」
真夏の愛用スーツは今美春が着ているため、わざとらしく置かれてあった美春の私服を着るしか選択はなかった。
「一緒に住んでるのか?」
「ううん、久しぶりに泊まりに行っただけ~」
「そうか、つーか立ってないで座れよ先生、怖い」
「ごめ…ひどいわ」
無表情な顔で直立されていたら落ち着かない。
「どうして柏木君がいるの」
「私が呼んだっ」
「どうして柏木君を知ってるの」
「お姉ちゃんのスマホ見たっ」
「そう」
「あ、納得しちゃうんだ」
姉妹の会話の途中でツッコミを入れてしまう正人、これが会話と言っていいのかはわからない。
「お姉ちゃん、正人君とはどこまでいったの?」
「先日、実家に挨拶に行ったわ」
「主語っ!」
どうして真夏はこうも簡潔に済ませようとしてしまうのか。
彼が慌てて面談の事を美春に伝えると少しつまらなそうな顔をしていた。
「何になさいますか?」
店員が後から入ってきた真夏の注文を伺っていた。
「アイスコ」
「お姉ちゃんにはこの店で一番大きいパフェを」
「かしこまりました」
「…」
「こっち見んな」
困った姉(無表情)は妹のイタズラに文句を言えず、彼の方をじっと見ていた。
しばらく美春の姉イジリは止まらなかった
夕方まで付き合わされた正人は夕飯も誘われたがこれ以上精神的に疲れたくなかったためきっぱりと断った。
「晩御飯も一緒に食べたらいいのに~」
「疲れる」
「ホントはっきり言う子だねぇ君は」
喫茶店の代金は呼び出したお詫びということで美春が出していた。
人の顔くらいはあるサイズのパフェを無表情で食べている真夏の姿は異様だった。
「明日補習よ」
「わ~ってるよ」
彼がサボらないように釘を打っておく真夏。
「じゃあな」
「あ、待って」
今度は何だ、と振り返ると彼を呼び止めたのは妹の方だった。
「お姉ちゃんを見捨てないであげてね」
「美春、何言ってるの」
「…」
今の今まで騒がしかった妹はこの時だけ真剣な表情で彼の目を見ていた。
欠点の多い真夏でもお見合いを繰り返せばいつかは成功するだろう。
中身は残念でも見た目だけで受け入れてくれる人はその内現れるかもしれない。
でもできることなら幸せになってほしい、幸せを知ってほしい、幸せにしたいと思ってくれる人と出会ってほしい。
美春の言葉に彼は頷くことはできなかった。
「見捨てるのは俺の方じゃねぇよ」
彼はこれまでずっと見捨てられ、見放されて過ごしてきたのだから。
「見捨てないわ」
「…え?」
「私は見捨てない」
「…」
彼は知っている、真夏が嘘を付けないことを。
美春は知らなかった、真夏がそんなことを言える姉だったことを。
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