六. 2人のリーダー②

「……と意気込んで来たは良いものの」


グロリオは今しがた蹴破った扉の向こうを見据え、剣を肩に担ぎ直した。

部屋の中は雑然としているが、動くものの気配が無い。


「何で何もいねぇんだ? 見張りは居たのにな」


「居ないと言えば、あの2人はどこに行ったんだ?」


ラナンの声にグロリオは廊下に顔を突き出した。

フィリップとトニーの姿がどこにも見えない。


「あれ? お前たちと一緒じゃねぇのか?」


「違うわよ」


ランジアは返すと黒髪を掻き上げた。


「トニーさんが話があるって。フィリップ君を連れて行ったわ」


***


「おい、トニー」


フィリップは辺りを見回した。

声が響くようになった。

どこか広い部屋に来たのだろう。


「話って何だ?」


柄に触れる手に意識を集中させる。

どこに敵がいるかも分からない状況で彼らから離れるのはあまり良い考えではない。


だが、松明を掲げて先を行くトニーは答えずにズンズンと行ってしまった。

フィリップは溜め息を吐くとその後を追った。


「フィリップさん」


突然、トニーが立ち止まった。


「俺は……あなたに言わなきゃいけないことがあるんです」


「何をだ?」


フィリップは敢えていつも通りの声で返した。


「お前が俺を裏切ろうとしていることか?」


「……っ!」


暗がりの中でも息を呑む気配が伝わってくる。

疑いたくは無かったが……

フィリップは低い声で付け加えた。


「お前が手を組むとしたらここの主以外に居ねえよな? 会いたがっているなら会ってやるさ。元々の計画はその首を取ることだったんだから」


「フィリップさん。あんたは俺が裏切ると知っていたわけですかい? でも、俺をわざわざ同行させたのは、ご親切に騙されたフリをしていたって訳だ」


「ちげぇよ」


フィリップの声が広い部屋に反響する。


「俺は団長としてのケジメをつけたいだけだ。何がお前を裏切りに駆り立てた? いつからだ? いつからゾルダーク・エリオットと通じていた?」


「ふん……答えたからって何になるんですかい?」


「良いから答えろ」


「……」


フィリップはじっと彼の次の行動を待った。

突然、トニーが振り返った。

口元が歪み、目には奇妙な光が宿っている。


「……恐らくあんたがここに来た理由と同じですよ。残念ながらあんたの望みは叶わない。俺が何の為にあんたをここまで連れてきたんだと思うんです? ただ話す為? いいや、違う。あの方に会わせる為? いいや、違う! ここであんたに死んでもらう為ですよ!」


