第16話 アイドル仕事をする その1

 瑞希がダンジョンデビューした2日後、2人はこの日も授業を午前中で早退していた。向かった先は東京都庁地下ダンジョンではなく、六本木の高層ビルに入居しているJBCテレビ。サングラスにすきっ歯がトレードマークの芸人が、司会をしている人気のアイドル音楽番組に、瑞希が出演するからだ。

 今はピンクの濃淡を生かしたチューブトップのミニスカートドレス姿で、初披露となるセカンドシングルの収録をしている。ポップなデビュー曲と違うダンスミュージックと聞いていたけど、かなり本格的だ。

 タワーマンションのダイニングキッチンを模して作られたお洒落なセットに、七色のレーザー光線と、スポットライトが目まぐるしく動き回る中を、3台のカメラが狙う瑞希の身体が優美にくねり、艷やかな長髪が舞い、ミニスカートのフリルがこれでもかと広がる。4分弱ずっと激しく動いても、グラつくこと無くいちいちポーズがピタリと決まるから、その度に純は目が奪われてしまう。そして、自身が付き合ったダンジョンアタックの特訓が、こんなところでも生きてくるんだなと驚かずにはいられない。

 瑞希は曲が終わると一息つく間もなく、スタッフに案内されて急ぎ足でスタジオの外に出ていく。この後にあるオープニング収録のために、衣装チェンジをしなければならないからだ。スタッフがついているから、慌てて追わなくも大丈夫だろう。人目も多いし万が一のためのアイテムも渡してあるし。

 だけど間近で見学していると、まるで某アイドル育成ゲームのアプリみたいで、ちょっと興奮してくる。次の訓練ではダンスの切れがさらに良くなるように、体幹も鍛えてみるかと妄想していると、チョンチョンと右肩を突かれた。

 首を回せば、キツイ視線を向ける女性と目が会う。団子に纏めた髪、黒縁メガネに野暮ったい紺のスーツを着た瑞希のマネージャー、鈴木さんだ。


「あなた、瑞希の幼馴染らしいけど。あまりつき纏わないで貰えないかしら」

「えーと」


 視線だけじゃなく口調も刺々しくて、純は返事に困ってしまう。五十嵐部長から所属事務所の社長に話はいっているはずだけど、どういうこと?


「瑞希は今が大事な時期なの、分かる?アイドルにスキャンダルは致命的なの」


 鈴木さんが凄く心配しているのが伝わってくるから、文句を言い返せない。


「高校生くらいの年頃だと、芸能界に興味があるのは分かるけど、こう連日だと困るのよ」


 2人がいるのはスタジオの正面カメラの少し後ろ。スタッフは次の本番に向けて忙しなく動き回っている。多少鈴木さんの声が大きくても、誰も気にしてないのが幸いだ。


「社長さんから、事情聞いてません?」

 

 少しでも和んでくれないかなと、純は出来るだけにこやかに話す。


「もちろん、ボディーガードって聞いているわ。見学って言えば、すぐに追い出されてしまうからでしょ。瑞希の優しさにつけ込むのも大概にしなさいよ」


 うん、目端を釣り上げ、挑発してくる鈴木さんは怖い。


「襲われたのは知ってますよね?」

「聞いていいるわ。私は信じてないけど」

「え、どうしてですか?」

「新人とはいえ、瑞希の人気を考えたら、ニュースになるでしょ」

「あ、なるほど」


 思わず納得してしまう純。ダンジョン内で起こった事は機密だから、ニュースになることはない。知らなければ、当然といる反応だ。だから嘘を交えた言い訳で誤魔化す。


「学校内のことで、まだはっきりとした確証がないんです。襲われたっていっても、怪我したわけじゃないし」

「もしそれが本当だとしたら、プロに頼めばいいのよ。プロに」

「これでもうち剣術道場やっていて、俺もかなりの腕前なんです。だから任せて下さい」


 純は両手で竹刀を握るように重ねて素振りをしてみると、怖い顔のままズイズイっと鈴木さんが迫ってくる。


「高校生は高校生でしょ。襲わたのが事実なら、万が一に瑞希が怪我したらどうするのよ。社長はいったい何を考えてるのかしら」


 社長は文句は言えないはずだ。なにせ天下の五十嵐財閥から話がいっているのだから。だけどこまで瑞希のことを想って、そして考えてくれるマネージャーがいるって幸せだよな。何か自分のことに見たいに嬉しくなってしまう。


