第6話 たった一人だけの

 正人はどうしてこうなったを考える。

 彼が課題をやってこないのはいつものこと、ならばどうしてこんな事態に陥ってしまっているのか。


「聞いてるの柏木っ」

「柏木君」


 彼は今、生徒会室で幼馴染と担任に怒られていた。


「猫宮先生はお引取りください、私だけで十分ですので」

「私担任だから」

 どちらかと言えば猫と犬の争いと言ったほうが正解かもしれない。


 最初に事を起こしたのは犬塚冬子、何かと彼に因縁を付ける彼女は昼休みに教室に乗り込んできて正人に説教をし始めた。

 そして空気を読まないのが担任の猫宮真夏、そんな状況の中に割って入り課題の件を持ち出してきたのだ。



「柏木が忘れた課題って何ですか?」

「数学よ」

「猫宮先生の担当科目は?」

「歴史よ」

 何故現れた、とツッコミを入れそうになる正人。


「担任として注意するように言われたわ」

「あ…うん、それ間違いなく押し付けられてるだけだからな」

 真夏は周りからうまいこと使われていることに気がついていない。

 いや、そんなことは機械仕掛けの彼女にとってはどうでもいいことなのかもしれない。



「生徒の乱しはこの私にまかせてもらいます」

「そうした方がいいの?」

「いや怒られている本人に意見を求めるな」

 課題を忘れるのは校則違反ではないため、冬子は【乱し】という言葉を利用した。



「(何?猫宮先生はそんなに柏木といたいわけ…?)」

 鋭い視線を教師に向けて威嚇する冬子。


「…」

 特に何も考えていない真夏。


「これは俺が悪いんだしよ、次からは気を付けっから…」

 この状況に耐え切れず折れる正人。



 なんとか逃げ出す方法はないものかと彼は考えるが出口は冬子の後ろにあり、そして何よりも彼女が握り締めているものが怖くて動くに動けない。

 黒板消し(使用済み)。

 となれば彼が折れて場を和ませるしか方法はない。



「私と柏木は長いのよ、この男のことはだいたい知ってるわ」

 もうストーカーの域に達しているレベルだ。


「ま…まぁそうだな」

「でしょ!だから何も知らない先生はお引取りください」

 正直何を言っているのかわからない彼であったが、ここは頭に血が上っている冬子にまかせるのが正解だろうと正人は判断する。



「私は今度柏木君の実家に挨拶に行くわ」

「…何故それをこのタイミングで言った?」

 しかも大事な部分を省いて。


「…」

「オーケー落ち着け犬塚、とりあえず投球ポーズはよそうか」


 怒りが頂点に達している冬子に三者面談での事を説明する。

 ちゃんと理解してもらえるまでに時間がかかってしまったが、とりあえずは納得してくれた。



「だから先生…、アンタいろいろと言葉が足んねぇんだって…」

「ごめんなさい」

 言い訳をしなさすぎるのも真夏の悪いクセである。





「正人!」

「おまっ、良樹…?」

 生徒会室に乗り込んできたのは正人の親友、良樹だった。


「大丈夫か!助けにき…たんっ」

「…」

 ゆっくりと扉を閉める冬子、登場して5秒で退場させられた親友は生徒会室の外で黒板消しと共に横になっていた。



「…殺人兵器かそれは」

「失礼ね、いつも手元にあるだけよ」

「いつも手元にある黒板消しって何だ」

 今のを目にして彼は理解した、あれは間違いなく一撃必殺の技だ、と。






 予鈴のチャイムが救いの鐘の音に聞こえた。

 やっと解放された正人は外で愉快なポーズで気を失っている良樹を叩き起こした。


「う…ん、お兄ちゃんもう食べられな…、はっ!大丈夫か正人!」

「お前がいろいろと大丈夫か」

 良樹がどんな夢を見ていたかは聞かないでおくのが吉。



「5時限目、サボるか」

「だな、頭いてぇし」

 あの速度であの威力だ、しばらく痛みは残るだろう。


 誰もいない階段を上がり屋上へと向かう。

 風に当たりながら昼寝でもすればきっとこの疲れた精神も少しは回復するだろう。





「ん、君達は…」

 鉄でできた扉の先にはすでに先客がいた。


「やぁ、確か柏木君と合田君だったかな」

 彼らを君付けで呼ぶその人物はどっからどう見ても小学生の少女だった。


「良樹、何か知らんがまかせた」

「ちょっと待て、何か知らんのをまかせるな」

「いやお前妹いるだろ」

「妹は一個下だ、ここまで子供じゃねぇ」

