ニ. 再会
「何、ここ?!」
アキレアが思わず後退りした。
枯れ草を掻き分けた先にあったのは、清流の流れる谷間などではなかった。
草木も枯れ、風も感じられない荒野だった。
ところどころで黒い煙が地面の穴から細く流れ、空には暗く重い灰色の雲が立ち込めている。
「何が起こった?」
ライオネルがグロリオに尋ねた。
グロリオは通信機を耳から外し、鈍い銀色に光るそれを睨みつけた。
「……分からない。連絡塔も困惑していた。出発時までは正常だった時空が問題を起こしたらしい……俺たちはどうやら契約主の居る時代、場所とは全く違うところへ飛ばされたようだ」
「それにしても僕、ここ嫌だな……何もない……まるで死に支配された場所だ……」
チニが小さな声で呟いた。
「帰れないの? 契約もあるんだし」
尋ねるフォセにグロリオは険しい表情を浮かべた。
「いいや。しばらくは無理だそうだ。俺たちの飛ばされたここは連絡塔にとっても完全に予想外のところ……時空を繋いでもらって俺らが天上界へ帰るには数日かかる」
「それじゃ、契約の方はどうなるの?」
「それは心配ない、アイリス。契約の方は急遽、別の隊に任せることにしたそうだ」
「とりあえず、しばらくはこの薄気味悪い所で過ごさなきゃいけないのね」
ランジアは長い黒髪を掻き上げた。
「そう言うことになるな……」
グロリオはそう言いかけて口を噤んだ。
「どうした、スラウ?」
スラウは黙って崖に立ち、荒野を凝視していた。
ラナンも彼女の肩によじ登ったまま眉間に皺を寄せている。
「ここ……私たちの故郷だよ……」
「動くな!」
次の瞬間、後ろの茂みから男たちが飛び出してきた。
使い古されたボロボロの布で顔を覆っている。
「ハイド!」
グロリオが鋭い声を上げた。
「ちっ……!」
ハイドは柄に伸ばしかけた手を離した。
麻袋を被った男がくぐもった声で言った。
「武器を捨てて手を挙げろ!」
言われるままにグロリオが剣を地面に放り、隊員たちも続いた。
「スラウ、剣を捨てて」
アキレアが近づいてきて小声で囁いた。
スラウが放った剣が隊員たちの武器に当たって荒々しい音を立てた。
無抵抗のスラウたちはあっという間に拘束され、目元を覆われたまましばらく歩かされた。
「所持品を調べろ」
目隠しの向こうで声がする。
火の爆ぜる音も……
スラウは油断なく神経を尖らせた。
「待て!」
茂みを掻き分ける音と共に鋭い声がしたかと思うと、視界が明るくなった。
目隠しの布が剥ぎ取られたのだ。
スラウは突然入ってきた光に思わず目を細めた。
目の前に1人の青年が膝をついていた。
くせのある栗色の髪の青年は唖然としているスラウの肩を掴んだ。
「やっぱり! 何故……何故戻ってきたんだ、スー?!」
***
「ってぇ……」
グロリオが思わず身を捩った。
「大人しくしていろ、グロリオ。確かにしみるが治りは早い」
ライオネルはグロリオの赤くなった手首に薬を塗りこむと足元に落ちている縄に目をやった。
天上人は不用意に人間を傷つけてはいけない。
だから茂みの後ろに隠れていた人間たちに気づいていても、先に攻撃することはできなかったのだ。
その気になれば、縄も自分たちを囲っている人間も何の役にも立たないだろう。
能力を使えば縄を外すことも、人間たちの監視の目を潜ることもいとも簡単にできる。
だが、それをしないのは……
ライオネルは離れたところに立つスラウに目を向けた。
彼女と……その目の前にいる青年。
何か繋がりがあるのだろうか?
あの青年はどうやら彼女のことを知っているらしかった。
隊員たちの綱を解くよう指示したのも彼だった。
スラウが彼と話している間、隊員たちは寡黙な男たちに囲まれて座って待つ他なかった。
ふと2人がこちらにやってきた。
「皆、改めて紹介するね。こちらがフィリップ。私の友だちだよ。フィル、こちらが新しい場所で出会った……」
そう言うとスラウは一瞬視線を彷徨わせた。
言葉を探しているようにも見える。
「家族だ」
グロリオが立ち上がりフィリップに手を差し出した。
「俺たちは一緒に行動する仲間であり、同じ家に住む家族だ。えっと……フィリップ君だっけ? どうぞよろしくな」
グロリオは白い歯を輝かせて笑ったが、彼は無表情のまま褐色の手を凝視していた。
「そっちの名前は?」
「グロリオだ」
「ふーん……」
フィリップはグロリオの後ろに座っている隊員たちを見やった。
「皆、少し外してくれ。こいつらと話をしたい」
男たちは黙って立ち去っていった。
それを見届けたフィリップは油断のない目を隊員たちに向けた。
「単刀直入に聞く。ここに何しに来た? 答えによっては……」
フィリップは腰の剣の柄に触れた。
「ただでは帰さない」
「フィル?!」
スラウが慌てて割って入ったが、グロリオは静かに手を挙げてそれを制した。
「俺たち、本当は別の場所に行く予定だったんだ。あれ? そういや、何でここに居るんだ?」
「それを聞かれているんでしょ!」
フォセが小声で突っ込んだ。
「ならば質問を変えよう……」
フィリップは引き抜いた剣をまっすぐグロリオに向けた。
「お前はゾルダーク・エリオットの味方か?」
「……っ!」
その名を聞いた途端、グロリオの顔が豹変した。
「何で?! 何で、人間の君がその名を知っているんだ?!」
「そいつは……この地を焼き尽くし、荒野となったここを支配する張本人だ」
「そんな!?」
フィリップの言葉にアイリスが息を呑んだ。
「最近、なりを潜めていたと思ったらこんな所に居たのか……」
ライオネルが険しい顔をした。
「それでね」
スラウが口を開いた。
「フィルと話したんだけど……かつて、ここで何があったか、皆に知ってもらいたいの。だから話すよ、私たちの過去を」
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