第5話 鳴禽
桜久良と咲のふたりは、それぞれ抱いていた心配が溶けて帰りの地下鉄で電車を待ちながら笑いあっていた。
一方、湊というと新人歓迎会であったはずの予定が若手の飲みの席の断りに早々に切り上げて帰宅をした。
きっちりとした咲との約束ではなかったが、踏みにいじって自宅配信をしていた。湊に映る顔は、やはりどこに見せている素顔より輝かしい。そんな配信に伴って言葉が寄せられる。
たとえば…、『湊の動く音以外の物音がする』だとか『やっぱり彼女と同姓しているの?』など―――
・・・
『やっぱり声が聴こえるって!』
『また、アンチか。どっかに消えろ!』
『え、アタシ聴こえてたけど、、』
『ナニナニ?』
・・・
青うさぎの携帯カバーをしている女性が配信に気を引かれながら、桜久良と咲が居る同じ地下鉄ホームに足が向く。女性は気に止めずに、配信の奥底から聴こえる何かしらの声に引かれ歩みを速めていく。そうしてその女性も気にかけていたことを証明をするようにコメントを打ち込んだ………
「わたしも、きこえ・・
 ̄ ̄ ̄
ドンッ!!!
桜久良と咲がいる地下鉄のホームに、普段は聴きなれない物音と悲鳴が響き渡った。
今までのオレンジ色の空気が冷たい色へと染め上げる。
『みんな、落ち着いて。
誰も家には居ないよ。
俺の事が嫌いな人も、今日はここに来てくれてありがとう。でも、“ここ”はみんなが楽しめる場所にしたいんだ…良いかな?』
青色のうさぎが宙に舞った。
その携帯は重たさの影響で直ぐに床に落ち、その場に居合わせた人達の波にのまれ咲の靴へと運ばれた。
「………どうして?」
咲はそう呟いて、桜久良の横で気を失った。桜久良もまた理想の彼氏を話していたところで何がなんなのか解らず、咲の姿をみて自暴から我に返り必死に咲を揺すった。
調度その場に居合わせたそれもまたファンの子が青いうさぎの携帯をみて、事故にあった女性と照らし合わせて湊の配信に対して呟いた。
『ねえ、多分だけど……
湊のファンらしき人が、
今、死んだんだけど………』
湊は自粛するように配信を取り止め、咲の帰りを大人しく待つことを選んだ。だが、こんなときだからこそ寂しさが抑えられなくなり一目散に電話するのだった……
もちろん電話に出たのは桜久良である。
 ̄ ̄ ̄
「今日は、咲が……、あの、ありがとうございました…。」
「いえ、私の方が助かりました。咲が気絶してしまって私も動揺してましたから…。しかも湊さんのお家にお邪魔させて貰って…、あの、私……」
湊は桜久良に深々と頭を下げて、気を休めるようにと麦茶を差し出した。少々本音で嬉しそうにお礼を言うと、桜久良は家に思ってしまった質問をぶつけてしまった。
過呼吸的なしぐさをしながらも大きく吸い込み呑んだあと、湊はゆっくりと頭をコクンとさせた。
桜久良もこの空気に身を任せるように自分がファンだったことを素直に打ち明け、自分が視聴していなかった時に起きた出来事や噂される物音について触れた。最初は驚いた彼だったが、『桜久良さんの気持ちも嬉しいよ。』と雀の涙のような小さい嬉しさをこぼし、咲が居るからと話を切り上げられた。そう言われてみると桜久良自身は咲の気持ちを通り越して湊との距離が近くなっていたのを気付かされ、お邪魔し過ぎてしまったと頭を深々と下げた。頭を下げたのはいいものの段々と咲の事が憎きものの扱いになってしまい、耐えきれず桜久良は荷物を寄せ集め家の外へと向かう。途中で咲と出くわすが何も云えず、咲の『今日はありがと。また、連絡するね。』の一言だけ受け取り玄関を飛び出した。
家に残されたふたりはそれぞれの道を描きながらも同じような未来をこの時考えたのであった。
 ̄ ̄ ̄
湊のファンが書き込んだと思われる記事の言葉が、桜久良の頭の中で音声化されて呟かれる。
初めて生で聴いた彼の声に体が震えて、それもまたファンのひとりひとりに応えるように頭の中で生成されて返事をしている。
その中には恋人である咲が大きな声で割り込んでいき、それに対するように桜久良は自分の声をわざわざ発声させながら会話をさせていく。桜久良の周りにいた見知らぬ人たちはその小言を間近に見て、不気味そうなあつかいで冷やかな目線を下す。
桜久良が湊に対して元視聴者だったと打ち明けたときの驚いたような残念そうな顔。
彼の周りに起こる不幸な出来事。それを含めたファンで話題にあがる不思議な音と声。違うサイトでは、人影が写り混んでいたということでもあって有名どころ。
しかし彼は知っていたかのような初めてのような、改めて触れたくないような顔で『桜久良さんの気持ちも嬉しいよ』という発言。失礼だったのは承知ではある……が、どうしても気に掛かってしかたがなかったのだ。彼に起こる出来事が他人事ではないと肌で感じたから。背後から、焦げた臭いがした。見送られた彼の後ろの咲の背後の通路になにかと目線があったから……
彼は孤独を感じている。どこかしら咲に対する態度の表れで、孤独を紛らせている。自己防衛で起きた問題などに対して強がっている。
とりあえず、咲が幸せになれることを桜久良は友達として望んだ。
 ̄ ̄ ̄
お風呂場からあがると携帯が鳴った。友達からの受信は『ヤッホー、連絡だよ』とボイスがなる。初めて聴くひとはビックリするのだが、桜久良にとっては安心な声かけで大事にしたいとより思うキッカケになる。
「良ければ、●月●日にいっしょに彼と3人で遊園地※でも行かない~□?今日のこととか、今までとか、きっぱり忘れて、遊園地行こー♪!もう遅いから返事は明日以降でいいよっ☆」
咲にしては珍しいぐらい絵文字たっぷりの文で、お誘いの連絡が届いた。
桜久良は既読と「OK」というスタンプを押して携帯を閉じた。
今宵の月は太陽の光を浴びて真ん丸としている。雲がながれ、街と星がせめぎあい光放っている。
 ̄ ̄ ̄
濡れた髪は桜久良のくしゃみとなって表れる。それが誰かが噂が原因だとしても・・
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