第13話 アニマルオールスターズ

 少し古めの一軒家、久しぶりに帰る実家はどこも変わっていなかった。

 ただ普段と違っているところがあるとすれば、


「おいコラ、アタシはお前を二股するような男に育てた覚えはないぞ」

「何言ってんの…お前」

 ずっと一点を見つめている、というより睨みつけている犬塚冬子と、こんな状況でも全く表情を変えない猫宮真夏。

 そして正人の胸倉を掴んでいる彼の母親、柏木 豹華(かしわぎひょうか)。


―――アニマル大集合だった



「ってアンタ冬子ちゃんかっ」

「ご、ご無沙汰しています、おばさん」

 今やっと正人の幼馴染に気がついた豹華、昔は少しぽっちゃり系だった冬子の変わりように驚いていた。

 しかし彼にはそんなことどうでもいいことだ。

 一つのテーブルに猫と犬と豹、いつ噛まれてもおかしくない状況。




「ところで猫宮先生?」

「なに?」

 先に攻撃を仕掛けたのは犬の冬子。


「どうして急に柏木の家に?」

「三者面談まだだったから」

「何故彼に内緒で?」

「絶対拒むから」

「…」

 真夏の完全なる論破にぐうの音も出ない冬子、もちろん猫と犬の戦いはこれでは終わらない。


「犬塚さんはどうして?」

「幼馴染だから」

「…」

 卑怯で強力な言葉に対して反論ができない猫の真夏。




「んで正人、どっちが本命なんだよ」

「…は?」

「んぐ…げほっげほっ」

「…」

 唐突な豹華の質問に呆気に取られる正人とお茶を拭き出してしまう冬子。

 これは一体何の面談だというのか。


「無表情の美人教師と幼馴染の美少女、どっちなんだ?」

「…どっちでもねぇよ」

「んだよ、両方落とせよクソガキ」

「二股をかけるような男に育てた覚えはないんじゃないのかババア」

 冬子はハンカチで口元を押さえ、真夏はいつも通り何も考えていない顔をしていて二人とも言い返す様子はない。



「そ・・・それにしてもおばさん老けないですねっ」

「そう?」

 弁解、反論する前に話題を変える行動に出た冬子。


「まぁ15でコイツを産んだからな」

「はい?」

「え?」

 さすがの真夏も信じれない言葉に思わず声が漏れてしまっていた。


「猫宮先生って30歳だっけ?ならアタシと歳変わらないわよ」

 猫宮真夏は今年で31歳になる、豹華が正人を産んだのが15歳の時で彼が今高校二年生、となれば1つか2つしか変わらない。

 金髪ロングヘアーでヘビースモーカーな彼の母親、不良のまま成人してしまったような見た目。



「残念でしたね猫宮先生っ」

「え?」

 母親と歳の変わらない女性を恋愛対象として見れるはずがないという勝手な思い込みで勝った気になる冬子。


「親と歳が変わらない人なんて嫌なはずよ!」

「嫌なの?」

「…知らねぇよ」

 こうなってしまった冬子はもう誰にも止められない。

 豹華はそれをニヤニヤしながら眺めていた。


「ババア、笑ってんじゃねぇよ」

「あ?何だその口の利き方は!枕元で子守唄歌ってやろうか!」

「…永眠しそうだからやめろ」


「つーか先生よ、補習中寝てたら起こせよな」

「ごめんなさい」

「ってか教え方がお経に聞こえるのも問題だよな」

「ひどいわ」



 息子が幼馴染を連れてきた。

 息子が教師を【先生】と呼んだ。

 豹華は正人に近づく者なんてもういないんじゃないかと諦めかけていた。



―――だからこの光景を一生忘れないよう目に焼き付けた。

 もしかしたら将来、このどちらかが家族になるかもしれない。



「猫宮先生、バカ息子のことよろしくお願いします」

「こちらこそ」


「冬子ちゃん、コイツが何かしようとしたら容赦しなくていいからね」

「は…はいっ」


「正人」

「な…なんだよ」

「茶おかわり」

「差っ!」


 豹華に一つだけ大きな希望ができた。


 もしかしたら孫の姿を見れる日が来るかもしれない、と。







「二人とも夕飯食べてくだろ?」

「親戚が遊びに来てる時みたいな誘い方するなババア」

 時計を見ると短針は7のところを差していた。


「いえ、お気持ちは嬉しいですがもう出来てると思うので…」

 時間を全く気にしてなかった冬子は急いでカバンを持って立ち上がる。


「おい、送ってやれ」

「ん…ああ」

 犬塚家はこの家から歩いて5分もかからないが、逆らうと後がめんどうなため彼はしかたなく従うことにした。





「おばさん、補習受けてるの驚いてたね」

「まぁ俺だからな…」

 これでもし彼が家事の手伝いをするなんて言い出したら失神するかもしれない。



 懐かしい道、彼がこの道を通ったのはもう記憶にないほど前のこと。

