第17話 アイドル仕事をする その2
五十嵐社長と純の関係が気になって、こっちをチラチラ見てくるスタッフ。
それが気になって仕方ない瑞希のマネージャーの鈴木さんは、純を促して早々にスタジオを後にして、瑞希の控室に向かう。もちろん衣装チェンジで中には入れないから、扉の外で待機だ。
「信じる訳ないでしょ。アタッカーの数、あなた分かってる?」
ようやく答えてくれた鈴木さんの声はつっけんどんだった。
「36人」
瑞希が新たに加わり、35人から36人に。全世界で確認されているダンジョンアタッカーの約1割にあたり、ダンジョンが日本にあるからなのか不明だけど世界最多だ。
「そう。たったの36人しかいない。だ、か、ら、今市君みたいな、ちょっと顔の良いだけの高校生が、ダンジョンアタッカーの訳がないの」
鈴木さんは決めつけて言ってから、少し考える素振りをしてから続ける。
「まぁ、五十嵐社長のあの態度から、あなたには何かあるんでしょうけどね」
「俺、嘘言ってないんだけどなぁ」
「分かってないわね。例えば、ハリウッドスターが来日したとするでしょ。空港のロビーに現れた瞬間、囲まれるの。それだけ人目を引くのよ。うちの事務所では、ほのかが飛び抜けてるわね。それがあなたにはないの」
「そんなこと瑞希も言ってたな。だけど俺にはないかー。新人だってバレちゃったかー」
純は残念そうに言う。当たり前だけどそんな気配、闘気の類は消している。わざわざ強さをひけらかして、敵となりえる者を警戒させる必要も意味もない。
「まだアタッカーは、嘘だって認めないのね」
「鈴木さんには本当のことを話しておこうと思って、意の決して話たのに。信じてもらえないなんて」
目をクシュッとさせて右腕で覆う。全然信じてくれない鈴木さんの態度が面白くて、どこまでもふざけてしまう純。
「誰でも分かる嘘泣きなんてしないの。そんなだから、今市君の言葉に重みが感じられなくて、信じられないの」
「高校生だし、ふざけちゃうのは仕方がないってことで」
「都合の良い時だけ高校生」
「俺はいつでも高校生だけど?」
「今はボディーガードなんでしょ。それともやっぱり嘘だったの?」
「高校生が本業で、ダンジョンアタッカックはライフワーク。ボディガードなんてヌルすぎて、どんなに真剣にやったって、片手間でかたがついちゃうからね」
純は本気で言っているというのに、鈴木さんは呆れたようにため息をついた。どうみても信じていない。
少しすると、瑞希が扉を開けて現れる。緊張してるのか表情が硬い。
「瑞希さっきのダンス、カッコよかったぜ」
純はニッと笑う。どうしても真っ先に伝えてたかったセリフだ。
「ありがとう。私も今までにないくらい踊れたって感じがした」
「昔っから、本番に強いタイプだったしな」
「そうだっけ?」
「幼稚園の時のお遊戯会のダンス、風邪引いちゃってぶっつけ本番だったけど、完璧に踊ってたじゃん」
「そんなこともあったねぇ」
瑞希が懐かしむように目を細めた。
鈴木さんがへぇという顔で話に加わる。
「瑞希は昔からダンスが好きだったのね」
「家に遊びに行った時なんか、ずっとアイドルのモノマネしてたもんな。歌もダンスも上手かった」
「子供の頃のことって、思い出すと何だか照れちゃうね」
「だけど、夢を叶えちゃってるんだから凄いよ」
「えへへへ」
瑞希が嬉しそうに頬を緩ませる。すっかり硬い表情はなくなっていた。
「さて、そろそろ行かないと」
控え室から第一スタジオに移動する3人。
アイドル音楽番組のオープニングを収録するスタジオに入れば、やっぱりスタッフが純をチラチラと見てヒソヒソ話しだす。瑞希が不思議そうにしているけど、時間も迫っているから説明は後だ。セットの裏に回ったところで、瑞希だけ途中で合流したスタッフと奥に進む。
純達も少し離れて、忙しく準備をするスタッフの邪魔にならないように後を追う。瑞希が出番を待つ他のアイドルと合流したところで、純は足を止めて鈴木さんに話かけた。
「テレビ局から追い出されるかと思ったんだけど」
「出来るわけないでしょうが」
「どうして?」
「五十嵐社長と懇意なあなたを邪険にしたなんて伝われば、瑞希だけじゃなくてうちの事務所が干されてしまうわよ」
「そんな公私混同しないって」
「五十嵐社長がしなくても、周囲の人間が忖度したらどうするのよ。最悪を考えて行動しないと、どこで足を引っ張られるか。社会人は大変なのよ」
なんだか凄く実感が籠もってる。スタジオに来るまでも鈴木さんは、すれ違うスタッフに挨拶しっぱなしだった。その鈴木さんといえば、置かれた資材の脇に周って身だしなみをチェックしている。黒縁のメガネを外し前髪をかき上げれば、結構顔のが整っているのが分かる。バッチリメイクすれば、相当イケてるんじゃないか。
