第4話 彼の理解者
青海高校2年C組、犬塚冬子。
彼女が高校1年生にして生徒会長になった理由。
正義感が強かった冬子は前生徒会長から直々に推薦を受けるが、当時の彼女にとって学校の風紀などはそこまで興味はなかった。
ただ困っている人やイジメなどを黙って見ていることができなかっただけ。
では何故犬塚冬子はその推薦を受けたのか。
正義感とは受ける側からすれば全てが正義とは言えない。
少しずつ成長していくにつれて【余計なお世話】、その言葉が彼女を苦しめるようになった。
知らぬふりをするのも正義。
だからこういう生き方はやめようと断念しかけた時、
幼馴染が学校で問題を起こしているという話を耳にした。
昔はよく遊んだりしたのに中学校に入ってからは全く会話をしなくなった柏木正人。
そんな時、彼女のもとに【生徒会長】の話がやってきたのだ。
そう…生徒会長になれば彼と接触できる、それが冬子の最初の理由だった。
大きな欠伸をしながら正人は自分の靴箱を開ける。
中を確認せずに手を伸ばすと先に触れたのは靴ではなく紙だった。
無地の封筒、シールや糊付けはされておらず中を確認するのは簡単だが差出人が書かれていないため取り出すのに躊躇してしまう。
柏木正人にラブレターを送る女子がいるとすればとても勇気があると言える。
「どうし…ぬあ!正人がラブレターもらってるぅぅ!」
別の場所で靴を履き替えた良樹が彼の手に持つ封筒を見て驚いていた。
「キイィィィ!悔しい!」
「何言ってんだお前は…」
これまで浮いた話が全くなかった二人、良樹は先を越された気持ちになり地団駄を踏んでいた。
「いいもんっ、俺には美穂がいるもん!」
「もん言うな、しかもそれお前の妹な」
こんな強面のシスコンが兄でさぞかし妹も大変だろうと彼は同情した。
とりあえず中を見てみないことには何とも言えない、一応念のために刃物系が入っていないか外側から触って確認しておく。
指を入れると中から出てきたのは一枚の便箋。
“昼休み、屋上に来て”
何故上から目線、というツッコミよりも他に言うことがあった。
「…何故筆ペン?」
達筆な字で書かれてあり、それはまるで果たし状のようにも見える。
視線をゆっくり下の方に向けるとそこには差出人の名前が書かれてあった。
“生徒会長 犬塚 冬子”
「…さて、今日の授業は何かな」
「待て良樹、そんな晩御飯みたいな理由を付けて逃げるな」
その名前を見た途端逃げ出そうとする良樹の首を掴む。
校則違反、授業態度、喧嘩、呼び出しを食らう理由なんてものはくさるほどある。
「正人」
「なんだ」
「柔らかい部分に当たればいいな」
「黒板消しを投げられる前提で言うな」
冬子が【ソレ】を手にすればプロ野球選手もびっくりの投球を見せる。
行かなければそれはそれでめんどうなことになる彼は結局行くしかないのだ。
開けた瞬間に黒板消しが飛んでくるかもしれない。
ドアのノブに手を当てたまま彼は硬直していた。
例え普通の人よりも頑丈に作られている身体でもあれがまともに入ったらただではすまない。
考えていても時間が経つだけ、と彼は大きく深呼吸をして開け放った。
「オラァ!!」
「…え?」
「…」
「…」
―――何も飛んでこなかった。
開いたと同時に飛び込み前転をして進入してきた正人をじっと見つめる冬子。
「…何してんの?」
「さぁ何だろうね!」
恥ずかしくてこのまま飛び降りてしまいたい気分の正人だった。
優しい風を浴びながら二人はしばし無言のまま向き合っていた。
「(来る、来るのか…飛んで来るのか?)」
いつ彼女が必殺技を繰り出してくるのか怯える正人。
「(どどどどうしよう、呼び出した理由考えてなかったっ!)」
そしてノープランで彼を呼び出した冬子。
睨み合う形に見えるが内心はかなりテンパっている二人。
普段は身だしなみや、暴力沙汰などを理由にして接触する冬子だが今日は考えなしに彼を呼び出してしまっていた。
「…ん?お前…ちょっと痩せたか?」
「へっ?」
じっと彼に見つめられた冬子の顔はまるでゆでダコのように赤くなっていた。
「小学校ん時は少しぽっちゃり目だったような…」
「んな…っ」
