雨と日照りの対岸

日々人

雨と日照りの対岸

二日ぶりに、当番の朝がやってきた。

相変わらず雨は止まず、風も時折ときおり激しくすさぶ。

身に着けていた雨着あまぎは、家を出てすぐに水浸しになった。

この村の先にある崖をはさんだ、対岸たいがんの隣村が見渡せる高台たかだいへ、今日も向かう。

きしむ階段を一段一段、踏みしめながら上まであがると、前任者は既に姿を消していた。

殺風景さっぷうけい狭苦せまくるしい板のが、ふせぎ切れない横からの雨風にさらされれていた。

真ん中にある、暖炉だんろそばに身を寄せるしかなかった。

はぁはぁ、と白い息を吐きながら、弱弱しい陽炎火かげろうびまきべる。

雨が降り続けて、十二日目の朝を迎えたのだった。




かじかんだ両手を擦り合わせる。

しかし、幾度いくど重ねようと、胸打つ不穏ふおん鼓動こどうをなだめることはできない。

降り続く連日の雨、雨雲におおわれ重くせばまった空。

かすんだあの山脈の先を見据みすえるが、以前として灰色掛はいいろがかっている。

残された期限はもう、一日しかない。

どうか雨よ、どうか降り止んではくれまいか。

 

崖の上にかかっていた橋は、五日前までは強い雨にうたれながらも微動びどうだにせず、確かにこの二つの村をつないでいたのだが、今はもう、その橋は土台だけを残して姿をけしてしまった。突然ぎしぎしと音を立てながら、横に揺れはじめ、欄干らんかんが壊れたかと思えば、橋ごとくずれて谷底に落ちていったそうだ。

しばらくはもう、向こう側の村には行けそうにない。


向こうの村にも、似たような高台がある。

幼馴染おさななじみの監視役かんしやくが、そこに上ってきたのが遠目とおめに見てとれた。

彼女はどんな思いだろうか。

橋が、村と村を引き裂いてからは会話を交わせていない。

手紙を弓先ゆみさきにでもむすんではなってみようかと思ったが、文武ぶんぶがからきし駄目なわたしだ。

向こう岸まで飛ばせる技量ぎりょうも、彼女へかけてやる言葉も持ち合わせてはいない。



この二つの村は昔、対立していた。

その何十年も前の、先人たちの構想こうそういまだに村民の心をむしばんでいる。

長きに渡って停戦していたが、もうその終わりがせまっている。


 「日照りが十三日間続けば戦を取りやめ、雨が十三日間降り続いたならば戦を再開する」

 


くだらない。

向こう岸にある高台から、彼女が顔を覗かせる。

その手に持っていた火縄銃ひなわじゅうが、自然とこちらを向いていた。

くだらない。

彼女に向かって両腕を大きく広げてみせる。

ここだ。

彼女が体をわずかに後ろに引いたあと、銃口じゅうこうを上にかたむけた。

ねらい撃った素振そぶりのつもりだろう。

わたしは大袈裟おおげさに床に倒れてみせた。

笑顔でも浮かべてくれただろうか。

私が倒れた衝撃しょうげきなんぞで、と思うが天井からぽたぽたと新たに雨漏あまもりがはじまった。

くだらない。

ああ。

天のかみさまよ。

おねがいがある。

わたしはこのようなことを、この先の世も続けていきたいのだ。



風が弱まった。

まだ雨は止まない。





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雨と日照りの対岸 日々人 @fudepen

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