第10話 喘鳴

「………え、いまの音はなに?」

「…窓も開けていないし、上から音するはずが無いんだけど…」


「ねぇ、聴いていい?

ずっと話が滞りしていたけど、この家に変な事を感じたことない?湊くんのキッチンを借りていたときも話を出したけどね、湊くん、何か隠してない?」

湊は目を真ん丸にして、切り味が悪くなった包丁の手を止める。その間にも切れ味が悪くて形の悪いカレー用の人参は白いまな板を赤色に染めていく。誰かの心を表しているかのように。


「私…思うことがあるの。湊くんは誰かに守られて、誰かに嫌われている。


うんん、それは人間として当たり前の事の話だと思う。でも、私が言いたいのは違う。咲と話したことがあるんだけど、人はどこか自分の未来を知っている。


思いきって話を変えるけど、湊くんは本当の母親というものを知らないでしょ。父親も。恋人も、友達の存在も。だけど未来は見えているんじゃないかな。


咲が死ぬこと、実は知っていたんじゃないの………?」


キッチンの裏側にあるお風呂場から、桶が床に落ちた。二人とも怯えたが、真剣な眼で異常が起きた方ではなくお互いを見つめた。起きるべきして起きている出来事たちなのだから。


―――――

アルミ鍋くにっつくのは承知で、強い火力で牛肉を炒め付ける。


「わたし、桜久良。咲が亡くなったあの日から、私は未来を掴んだ。そして知った、私はこの物語でこのあと死ぬ運命にあう。さらに言えば、私は稲垣湊というファンだった人に出逢い恋をして親友を裏切る行為をする。

私が出逢ったとなる稲垣湊という男性は、過去に味わえなかった知識や経験を私たちを通して学んだ後に、やっと本当の自分にあう。」


焼き付けられた牛肉は生臭い香りを漂わせながらも、人間が生きるために必要とする嗅覚が美味しさを感知して残酷にも甘い密が口のなかで溢れだす。

人の動きでゆらゆらと仰ぐ青い火は、哀しさの色にも似ている。


人参をいちょう切りから乱切りに切り替えて必死に整理を試みる湊の目には、玉ねぎに負けないぐらい滲んでいる。声を震わせながら……

「だから、なんだ」


「私を殺して」



彼は喘息を起こすように青白くなり、砂のように崩れた。


―――――

桜久良と咲で。


「彼の話は以上。あたし、湊の部屋を片付けてあげたい!」

「どういうこと。」

「知ってる?人形に心が宿るってこと。」

「テレビでは…耳にする話だけど……それがどうしたの?」

「イヤなんだよね、、。あっ、何が?と思うでしょ。あのね、」

「うん、人形が?」

「たぶん、湊の本当のお母さんの持ち物だったと私は思うの。実は二階で片付けをしていたときに、ひな人形らしきものを見つけたの。段ボールで適当にグルグルまかさっている間から、おめかしした人形と目を合わしたんだ。ひな人形って、一種のものだから他の人形と見間違えるところがないよね。あの大きさでもあるし。ただ、首が折れてるように感じたのさ」

「いやいや、でもさ」

「待って、話を聴いて!『助けて』て、彼女が訴えてきたの。勝手な憶測だよ、私はさっき彼の生い立ちを話したように、彼の親は再婚なのよ。再婚相手の母親は、前妻が嫌でそんなことしたんじゃないかって思っている。」

「そんなこぎつけな、、」

「私の愛が歪ませているのかもしれない!でもね、再婚相手が不慮な事故で亡くなったのも、父親が居なくなったのも関係があるようにしか思えないのよ。ひな人形はそもそも、嫁入り道具でもあり幸せの象徴でもある。今やその伝統も薄れつつあるけれど、だからとはいえ粗末にしていいわけではない。ましてや、人形を傷をつけるという行為は………」


―――――


「……さ。桜久、桜久良……」

息を荒くして倒れこんだ湊は、ソファに運ばれ何とかの形で横になって安静にしてくれていた。申し訳なさそうな顔をしながらも、天使が微笑むような顔で覗きこむ桜久良は輝いていた。


「これ、私の味になっちゃうんだけど……カレーね。」


居間の机を横目で見ると、美味しそうなカレーが出来上がっていた。



「ご飯食べてからで良いんだけど、2階に案内してくれないかな」




湊が惚れそうになりかけている女性が、そう言葉を紡ぐ――――

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悲鳴 奥野鷹弘 @takahiro_no_oku

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