突然、天井や壁からカサカサと音が聞こえてきた。


「この要塞は魔界と地上界の狭間にある。湧き出る魔界の生物に、あなた独りでどれだけ保ちますかね?」


フィリップは急いで剣を引き抜いた。

今まで気配を感じられなかったのは、彼らが直前まで別の時空に潜んでいたからだ。

今や、自分を見つめる無数の瞳が不気味な光を放っている。


「数が多すぎるな……」


「手伝ってあげよっか?」


突然、頭上であどけない少女の声がしたかと思うと、正面の群勢が吹き飛ばされていった。


「お前……!」


フィリップは思わず声を上げた。

金色の髪をなびかせたフォセはゆっくり両腕を下ろした。


「数が多すぎるんでしょ? なら私たちの出番だよね、ライ」


フォセはにっこり笑うと隣に立つライオネルを見上げた。


「な、何故お前らがいる?!」


トニーの驚愕した声が響く。


「悪いが後をつけさせてもらったよ。でも気づかなかったろ? 覚えておくといい。忘れられた天使。これが俺たちの名だ」


答えるライオネルの背後にいつのまにか他の隊員たちが並んで立っていた。


「そんなに驚くことかしら?」


ランジアの声にトニーの表情がみるみる青ざめていった。

ライオネルはゆっくりとトニーに歩み寄った。


「今ならまだ戻れるぞ……ここから」


「化物がぁっ!」


トニーはライオネルを突き飛ばすと、弾かれたように飛び出した。


「トニー!」


「フィリップ君!」


追いかけようとしたフィリップの肩をグロリオが掴んだ。

次の瞬間、巨大な斧が振り下ろされた。

巨大な鎧に身を包んだそれはギラついた瞳でフィリップを睨んだ。


「な、何だ、これ?」


「ゴブリンだ。このデカさ……親玉クラスだな。デカいくせに常軌を逸した速さで襲ってくる。全く厄介なヤツだぜ」


グロリオはそう言うが早いか、跳躍して剣を振りかざした。


『炎蛇!』


剣から炎が上がり、2匹の燃える蛇が現れた。

蛇はゴブリンの身体に巻きついて動きを封じ、燃え上がる剣がその巨体を斬り裂いた。


「わ、わりぃ。助かった……」


「まだだ!」


グロリオは続いて襲いかかってきたゴブリンと交戦しながら声を張った。


「君は行け! 背中は俺らに任せろ!」


「……あぁ、頼む」


フィリップは既に小さくなっているトニーを追い始めた。

その背中に闇狼あんろうが飛びかかった。


「……っ!」


思わず身構えた瞬間、獣が空中で動きを止めた。

よく見ると青い檻の中に狼が閉じ込められている。

獣がもがくように手足を動かした瞬間、それは後方に吹き飛んでいった。


「任せとけ!」


ラナンが手を振った。

ヒュンーー

風を切る音と共に銀色の矢が飛んでいく。

ライオネルは矢をつがえ直すと壁を伝い下りてくる魔物を射落していた。


「ここが魔界と繋がっているということは、どこかに装置があるはずだ」


「今、チニに探してもらっているわ」


背中を合わせるようにして立つアキレアが矢を放った。


「ランジア! そっちに行ったわよ!」


2人の矢の雨を潜り抜けたゴブリンたちがランジアに突進していった。


『我に宿りし氷の力よ。汝の冷たい息吹で彼らを包め……凍結!』


ランジアが腕を振ると一気に気温が下がり、凍らされた魔物はゴトゴトと重い音を立てて地面に崩れた。


「……っ!」


咄嗟に防壁を張った瞬間、目の前に倒れていた魔物の軍団が竜巻に巻き込まれた。


「巻き込まないで」


ランジアは宙に浮いているフォセを睨んだ。


「あ、ランジア。そこにいたんだ……」


フォセは気まずそうに呟くと一目散に逃げていった。


「ふふふ……仕方ないわよ」


防壁を解いたランジアにアイリスが声を掛けてきた。


「フォセのパワーはいつも私たちを元気づけてくれるでしょ?」


「加減を知らな過ぎるのよ」


ランジアは首を振った時、幾つもの小さな影が近づいてきた。


「屍食鬼ししょくき……」


嫌悪の気持ちを露わにするランジアをよそにアイリスは天使のような笑みを浮かべた。


「あら、たくさん来たわ」


その瞬間、彼女の背後から闇狼あんろうが飛びかかってきた。

振り返ったアイリスの淡い青色の瞳が強い光を放った。

彼女に睨まれた狼は途端に手足を投げ出して座り込んだ。


それに興味を持ったのか、屍食鬼ししょくきが1匹近づいてきた。

次の瞬間、鋭い爪に引き裂かれた小さな肉片が群れに投げつけられた。


「グルルルッ……!」


牙を剥いて威嚇する狼に屍食鬼ししょくきはジリジリと引き下がった。

そして1匹が背を向けて逃げ出したのを皮切りに、雲を散らすように逃げ出した。