「鈴木さんって、美人だったんだね」
「はぁ、いきなり何言い出すよ!」
唐突な純のセリフに、鈴木さんは素っ頓狂な声を上げた。
「どうしてそんな野暮ったいメイクと、スーツなのかなぁと思って」
化粧も礼儀程度の薄化粧だし。
「あぁ、そういうことね。もうほんと言い寄られるのが面倒なのよ。うちみたいな弱小事務所だと立場が弱いから一苦労だし。それならいっそ目立たなければってね。相手にされないって楽でしょ」
本人気がついていないけど、ちょっと声が暗い。話題にことかかない芸能界だから、過去に何かあったに違いない。
「これからはきっと大丈夫になりますって」
純は口紅というよりリップを塗り直す鈴木さんに、自信を持って答える。
「あなたがダンジョンアタッカーだから?」
「ちょっと違うけど、そんなようなものかな」
なんてたって瑞希がダンジョンアタッカーなんだから、嫌がらせ等されようものなら、問答無用で相手が消え去る。
「余分な手間から開放されるなら、ちょっとはあたなの事信じてみようかしら」
「鈴木さん、調子良すぎっ!」
鈴木さんはニコッっと笑って、化粧を直して手鏡を仕舞う。
「だけど、これだけスタッフから注目されてるのに動じないなんて、今市君は図太いわね」
「注目を集めてるのは分かってますけど、命取られる訳じゃないし」
純にしてみれば、有象無象の殺気も何もない視線なんて気にもならない。鈴木さんと違って、この先付き合いがあるわけでもないし。
「私なんて胃がキリキリするわ。あなたがいなくなれば、間違いなく質問の嵐よ」
「ダンジョンアタッカーだっていうのは、内緒でお願いします。一応、機密なので。鈴木さんだから、話したんですからね」
純のセリフを聞いて、鈴木マネージャーは名案が浮かんだとばかりに、ポンッと手を打ち鳴らす。
「それ、使わせて貰うわ。ダンジョンアタッカーって言えば、それ以上何も聞かれないはずよ」
あーこれ、完全に信じてない奴だ。
「噂も不味いんですけどね」
「いいから。いいから」
これは五十嵐社長に、噂も立たないようちゃんと火消ししてくれるように頼んでおかないと。
「あなた達、こんなところで何しているの?」
不意の声に純と鈴木さんが振り返ば、ほのか先輩に並ぶトップアイドル、速水翼が歩いてくる。純はもちろん誰かが近づいてきているのは知っていたけど、危険な気配はないから無視していた。
「ここはスタッフ以外立ち入り禁止のはずだけど。そんなこと鈴木マネージャーなら、知っていて当然なのでは?」
純は鈴木さんが弁解しようと口を開く前に手で制した。鈴木さんの立場が悪くなるのは、瑞希のこともあるし困る。
「裏舞台も見学したいって、無理にお願いしたんです。鈴木さんは、俺が五十嵐社長と懇意にしてるの知っるから、何も言えないんですよ」
「あーあなたが、スタッフの間で噂になっている子ね。やって良いことと悪いことの区別くらいはつく年でしょう?」
速水翼は綺麗な顔に似合わない厳しい声だ。そして、ほのか先輩ほどじゃないけど、普通の人だったらビビってすくみ上がってしまうんじゃないか。
「もちろん。それが分かっててここにいるんです」
さっさとここから出ていけと言いたいのだろうけど、こっちにも瑞希を守らなければいけないという理由があるから、はいそうですかと引き下がる訳にはいかない。
だから純は、速水翼と無言で睨み合う。
「何か事情があるってこと察してくれませんかね?」
鈴木さんはただオロオロするばかりだ。確か速水翼は老舗の大手事務所、テレビ局にだって物言える規模のはず。大人の事情を考えれば仕方のないことだ。近くにいるスタッフが止めに入るまでこのままかと諦めていたら、意外にも速水翼の表情が変わった。
「へー、あなた私に睨まれても全く動じないのね。大概は萎縮するか、言い訳して逃げて行くのに」
「アイドルに睨まれて動じるほど、ぬるい人生送ってません」
事情を説明しないこっちが悪いっていうのに、ずっと睨まれたことで気分が苛立ってしまっていたのか、ついつい挑発的なセリフが口から出てしまった。
「制服を着ているから高校生なのでしょ。ただの高校生が送る、ヌルくない人生ってどんなのかしら。興味あるから、後で話を聞かせてほしいわ。もう時間もないことだし、収録の邪魔になるようなことをしない限りは、見逃してあげる」
速水翼は言いたいことだけを言うと、マタネと小さく手を振る。
気の強そうな女子は、五十嵐部長だけでお腹いっぱいだ。純はもう会いたくないから、無言のままプイっと横を向いた。
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