第6話 鳴動

「あのな、咲・・。お前が眼鏡外したら見えなくなるぐらいのは知っているさ。

けどな、お風呂の髪ぐらい片付けてくれよ。

今朝の件は悪かったよ、俺も言い過ぎた。まさかその件で髪の毛を自分で風呂場で切るとは思わなかった。追い詰めてしまった。なにも言う資格なんてないよな、。」


咲は真顔で、湊の瞳の奥を見つめる。

まさか今朝の一件で咲がお風呂場にて髪の毛切るとは思わずにいた湊は、両手で髪の毛をグシャグシャとさせながら謝り続けて言葉にした。


「髪の毛はさ、俺が片付けておいた。

お願いだ、そんな自傷行為のようなことをしないでくれ。美容室に行ってお手入れして欲しい・・。俺はそんなつもりじゃなかったんだ。」


咲はゆっくり近づいき、揺れ動く湊の瞳孔の先を見つめ言葉を走らせる。

「ねぇ…なに、云ってるの?

咲はね、今日美容室に行って髪の毛を切ったの。また私が重たい方になるの?

何回もいうけど動画配信なんて辞めて。ネットは不特定なことが多いの。見えないの。

湊のまわりは複雑なことが多すぎる。わたしを愛してくれるって強く誓ってくれから傍にいるの。だったらなんでわたしを選んだの?ねぇ、なんで私を尾行している人がいるの?

わたしは湊の傷を止血するための道具じゃない。

生き物じゃない!

第一水回りの件だとか、湊の方がしっかりしてないことが多いでしょ!!」


「お前こそ何を言ってるんだ…っ?!

…辞めてくれ、そんな大きな声を出さないでくれ。じゃあ・・、あ」


『じゃあ、』という言葉に弁解の気持ちなどなかった湊自身であったが、それが仇となり咲をさらに追い詰める。


「『じゃあ』ってなに?なにが言いたいの?

わたしが知らない間に女と一緒にいること?そうよね、仕事から帰って来たらベットに落ちてるよね、わたしより長い髪の毛が。

それを受け止めてるわたしが一番ザワザワしてるわ。ね!」


桜咲良が帰ってからというもの2人しかこの部屋にいないのに、脱衣所の方から物が落ちた。


拍車が掛かっていた咲はもちろん驚いて口を一瞬閉じたが、見開いた充血した眼だけは収まらず湊を突き放して家を飛び出した。咲を追いかけようとした湊だったが過呼吸状態となり、靴をうまく履けなかったことに体勢が崩れしゃがみ込んでしまう。


思い出したくない過去が誰にもある。

そんな思い出が湊に襲い掛かろうと刃が向いてくる。

ふたりを裂いた物音の原因と闘いながら、頭を抱えながら誰もいないはずであろう脱衣所に向かった。湊は目を真ん丸とさせて茫然と立ち尽くした。そこに広がる光景は浴室の中で水を勢いよく出しながら寝転がるシャワーヘッド。湊自身の不手際だったとしても、あまりにもこの出来事は苦痛で声が思わず叫びとなった。


 ̄ ̄ ̄ ̄

199X年 夏

小学校にて


「”かなで”ってなんだよ??

そんなの読み方はどこにもねー、お前まちがってんじゃねぇの?

そういうの、”キラキラネーム”って云うんだよ。うちの母ちゃん云ってたし。

ていうか、”キラキラ”?気持ちわりぃ~」


今は居もしない小学生の頃の同級生のヤジが、囁いた。


___

咲の部屋。


お笑い番組のとある部分だけ躊躇なく繰り返し再生される。

お試し同棲生活から戻ってきた家は、なんとも暗くまた別の誰かの家だったような感覚で心も体もボロボロになった。消し忘れていたお笑い番組をたまたま見つけて良かったものの、意識はテレビを通り越して別次元の世界へとのめり込んでいた。

なんのネタかもわからないお笑いをひたすらに再生を繰り返す。ただ、観客はその永遠ともとれる内容に笑い転げていく。昔あった笑い袋というおもちゃの世界に入り込んだよう・・。


咲の身体がぴくぴくと自分の意思を取り戻すように携帯をとりだし、桜咲良の連絡先を引っ張り出す。携帯画面に触れるたび、小さく流れている携帯独自の電流が身体を走り口元が緩んでいく。喧嘩した彼への連絡が終わったころには口元の口角が上がり、笑っていた。届いたふたりの最期のメールには、こんな内容が絵文字と共に綴られた。

「良ければ、●月●日にいっしょに彼と3人で遊園地※でも行かない~□?今日のこととか、今までとか、きっぱり忘れて、遊園地行こー♪!もう遅いから返事は明日以降でいいよっ☆」



”バタンッ!”


この夜、大きな物音がまた部屋の中で轟いた。


___

20XX年

5月●日、正午過ぎ。


『遅れてごめんなさい、』と手を振りながら待ち合わせ場所である湊の家に着く桜咲良。外で待機をしているように連絡が入っていたのを忠実に守っていた湊は暖かく向かい入れる。彼のイメージはファンの子たちが知っているような気が大きいような性格ではなく、どちらかというと控えめで風の影響を受けながらも芯がしっかりしている木の葉のような鮮やか個性を漂わせていた。不慮な地下鉄の事故以来会うことがなかったものの、どこか懐かしく感じるような親しみやすさで桜咲良との距離が近くなった。湊はそんな桜咲良に咲とは違った人生における大切な関係だと想い、傷つけてきた自分に謝るかのように笑い洗い流した。

そんなふたりが・・でははなく、今日は咲も含めた約束ことなのに姿を現す気配が感じられなく顔を見合わせては雑談をし外で待っていた。それでも来ない咲にあの日から既読は付くものの返事の欠片もないことに対してさすがに心配になり、桜咲良は連絡することにした。電話が繋がる・・と思ったら突然切られ音信不通となった。「じゃあ俺が掛けるから。」と雫のイメージデザインされたストラップが付いた携帯を取り出し、湊が咲へと今度は電話した。電波が届かない、または電源が入っていないと跳ね返された。よく考えればあれから咲とは仲直りをしていなく、湊は取り乱さないようにしつつも咲の家に行くと声を上げた。桜咲良とはいうと咲の事が心配になったものの、湊のその長年使い古されている雫のストラップと彼そのものが動く度に漂う焦げた臭いが気にかかった。だけどそんな質問をしている場合ではない。そう掻き立てられる彼女自身もまた、咲のもとへと彼が運転する車に乗り込み、胸騒ぎへとする家へと向かった・・

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