それが今では驚くべきプロポーションになっていた。
一つだけ残念な箇所があるとすれば…。
「…」
「おい柏木、今どこを見て沈黙した」
出るとこは出ていない彼女だった。
「んで呼び出した理由は何だよ」
「あ…、えっと、あ~…」
「…あ?」
「そう先生っ、猫宮先生とのことで!」
教師と生徒の関係しては近すぎるのでは、と説教することに決めた冬子。
「私が何か?」
「うひょあ!」
話題にしようとした本人の突然の登場、後方に扉があるため正人の方からは見えなかったが冬子からは絶対に見えていたはずなのに気がつかなかったようだ。
足音を立てず、気配を消して現れる真夏はまるで幽霊のような現れ方だった。
「先生、びっくりさせないでくれ」
「ごめんなさい」
真顔でゆっくり頷く。
「ね…猫宮先生、どうかしたんですか?」
「柏木君に用があって」
「俺に?」
真夏はその用のために彼のことを学校中探し回っていた。
「(やっぱり…この二人)」
正人が真夏を見る目は他の教師とは違うものだと彼女にもわかっていた。
彼が【先生】と呼んでいるのを冬子は初めて耳にした。
一方、全く表情を変えない冷血の猫は何を考えているのかわからない。
「筆記具買いに行きましょう」
「は?」
「は?」
何を考えているのかわからない真夏が放つ発言はやはり謎だった。
「待て先生、順を追って言ってくれ」
「柏木君、筆箱ないよね」
「ないな」
「前のお詫びで揃えてあげるわ」
お詫びとは先日真夏の笑顔、とは言えない表情を見させられて気絶したこと。
教師として筆記具を持たない生徒がいることを見過ごすわけにもいかないのだ。
「あぁ…、別にいいよそんなの」
「だめよ」
「ってかそんなつまらん理由で昼休み削ったのか先生は」
「ん…」
言われてみて真夏は気がついた。
これは別に誰かに言われて告げに来たわけではない。
正人が筆箱を持っていないことを予測しただけのこと。
あの生徒は筆記具を持っていない、なんて普通教師が考えるだろうか。
もしかしたらそれはただのこじつけで他に理由があるのかもしれない。
―――感情バカの真夏にわかるはずがない。
「…」
「先生、真顔で考えるな…怖いから」
「ひどいわ」
この無表情の教師に目の前で立たれて黙られるほど怖いものはない。
「とりあえず行きましょう」
「…考えるの拒否したろ」
「ええ」
「そういうとこ正直な」
空気になってしまっている冬子、割り込もうにもタイミングが見つからなかった。
入る隙がないとはこのことを言うのだろうか、と胸が締め付けられるような感覚が彼女を襲っていた。
「…私が…」
何のために生徒会長になったのか。
「今日の放課後、私が彼に自分で買わせます」
「おぉっ?」
「筆記具を持つ気がない生徒がいるなんて許せません」
「わかったわ、犬塚さんにまかせます」
理由なんて些細なことでいい。
生徒会長の特権をフル活用させてもらうことに決めた冬子。
真夏は彼が筆記具を持っていないことに気がついた、だけど冬子は自分の方が彼の事をもっと見ている自信があった。
「(二人きりで買い物なんて行かせるものか)」
こんな全く笑わない感情もない女なんかに負けるか、と鋭い視線を真夏に送るが当然彼女には伝わらなかった。
「それじゃ」
「ああ、ちゃんと昼飯食えよ先生」
「ええ」
ロボットのように回れ右をして去っていく真夏。
「つーか、めんどくせぇな…お前」
「めん…っ、失礼ね!」
「帰りに自分一人で買うから解放してくれよ」
「…だめ」
買うか買わないかなんて彼女にとってはどうだっていい。
「私の目の前で買うこと」
「…やっぱめんどくせぇ」
彼に付いていくことに意味があるのだ。
「逃げ出したらとんでもないことになるわよ」
「へぇ、どんなだよ」
「毎晩枕を黒板消しに変えてやる」
「…毎日ナイトメア見そうですね」
こんなのでは昔に戻れたとは言えない、そもそも戻りたいとも思っていない。
ただ正人の事を見ている、知っているのは自分が一番だという自信が彼女にはあったのだ。
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