第15話 アイドルアタッカー誕生 その4

 前を疾走する狐面野郎。

 瑞希を担ぎ後を追う純。


「少年、魔法を放ったのは私ではない。見逃して貰えないかな?」

「ふざけんな。ダンジョンで仲間以外の言葉を信じる奴なんているか!」

「ふむ、道理だな」


 巻き添えを食らったこっちが怒鳴ってるのに、涼しい声で返されるとなんだか無性に腹が立ってくる。ダンジョンでチーム同士がかち合えば、ドロップアイテムを巡っての騙し合いなんて日常茶飯事。


「面倒だから、あんたら2人ともぶちのめす。ぶちのめしたところで、どっからもクレームはこないだろうし」


純は大声で返しつつ、目前に現れたゴブリンを蹴り倒し走る。先に魔法をぶっ放してきたのはあいつらだ、半殺しなら問題ない。


「ククッ。少年、好戦的だな。私の実力が分からない訳でもあるまい?」


 狐面野郎は余裕の声だ。それもそのはず、離れている距離を考えれば圧倒的に逃走が有利。下に降りる階段は、階層ボスを倒したアタッカーとパーティーメンバーしか使えないから、追いつけないまま最奥に到着されてしまえば終わり。階層ボス、ゴブリンキングなど瞬殺される。しかも実力はほぼ互角ときたもんだ。そして、おかしなことが一つ。攻撃を仕掛けてこないこと。天井に無差別に魔法を打ち込めば、落ちてくる岩が邪魔で、こっちは全力で追いかけるのが困難になる。何故それをしないのか。狐面野郎の考えなど分かるはずもないから、とりあえず思考することに放棄した。ぶちのめして吐かせれば万事解決する。

 後ろから追いかけてくる争っていた片割れがいるから、少し足止めができれば2対1、逃げ切られる前に捉えられるはずだ。そして1人づつバトルを挑む。楽しくなってきた。


「だから後ろの奴を待ってないで、あんたを追っかけてるんだろ」


 足止めにとエアバレット、大気の弾丸を乱れ撃つ。

 狐面野郎は右に左にとステップを踏んで避ける。

 距離は縮まるが、まだまだその背は遠い。だから、瑞希を肩から胸の前に抱き直して、お願いすることにした。


「瑞希、攻撃頼む」

「人に攻撃は、絶対にしないからね」

「狐面野郎のちょい先の天井を、ありったけのエナジー込めて射てくれればいい」

「間接的でも、人に攻撃するのは嫌だよ」

「瑞希ちゃん、僕からも頼むよ」


 いきなり背後から届いた柔らかい声に、瑞希が驚いて振り向く。

 狐面野郎と戦闘していた奴が、ようやく追いついてきたようだ。しかしどういうこだ?日本人アタッカーの特徴は全て頭に入ってるのに、この声に聞き覚えがない。


「えっえっえっ、ここって新宿駅じゃないよね?」


 動揺する瑞希に、純は突っ込みを入れてみる。


「新宿駅がこんなに閑散としてる訳ないじゃん」

「そんな突っ込みいらないから」


 瑞希がこっちを向いて文句を言ってから、またすぐに後ろを向く。


「章さん?だよね」 

 

 アタッカーの数を考えたら、ダンジョンで外の知り合いに会うとか、世間が狭すぎやしないか。だけどこいつに仕返しするのは、諦めなきゃならないってことか。


「やぁ、久しぶりだね。頼めないかな。彼を捕縛したいんだよ」

「瑞希の攻撃で、死ぬなんて絶対にないから、頼む」


 疑問はとりあえず置いておいて、純もこれ幸いと後押しする。


「何かちょっと馬鹿にされてるような気もするけど、そういうことならやってみる」


 抱っこされたままの瑞希は、渋々とだけど了承してくれた。すぐにリュックから弓を取り出す。

 同時に純も、魔法の準備をする。


「天井から張り出してる、デッカイ岩だ。エアバレット・ラージ」


 もう階層ボスが視界に入っているからギリギリだ。

 どんなに激しくダンジョンを破壊しても、深夜の0時になるとゲームをリセットしたかのように、全て綺麗に修復されてしまう。だから遠慮して攻撃する必要はない。

 光の弦と、通常の5倍サイズの矢を顕現させ、構える弓の角度を上に修正するなり、力を解き放つ。


「シュート」

「ショット」


 矢が白い軌跡を描き、大気の弾丸が後を追う。そして、純と瑞希の頬を圧倒的な熱が撫でていく。後ろから追いかけてくる奴のファイイアバレットだ。

 矢は狐面野郎の先、狙い通り天井の大岩の根本に突き刺さり、小石が砕けバラバラと雨の如く降り落ちる。


「ナイスだ、瑞希」


 そこを大気の弾丸が奥深く抉り、大きな岩片を飛び散らせ、トドメとばかりにファイイアバレットが爆裂した。

 グラリと辺りを揺らして落下するのは、洞窟の塞ぐほどの大岩。

 轟音を上げて地面に激突し、土煙をもうもうと巻き上げた。あまりの騒々しいさに、瑞希が両耳を塞いでいる。 

 大岩の手前に、人のシルエットが見つける。よし、これでぶちのめせる。

 

