第3話 鶏鳴

窓をさするように春風が低い音をたてて通りすぎていく。

長年住み続けている家だからだろうか、すきま風が抜けて部屋が暖まらない。そして、時々テレビをつけてるような賑やかな日がある。でもそれはきっと、外の声漏れのせいだろう。


日をまたいでの1時過ぎ、咲を呼び出したが来る気配がなく、湊はライブ配信を始めていた。


 ̄ ̄ ̄

湊が盛り上がり始めた、2時頃…咲は合鍵を手にして湊を見詰めていた。

携帯に夢中になっていたとはいえ、突然の姿に驚いた湊は携帯の電源を切るようにして画面を下にして机に置いた。

さすがにあまりの驚きさに心臓が追いつけず鼓動がバクバクする。

咲はというと、春風に当たってきたせいなのか頬を真っ赤に染め上げて立ち尽くしている。そして真っ直ぐ湊を見つめながら、何かを訴えかけた。


咲の訴えかけるのも良いのだが、咲もまた何か感じた事があったらしく、言葉の息を切らして、カスカスな声で伝えてる。

「・・めて、もう、ヤメて!…湊のタメにモ、もう配信をしないで!!」


よく通じない湊は首を傾げるように咲へと近付いていく。

咲は引き下がるように、しかし怖じけつかないように、ジャンバーにいれてあった携帯を湊へと見せつけた。

まるで不倫証拠を見せ付けるように…。


咲が見せ付けた写真というのは、湊へ大きな傷を負わさせた。

まるで振り返ってはいけない過去を、また思い出させるように脳内を蝕ませた。

その怖さから逃げるように湊は発狂をし、さらに咲の携帯を床へと叩きつけた。


咲は「もう、配信はしないで…」と呟きながら、携帯を静かに拾い上げた。


 ̄ ̄ ̄

写真は、腕を何十とも傷をつけた上で血を流して首を括って死んでいる女性の姿であった。

写真のすみには、湊がにこやかに笑顔で配信する携帯が綺麗に写し出されている。


湊は過呼吸になりながら、頭部を強く鷲掴みにして、ただひたすら咲の言葉に頭を上下に動かし続けた。


 ̄ ̄ ̄

自殺した彼女というのは、湊の熱狂的ファンである。


湊がライブ配信を初めた頃、彼女は湊にとっての始めての視聴者であった。

彼女は自身で抱えたうつ病を、他の人の交流を通して克服しようと出来立てのコミュニティアプリを手に入れた。

湊もまた同じで視聴者から自分のトラウマを埋めようと、同じアプリを手にして配信を始めた。


コミュニティの内容が大幅にアップしたことにより、彼女は彼にお布施をすることにした。彼はそんな機能など嬉しくは無かったが彼女から貰ううちに、他のファンから純粋に応援をされているうちに受け止めることが出来始め笑顔が増えていった。

彼がトレンドとして冗談で入れていた『イケメン』が上位に上がり始め、アプリ上に人気一番となった。そんな彼をファンたちは『顔がカッコいい=イケメン』ではなく『弱さも一生懸命もある、活かした人、男=イケメン』ということで、頂点へと導いた。


そんな熱に負けずと頑張っていた彼女はさらにお布施を多くしていき、ファンの間で『マザー』と呼ばれる存在になったのだ。


そんなマザーと呼ばれる彼女であったが、彼のある配信が切っ掛けで彼女は落ち込み、自分で配信をするのである。


その配信は気が滅入るものであった。

彼女はある言葉によって傷つけられ、そんな悲しみや辛さから自ら涙を流すことも出来ずにカッターで腕を傷つけはじめた。


パソコンで配信されている動画は、悲痛な言葉で埋めつくし、また野次馬の言葉で炎上をしはじめた。

彼女の痛みは誰にもわかるはずもなく、それは彼女が断固として彼の名前や事情などを出さなかったからだ。

しかし彼女の配信題名には『彼に嫌われたから』と書いており、110番通報して助けようとする人もいた。


そんな優しさも虚しく、彼女は涙を流すことが出来ずに最終的には縄を首に括って自殺をした。

見ている人からすれば、公開自殺である…。


彼女の意識が遠退いて始めて、握り締めていた携帯がこちらを向いた。

そこには、湊の笑顔のライブ配信映像である。

血まみれになった携帯の合間を塗って、湊は笑っているのである。


 ̄ ̄ ̄

湊へ彼女の死後が伝えられたのは、これらのあとだった。


一部始終を湊のライブで観ていたファンに衝撃を走らせた。

そして、その映像を本人、またはファンに共有しようと沢山のキャプチャが作られた。


もちろん湊に届くのは一枚だけの写真だけではなく、色んな人から送られてきて脳裏に焼き付いていく。


湊の動揺が隠せないなか、配信を自粛終了したとき、あるファンがいつかの出来事を思いだした。

その彼女というのは、実は我らの言うマザーだったのではないかということ。


 ̄ ̄ ̄

彼女の姿がマザーだと気付いたファンは、燃料を投下した……

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