 しかしわからないことが、何故少女はここの制服を着ているのか。



「失礼だな、私はここの3年だ」

「…」

「…」

 冗談にしか聞こえない二人。


「3年D組の麻生、前生徒会長だ」

 麻生 苗(あそうなえ)、身長145cmの童顔すぎる上級生。

 そして冬子を会長に推薦した前生徒会長。


「見た目は子供、頭脳はおと」

「やめとけ良樹、それ以上は言うな」

 とりあえず現状を認められていない良樹が発しようとした台詞を止めておく。



「君が柏木正人君か」

「ん、ああ」

 下から上へ、麻生の視線が突き刺さる。



 一年の頃から有名人だった彼らは生徒会会議の中で何度も名前が上がっていたが、危険度が計れないため教師、生徒会共に二人との接触は禁じられていた。

 注意、説教をしないといけないのにできない、そんな時に麻生は冬子と出会った。

 上級生の男子が下級生の女子にちょっかいをかけているのを一年である彼女が止めに入っていたのだ。


 それから麻生はその一年の女子の事が気になり目を付けるようになった。

 その時に気がついたのだ、柏木正人に向けている視線が他の連中とは違っていることを。


 いろいろと調べ、彼らは幼馴染だということがわかった。

 彼女なら彼らと接触することができる、そしてこの学校をまかすこともできる、そう思って麻生は犬塚冬子を次期生徒会長に推薦した。



「本当によくここまで有名になれたもんだ」

「そらどうも」

「冬子に追い掛け回されてるらしいな」

「主に俺がな」

 風紀を乱している他の生徒達は注意で済んでいるが、正人だけには攻撃的な姿勢で向かってくる。

 良樹は今日やられてしまったが―――。



「アンタ前会長ならアイツに黒板消し投げるの止めるよう言ってくれ」

「あれは私が伝授した」

「…テメェが犯人か」

 あの行為は生徒会で代々伝わる何かがあるとでも言うのだろうか。



「君は…」

 幼い見た目をしたその上級生は目の前にいる不良二人組に質問する。



「友達はいるかい?」

「いない」

「正人よ、隣に俺がいる状況でよくはっきり答えれたなそれ」


 冬子は彼ら、主に正人の事を麻生によく話している。

 素行の悪さがほとんどの内容だが、彼女の口からは一度も【内面の悪口】を聞いたことがない。



「幼馴染って言うのはな、作れないんだよ」

「…はぁ?」

「ふ、まぁ大事にしたまえ少年」

 一個しか変わらない麻生は大人面を振りまいて彼らの横を通り抜ける。



「なぁ先輩よ」

 彼女の言った言葉に理解できていないまま正人は去り行く麻生の足を止めさせる。


「アンタここで何やってたんだ?」

「サボリだ」

「現生徒会長に謝れこの野郎」

「はは」


 麻生は彼らの悪い噂を思い出しながら心の中で呟いた。

 接してみないとその良さはわからないものだな、と。






 結局正人は放課後になるまで屋上にいた。

 良樹は気を使ってか、寝ていた彼を起こさずにこの場を去っていた。


「ふぁ~…っ」

 麻生が何を伝えようとしていたかを考えている内に睡魔に襲われたようだ。

 わからないままにしておいても特に気持ち悪くならない正人は考えることを諦めて大きく身体を伸ばし立ち上がる。



「柏木、ここにいたのね」

「…出たよ、現生徒会長」

「?」

 冬子に彼がここにいることをチクったのは麻生だった。


「何しにきた」

「サボっといて堂々としてるわねホント…」



―――幼馴染は作れない。



「な…何よジッと見つめて」

「ん、ああ…なんでもね」

 正人は麻生苗という女子の事が少し理解できた気がした。

 簡単に言えば彼女はお節介を焼くのが好きなんだ。



「喉渇いたな」

「ちょ…私まだ用件言ってないんだけど…っ」

 彼は後ろのポケットから財布を取り出して、中から小銭を【二枚】抜き取った。


「お前も来るか?」

「…え?」

 奢ってやるという言葉を口にせずに正人は態度で示す。


 今日の友達が明日も友達だとは限らない。

 麻生もいつまでも彼の先輩ではない。


「行かないのならいい」

「待ってっ、行く…行くってば!」




 正人の母親はあの乱暴者だと初めから決まっているように、彼にとっての幼馴染はこの先ずっと冬子だけなのだ。

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