「何笑ってるの。こっちは真面目に話してるのに。だいたいあなたには強者の雰囲気がないのよ。ハリウッドスターが来日した時に、連れていたボディーガードは凄かったわ」

「こんな感じですか?」


 純は眉間に皺を寄せ、唇を真一文字に結び、顎を引いて厳つい顔を作る。


「あのねぇ。イケメンなら何でも許されると思ってるの!それが真面目じゃないって言うの!」

「これでも、レジェの騎士より強いんですけどね」


 全世界で大ヒットしたハリウッド映画、ギャラクシーウォーズというのがある。レーザーの剣をヴォンヴォン鳴らして振り回す戦士が、ヒロインの王女と銀河に蔓延る悪の組織に立ち向かうという、勧善懲悪のスペースオペラだ。その戦士たちのことをレジェの騎士と呼んでいた。映画の中の騎士とはいえ、負けるつもりはないから真面目な声で答える。


「ローグ様より強いとか、冗談は止めて欲しいわ」


 鈴木さんの口調が、さっきよりもキツくなった。ローグとはギャラクシーウォーズのヒーローであり、歴代最強の力を持つといわれてるレジェの騎士筆頭だ。しかし、ふざけるなと怒るのではなく、意外な反応が返ってきた。これはまさかと、純はニヤリとする。


「鈴木さん、まさかローグのファンクラブに入ってたりして。スマホのロック画面もローグだったり?」

「はっ、私がローグ様のファンクラブに入ってて、何か問題がある訳?」


 セリフとは裏腹に、鈴木さんの顔がトマトみたいになっている。相当恥ずかしいみたいだ。


「ほら仕事一筋に見えるし、どっちかっていうとオペラとか、クラシック鑑賞してるイメージ?」

「ふん。人を見ためで判断するなんて、最低よ」


 いやいや、最初に見た目で判断したのそっちでしょ。


「瑞希は知ってるんですか?」

「知るわけないじゃない。私はクールで、仕事のできるマネージャーだと思われてるから。あなたみたいに、オタクだなんて思われたくないの」

「瑞希はオタクだからって、差別しないけど」

「プライドの問題よ。いい大人なのに、オタクなんて恥ずかしいでしょ。バラしたら、承知しないんだからね」

「言いませんって」


 スマホのロック画面を見てみろよ、って言うだけです。


「で、見た目で判断されたくないなら、あなたがローグ様より強いって証拠見せてみなさいよ」


 どうせそんな物出せる訳ないでしょと、得意げな顔をしている。ローグ様は創作上の人物だしね。


「本当に、事務所の社長さんに聞いてません?」


 純が念を押すように尋ねると、丁度左手から鉄扉から恰幅の良いスーツ姿の中年男性が、ようと右手を上げて入ってきた。

 それを目ざとく見つけた純は、鈴木さんにちょっと外すね、と断ってから中年男性に歩いていく。

 周囲にいたスタッフが慌てて中年男性に群がり、ペコペコ頭を下げている。

 純はスタッフがバラけてから声をかけようと待っていると、中年男性と目が合った。


「おう、ここにいたか純君」

「五十嵐のおじさん、こんにちは」


 純が軽く頭を下げると、スタッフが一斉に振り向く。そして、どの視線もこいつ誰だと、戸惑いが浮かんでいる。ずっとこのスタジオにいたけど、皆さんの認識外だったみたいだ。どうでもいいけど。中年男性は探索部部長、五十嵐文緒の父親の弟で、今いるテレビ局JBCの社長でもある。純は五十嵐部長の家で、何度か話したことがあった。


「第一スタジオにいないから、探してしまったよ」

「わざわざ、どうしたんですか?」

「どうしても直接お礼を言いたかったんだ。私から会いにいく訳には行かないし。君は仕事をしただけだからと言って、会いに来てもくれない。ようやく文緒の誕生会で会えるかと思ったら、急用で出席しないというじゃないか。その時の残念な気持ちといったらなかったよ」

