七. 想い②
ガキィンッ――
剣が激しくぶつかり合った。
スラウは斬撃を辛うじて躱すと後方に飛び退いた。
態勢を整える間も無く、再び攻撃が繰り出される。
彼女は再び剣で受け流して後方に下がった。
「何やってんだ?」
ラナンは飛びかかってきた闇狼あんろうを薙ぎ払うとスラウを見やった。
「さっきから防戦一方じゃねぇか。一体、何が……」
「あいつ……!」
フィリップは低く呟くと剣を引き抜いてスラウの元へ走り出した。
「スー! 半端やってんじゃねえぞ!」
「でも!」
スラウは駆けてくるフィリップに返すと唇を噛んだ。
古傷の残る右腕を無意識に庇った特徴的な剣筋。
頭で考えるより早く身体が反応する。
この剣をよく知っている。
頭では否定しているのに、身体が訴えている。
知っているはずだ。
何年も共に交わった剣なのだから、と……
「ああ、そうだ! その剣は親父だ!」
フィリップの言葉に隊員たちは凍りついた。
「だけど、よく見ろ! どう見てもそこにいるのは、ただの化物だ!」
スラウは目の前に立ちはだかるソレを睨んだ。
傷ついた身体は泥まみれで、髪も服もほとんど無い。
だが、意識して見れば見る程、それがハリーであるような気がしてしまう。
のっぺりとして感情を失った顔の上に屈託の無い笑顔が重なった。
「スラウ!」
ラナンの声に我に返るとソレが襲いかかってきていた。
寸手のところで飛び退いて攻撃を避ける。
立ち上がろうとした時、目の前にフィリップが立ち塞がった。
「もう良い!……俺がやる!」
「で、でも……」
「下がれ! 交代だ!」
フィリップが雄叫びを上げて魔物に突進していった。
彼の背中を見つめるスラウの脳裏に木刀でぶつかり合う親子が蘇ってきた。
***
オレンジ色の光の中、スラウは大きな木箱に腰掛けて脚をぶらつかせていた。
隣でラナンが丸くなって寝そべっている。
気持ち良さそうに閉じた瞼は時折震えていた。
フィリップの小柄な身体が後ろに飛ばされ、麻袋の山に突っ込んだ。
彼はドサドサと頭の上に落ちてくる袋を掴むと地面に叩きつけた。
「くそっ!」
「ははははっ!」
明朗な笑い声が響く。
ハリーは木の棒を軽々と肩に担ぐと歯を見せて笑った。
「まだまだだな」
「もう少しだったのにっ! もう1回だ、親父!」
フィリップは傍に落ちていた木の棒を掴んだ。
「まだやるのか?」
「あったりめぇだ! もしかして親父、もう疲れたのかよ?」
ハリーは挑発を物ともせず、にっこりと笑った。
「本当にそう思うか? そうだ、スーちゃんもおいで。2人でかかってこい。今の2人でも、この疲・れ・た・老いぼれには勝てないぞ!」
「スー、今日こそはぜってぇ負けねぇぞ!」
「うん!」
ラナンは片目を開けて琥珀色の瞳を2人に向けたが、大きく欠伸をすると再び丸くなって目を閉じた。
数刻後、土に塗れたボサボサの髪をなびかせ、フィリップとスラウは黙りこくったまま沈んでいく夕日を見つめて膝を抱えていた。
「まだここにいたのか」
ハリーが茂みから顔を出した。
「いつまでふてくされているんだ? 夕飯、冷めるぞ」
ハリーはそれでも振り向かない2人に呆れて肩に手をかけた。
「ほら……」
「今だっ!」
フィリップが突然声を上げ、スラウも飛びついてハリーを地面に押し倒した。
「1本取ったり!」
ハリーは嬉しそうに叫んだ2人を見て、にっこり笑うと長い腕で2人の腕を掴んで引き倒した。
「残念!」
歯を見せて悪戯っぽく笑うハリーの腕から逃れようと、2人はじたばたともがいたが、遂に観念して腕を広げて仰向けに寝転がった。
そのうち誰ともなく笑い始め、次第に笑い声は3つに増えて茜色の空に響いていった。
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