「あらダメよ。彼に背中を向けたら」


アイリスの顔には微笑が浮かんだままだ。


「戦意の失せた獲物をとことん追うもの」


闇狼あんろうの咆哮に応えて数匹が逃げ惑う屍食鬼ししょくきを襲い始めた。


「……さて、次は何が来るかしら?」


「アイリス、怖……」


その一部始終を見ていたスラウは思わず呟いた。

アイリスには見た対象の行動を操る能力がある。

それを使って彼女は闇狼あんろうを手駒に魔物を狩っていた。


自分たちに任された役目は、この広い空間に隠された魔界との時空を繋いでいる装置を探すことだった。

気配に敏感なチニの案内を頼りに隊員たちが装置を破壊していた。


「グロリオ、次はその左の洞穴の入り口を見てみて」


チニが握りしめた通信機に話しかけている。


『おおっ! あったぞ!』


グロリオの上気した声が聞こえる。


「残りの2つは、さっき言った場所にあるよ」


少し安堵した様子のチニの背中をスラウはじっと見つめた。


「……凄いね」


「ん?」


「いや、みんな凄いなぁって……それぞれ、自分たちの役割を持って戦ってる。きっとこの中の誰かが欠けてもダメなんだよね」


チニは何も答えなかった。

この小さな背中が何を物語っていたのか、スラウにはまだ理解できなかった。


突然、広間が轟音と共に揺れた。

あちこちの天井が崩れ始めたのだ。


「そうか! 装置を破壊したせいで、要塞全体が崩れ始めているんだ」


「フィルにも伝えないと!」


「分かった。ここは任せて!」


スラウはその言葉を聞くや否や、飛び出した。

それを狙って異形の魔物が襲いかかってくる。


「1匹1匹構っている暇は無いんだよね……」


近づくゴブリンを威圧して視線を走らせる。


「そういう事でっ!」


スラウは勢いよく飛び上がり、群れの頭上を越えた。

それでも、ゴブリンたちは雄叫びをあげて辛抱強く追いかけてきた。

とうとうスラウは隅に追い詰められた。


「まあまあかな」


瓦礫の上に立つスラウをゴブリンの矢が狙う。

巧みに払いのけると剣を構え直し、足元に広がる群れに突っ込んだ。


「……一丁上がり」


膝をついていたスラウがゆっくりと剣を収めるとゴブリンはドサドサと身体を仰け反って倒れた。


「ランジア!?」


ぼうっとそれを見ていたランジアをアイリスが引き寄せた。

彼女に凍らされていたはずの闇狼あんろうの身体が微かに震えている。


「大丈夫?」


アイリスは心配して顔を覗き込んだが、思わず目を見張った。


「どうしたの? すごい熱……! グロリオ!」


「どうした?!」


「分からないわ! 熱があるようなの!」


「こりゃ、まずいな。ハイド、残る2つの破壊、任せて良いか?……ハイド?」


返事のないハイドにグロリオが振り返ると背中合わせで立っていたはずの彼は膝に手をついて荒い息をしていた。


「どうしたんだ、お前?!」


「体力が消耗しているんだ」


ライオネルが近づいてきた。


「もっと早く気がつくべきだった。ここの気温は異常に高い。特性が氷と霧の2人にとっては最悪の環境だ」


「つまり、普段の攻撃の威力を保つ為に、いつも以上に力を使ってしまったのね」


アイリスが呟いた。


「そうか……わりぃな。こんなことにも気がつけなくて……」


グロリオは低く呟くと拳を固めた。


「ランジア、ハイド。2人は先に戻って休んでろ」


異を唱えようと2人が口を開きかけたが、グロリオが遮った。


「良いから休め。分かるだろ……これ以上、戦力を失いたくない」


「これを」


ライオネルが小瓶を差し出した。


「体力の回復を早める。但し、飲んだら数分は絶対安静にしなきゃダメだ」


「ちっ……!」


ハイドは舌打ちすると、近くをうろつく屍食鬼ししょくきを腹立たし気に斬り捨てて去っていった。


「アイリス、悪いがランジアを連れて行ってくれ」


「任せて」


2人が去った後、グロリオは目の前に群がる魔物を睨んだ。


「さて、どうすっかな……」


***


「フィル!」


スラウはフィリップを見つけて安堵の息を漏らした。


「大丈夫だったんだね!」


「あぁ。だけど、通路が……」


2人は崩れた通路に目を向けた。

余りにも多くの瓦礫が転がっていて通り抜けられそうにない。


「スラウ!」


ラナンの叫び声が聞こえた瞬間、顔の横を何が掠めた。

頬に熱が伝わり、血が一筋流れる。

反射的に剣を抜き、次の攻撃を受け止めた。

目の前には新たな魔物の群勢が立っていた。

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