「お礼なんていらないですよ。それに貰う物は貰ってるし」


 物とは勿論、報酬でありお金だ。


「それでもだよ。私にとっては、何事にも代えがたいものだったんだ」


 五十嵐のおじさんは、そこでセリフを区切って真顔になる。


「本当に、ありがとう」


 詳しい事情を周りに知られるわけにはいかないから、たった一言。その一言に万感の思いが籠もり、頭も90度に傾く。本当に最上位のお礼だ。

 純が何をしたのか。五十嵐のおじさんの娘が、突然の難病を発症。化学療法が上手くいっても、以前と同じような生活は無理という現実をつきつけられた。もし上手くいかなれば、その先のセリフを医者は濁したという。

 地下ダンジョンの薬草なら完治すると知り、探索部部長である姪を頼ってきたという話だ。簡単に手に入る薬草なら良かったのだけど、運の悪いことに25階層のフィールドに自生している薬草だった。並のアタッカーでは無理。その上、お金を積んだところで、世界中の金持ちが順番待ちをしているから、そうそう繰り上がるはずもない。すぐに手に入れるのは無理なのかと、自身が何もしてやれない不甲斐なさで半狂乱で泣き叫んでいたと、五十嵐部長が言っていた。

 五十嵐財閥の一族ともなれば、地下ダンジョンがどういうものか、一般人よりも良く知っている。だからまさか、採集に行ける高校生がいるとは、考えが及ばなかったらしい。その姿があまりにも痛々しくて、五十嵐部長は部員に30階層まで行けるアタッカーがいると、話してしまったと言っていた。

 薬草採取の依頼をされたさいに、機密に関することを話してしまったと謝罪された。純も身内で同じことがあれば、やっぱり五十嵐部長と同じ気持ちになったはずだから、あまり気にしていなかった。

 五十嵐のおじさんの突然の行動に、スタッフが騒然とする。

 周囲の雑音など気にならないのか、頭は一向に上がらない。

 もう純が何者だと騒然としている。


「ちょっとおじさん、皆見てるから頭上げて」


 慌てた物言いに、ようやく頭を上げてくれた。


「何を照れているんだい?」

「俺、芸能人じゃないし、注目されるのに慣れてないからです」

「私がこれまで頭を下げたことのある人物は、兄貴だけだ。だから驚いているのさ。あの頭を下げないで有名な五十嵐が、頭を下げたってな。しかも相手は高校生だ」


 五十嵐のおじさんは、周りを見渡してからニヤリと笑った。あっこれワザとだ。純が会いに行かないから拗ねたのか。


「注目されるの慣れてないって言いましたよね」

「これくらいしないと伝わらないだろ。私はね、周りの目など気にならない程、君に感謝しているんだよ」


 はははっと笑う五十嵐おじさんに、近くにいる秘書のお姉さんが声をかける。いつも振り回されてるのか、このお姉さんだけは動じていなかった。忙しい人だから、予定が詰まっているのだろう。


「ん。もうそんな時間か。近いうちに我が家に遊びに来てくれ。今日会えそうだと話したら、特に娘がせがんできてな。色々話を聞きたいみたいだぞ。妻も直接お礼を言いたいと言っておったし」

「時間の都合がついたら、ですね」


 母くらいの年齢の人に、お礼とか感謝されるのは照れ臭くて、出来れば遠慮したい。


「まぁ、そう言わずに頼むよ。ではまた会おう、純君」


 五十嵐おじさんは、秘書のお姉さんを促して戻っていくが、扉を少し開けたところで振り返る。


「あぁ、そうだ。困ったことがあったら、直接、私に言ってくれ。最優先で処理しよう」

「ありがとうございます」


 純がお礼を言えば、手を振ってスタジオから出ていく。五十嵐のおじさんは純が仕事をしやすいように、皆に聞こえるようにわざと言ってくれたのだ。

 肩にドンッと手を置かれた。

 振り返れば、瑞希のマネージャー鈴木の訝しんだ視線と出会う。


「あなた何者?」

「俺?」


 純が親指で自身をさせば、鈴木さんが頷く。


「ボディーガードは世を忍ぶ仮の姿で、真の姿は剣も魔法も使えて、レジェの騎士ローグ様なんて目じゃない超絶強いダンジョンアタッカー、って言ったら信じてくれます?」


 純は白い歯を見せて、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせるのだった。

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