 冬子は正人と遊んだ場所、一緒に通った道、その全てを記憶の中で宝物として保存してある。


「私も勉強しなきゃ」

「お前成績悪いのか?」

「一緒にしないでよ、常に学年で10番以内をキープしてるわ」

「未知の世界だな…」

 アルファベットのABCですら危うい正人とは大違いである。


「大学目指してる子は皆頑張ってるんじゃないかな」

「よくやるよ」

「柏木は高校出たらどうするの?」

「さぁな」

 冬子と違い明日のことすらわからないのにそんな先の予定まで考えられるわけがない。

 きっと今と同じように適当に生きて、適当に過ごしていく。


「大学…目指してみたら?」

「あ?」

「いや…ほら、おばさん喜ぶと思うしっ」

「冗談は良樹の顔だけにしてくれ」

「あれは冗談では済まないわ」


 彼が青海高校に入学できたのも奇跡以外の何でもない。

 選択問題が見事にハマっただけ。




「それに母親だけの稼ぎじゃ大学は無理だ」

「あ…そうだよね、ごめん」

 無理だとわかっていても、もし彼が行きたいと言えばきっとあの母親は…。







「帰ってくんのがはえぇんだよ、もっとチュッチュしてこいや」

「チュッチュ言うな」

 戻ると台所でキレ気味の豹華が包丁を持って立っていた。


「真夏ちゃんそこの棚から皿取って」

「はい」

「いやアンタは何やってんだ」

「お手伝い」

 どうでもいいが人の担任をちゃん付けで呼ぶのはやめてほしい。


「ってか何だそのエプロンは…」

「豹華さんのよ」

 胸元に大きなリボン、そして眼が痛くなるほどの明るいピンクのエプロンを真夏は着けていた。


「裸エプロン用に買ったやつだ」

「誰得だよ」

 30過ぎた女の裸エプロン姿など見て誰が喜ぶというのか。


「…」

「なに?」

「…なんでもねぇよ」

 真夏はちゃんと服を着ている、それでもやはり彼は男だった。






 寝ていた。

 手を前で合わせ、まるで白雪姫のような格好で真夏は熟睡していた。

 豹華の差し出した飲み物がお酒だとも知らずに彼女は一気に飲み干して気を失った。


「お前な…」

「いや…ここまで弱いとは思わなかった…」

 真夏を見た目で判断してはいけないことは彼が一番よく知っている。



「すごい担任だな」

「だろ」

「お前が心を開いた理由がわかったよ」

「開いてねぇよ」

 そんなつもりは一切ない。


「昔から教師の事は呼び捨てで呼んでたぞ」

「んなことねぇよ」

 【先生】と彼の口から出た言葉を豹華は聞き逃さなかった。


「ちゃんと正人の事を見てる」

「…」

 無表情で言葉も淡々としている、豹華は正人と冬子がやってくる前に質問したのだ。

 息子はどうですか、と。

 すると真夏は表情一つ変えずに答えた。


 授業態度は最悪、校則違反、サボリ癖、想像通りの彼の私生活。

 だが最後にはっきりと答えたのだ。


―――彼は優しい子です。


 息子をちゃんと見てくれている人がいる、涙が出そうなほど嬉しかった。



「ってかどうすんだよコレ」

 全く起きる気配がない真夏。


「アタシの部屋で寝かすかな」

「お前はどこで寝るんだよ」

「あ?息子と寝るに決まってんじゃねぇか」

「さも当然かのように抜かすなババア」

 彼にはちゃんと一人暮らしの家がある、後は豹華にまかせるのが正しい選択だろう。


「贅沢な…、お前は3人で寝たいって言うのか!」

「なんで30過ぎた女に挟まれて寝なきゃなんねぇんだよ!」




 カバンを持って玄関へと向かう。

 靴を履いていると豹華が正人の背中を思いっきり蹴飛ばした。


「…って、何すんだよ」

「お前、高校出たらどうすんだよ」

「てめぇまでそんなこと聞くのか」

 冬子は幼馴染として、豹華は親として彼の今後が知りたかったのだ。


「大学、行くつもりはないのか」

「ねぇよ」

「…そうか」

 少し寂しげな豹華の声。


 妊娠して高校を中退し、大学なんてものは夢の世界のように感じていた。

 だからこそ息子には行ってほしい気持ちがあったのだが、やはりそれは本人が決めること。


「ババア」

「あ?」

「先の事なんてわかんねぇよ」

「…」


 

 彼が変わり始めたのは真夏との出会いや冬子との日常のおかげだろう。

 先の事はわからない、そう付け加えたのは絶対にないとは言い切れないからだ。



「顔出して寝るなよ」

「ヘソだ、俺を窒息死させたいのかお前は」



―――どうか、この子にはいい未来を。

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