六. 2人のリーダー①
ごつごつとした岩山から切り出されたようにそびえる要塞を頑丈な塀が囲っていた。
中からこぼれる光が辺りを徘徊する幾つもの影をくっきりと浮かび上がらせている。
顔の横に生えている大きな鋭い耳が細かく動き、飛び出した黄色い目玉が暗がりに光っている。
手足を動かす度に鋭く尖った爪が冷たい岩肌を引っ掻いて音を立てた。
不意に高く風を切る音がしたかと思うと、1匹がゆっくりと傾いで倒れた。
緑色の粘液が床に広がっていく。
胸元には銀色に鈍く光る矢が刺さっていた。
異変に気づいたゴブリンが倒れた同族に近づいた瞬間、その頭が床に転がった。
フィリップは塀の上によじ登ると、粘液のついた剣を壁に擦りつけた。
ヒュン――
矢が掠めていった。
見上げると、壁に開いた穴の間から矢が飛んできていた。
「ちっ……! 気づかれたか……!」
フィリップは雨のように降る矢を躱してひたすらに走った。
そのうちに攻撃が止んだ。
振り返ると矢倉からグロリオとハイドが飛び降りてくるところだった。
顔を突き合わせて何やらもめている。
「だぁから! 俺が16匹で、お前は15匹だろ?!」
ハイドはグロリオを黙って見下ろすと、大きく溜め息を吐いた。
「だって! あれはお前が斬るより前に俺が……」
言いかけたグロリオはフィリップが近づいてきたのに気づいて口を噤んだ。
「ありがとな、引きつけてくれて……見張りは全滅だ」
表情をコロリと変えて爽やかに微笑むグロリオにフィリップは思わず顔を引きつらせた。
自分が見張りの気を引いている間に他の隊員たちが侵入する。
こっちの気も知らずに悠長に喧嘩とはいい御身分だな。
思わず出かけた言葉を呑み込む。
「行くぞ」
フィリップは2人に声を掛けると中へ向かった。
3人が走り去った後、離れた所からその様子をずっと見ていた小さな影が壁を伝って降りてきた。
そして、動かなくなったゴブリンに近づくと鋭い爪で肉片を切り裂いた。
「ううぅっ……」
「何よ、チニ」
フォセが隣でうずくまるチニを小声で突いた。
「フォセも見たでしょ? 今の……」
「見たけど、それが何? ただ、屍食鬼ししょくきがゴブリンの心臓を引きちぎって食べてただけじゃん」
「ううぅ……」
更に小さくなるチニに、フォセはニヤリと笑うと彼の耳元で囁いた。
「今からそんな気弱で大丈夫? これから行く所、ああいうのがいっぱいいるんだよ? 他にも見たことないような魔物がたくさんいたりして……」
「うぅ……もう止めてよ……」
チニの顔から血の気が失せていく。
膝を掴んで震える彼の頭をライオネルが優しく撫でた。
「フォセ。怖がらせすぎだぞ」
フォセは悪戯っぽく片目を瞑ると舌を出した。
「こら! まぁたチニをいじめたなっ!」
フォセの頭をグロリオがくしゃくしゃに掻いた。
水色のバンダナが大きくずれてフォセの目を覆った。
グロリオはバンダナを戻そうと躍起になっている彼女に構わず、チニの前に膝をついて真顔になった。
「良いか、チニ。心して聞け」
「……うん」
「もしアイツらが襲ってきたら」
グロリオが言葉を切った。
チニの灰色の瞳が大きく震える。
「自分があいつらを食うつもりで戦え」
「……」
「良いな?」
「グロリオ……僕、どんなにお腹が空いていても屍食鬼ししょくきは食べたくないよ……」
「大丈夫。意外に美味いかもしれないぞ」
「何が、美味いかもしれない、よ!」
バンダナを巻き直したフォセがグロリオの横っ腹に拳を入れた。
「なら、グロリオが食べなさいよねっ!」
「え、いや、それはちょっと……」
「えー?! 自分で言っておいて食べないのぉ?! ひっどーい!」
「チニとフォセはタンパク質とかカルシウムとか、たくさん摂らなきゃいけないだろ?」
「ちょっと! 子ども扱いしないでよ!」
「うわっ! 止めろ、フォセ! 髪がっ!」
「いつもの仕返し!」
「いぃっ! いててて……俺、いつもこんなに強くやってねぇよ?!」
フォセに揉みくちゃにされるグロリオを見てチニはクスクスと笑い声を上げた。
「ほら、みんな真面目にやって」
アキレアが手を叩いた。
「それじゃぁ、最後にもう1度確認するわよ」
彼女は胸元から手帳を取り出して読み上げた。
「フィリップ君、ハイド、グロリオの3人が先頭ね。ライ、フォセ、私がその援護。アイリスとランジア、ラナン、トニーさんは攻撃の補佐を。チニとスラウは防御を専門にお願い」
「はい!」
返事をしたスラウは少し残念そうに自分の剣を見つめた。
剣もある程度使えるし、本当は斬り込みや攻撃補佐を任せて欲しかったが、何分この隊での任務経験は無いため後ろで見ている他無いのだ。
スラウの心情を察したのか、チニが声を掛けてきた。
「スラウ、防御といっても防壁を張るだけが仕事じゃ無いんだ。皆の背中は全部守らなきゃならない。矛と盾、両方の役割を果たすのが僕らの仕事だよ」
「うぅ……分かってるよ……」
スラウは唇を尖らせると皆に続いた。
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