「ちゃんと着地してくれよ」

 

 走る足を緩めずに、瑞希を横に軽く放る。あれだけゴブリン倒しエナジーを吸収したんだから、このくらい余裕だ。

 純はリュックからロングソードを抜きつつ加速して、躊躇なく土煙の中に飛び込だ。


「狐面野郎、覚悟!」


 勢いをいかした絶対の突きが、拍子抜けするほど簡単にシルエットを抉り、鋼の切っ先が大岩にめり込む。しかし、口をついて出るのは勝利の雄叫びではなく、悪態だった。


「ちくしょう」


 手応えが人のそれではないからだ。

 大岩の向こうから励ます声が返ってくる。


「良い突きであったぞ。試合であれば少年の勝ちだが、ここはダンジョン。持っているものを全て駆使して戦うところだ」

「逃げ道が無くなって、戦えると思っただんよ。レアアイテム使うとか反則すぎ」


 純は仏頂面で答えた。正々堂々を求めてる訳ではなく、ただガチンコで殺り合いたかっただけだ。


「良い教訓としてくれ。ではさらばだ。また会おう」


 狐面野郎の声が薄れ消えていく。

 土煙が晴れてみれば、ロングソードが貫いていたのは人形だった。


「ブードゥー君人形なんて、彼はだいぶ奮発したね」


 優男の声に純が振り返ると、瑞希と並んで立っていた。

 

「ブードゥー君人形?」


 瑞希が青白い不健康な肌、片目が零れ落ちている人形を広いあげて物珍しそうにひっくり返したりして見ている。


「レアドロップアイテムで、身代わり人形なんだ。大岩が落ちてくる前に、向こう側に投げてたんだよ。それで、この剣が狐面野郎をぶっ刺したところで、本人と人形が入れ替わるっていう仕組み」

「色々なアイテムがあるんだね。ここってやっぱりファンタジーの世界だよ」

「それ、1千万円はするんだぜ」

「これが!」


 ブードゥー君人形をガン見している。

 

「もう使われちゃったから、無価値だけどな」

「なんだ」


 途端にがっかりとした声になり、ブードゥー君人形をポイっと捨てた。まったく現金すぎる。呆れながら純は、左手を洞窟を塞ぐ大岩に向けて魔法をコールした。


「エアカッター・マルチ」


 薄い刃と化した大気が10出来あり、ショットと発動呪文を口にすれば、縦横無尽に切り刻む。

 洞窟を塞いでいた大岩は、瞬く間に小石の絨毯へと様変わりした。その先にいるはずのゴブリンキングの姿はもちろん無く、2階層に降りれる階段は消えていた。もう狐面野郎を追う手段はない。まんまと逃げられしまって、ついつい苦い顔になってしまう。


「魔法って、やっぱり凄い」


 純は改めて感動している瑞希にではなく、その隣に立つ優男に油断のない視線を向ける。


「そんなに警戒しないでよ」


 ずっと観察されていることには気がついていた。


「あんな魔法ぶっ放しておいてよくいうぜ。おかげでこっちは死にかけたんだ」

 

 瑞希とゴブリン討伐をしているさいに、極太レーザーで攻撃されたことだ。純は大袈裟に言うが、優男はそんなのは意に介さずに口を開く。


「いやぁ。あの狐のお面男を、どうしても逮捕したくてね。それにモンスターと戦っているのが、君だって知っていたから。あの程度、余裕でかわしてくるのは分かっていたしね」


 申し訳なさそうに後頭部をかいて笑っている。しかし、どうやって俺達の事を知ったんだ。フロンティアの大門で手続きをしている最中に、アタッカーとは会わなかった。いつ見られたのか皆目検討がつかない。訝しくて眉根を歪めていると、瑞希が割って入ってきた。 


「まぁまぁ純ちゃん、許して上げてよ」

「ちょっと謝られたからって許せるかよ。俺は平気でも、瑞希は蒸発して消えちゃうところだったんだぜ」

「そうだけど、純ちゃんのおかげで無事だったんだから、ね」


 お願いとばかりに可愛く小首を傾げる。


「瑞希が良いなら、それで良いんだけどさ」


 家庭の事情があるから本心かどうか分からないけど、ここで事を荒らしても仕方ないから、とりあえず納得しておく。

 純は隣の優男に視線を移して続ける。


「この人とは、どんな知り合い?」


 真ん中でわけたサラサラの黒髪、印象の薄いが整った嫌味のない顔に、引き締まった身体。着用しているバトルスーツも紫色でみたことのない形だ。年齢は20台中頃。やっぱり狐面野郎共々、こんな日本人のアタッカー見たことがない。


「いとこなんだ。お父さんのお兄さんの子供なんだよ。今は年に1回か2回会うくらいだけど、良い人だから」

 

 瑞希の弁護に乗る形で、優男が純に両手を合わせて謝罪してきた。


「ごめんね。いきなりだったのは、本当にすまなかった。だけど、目の前で良い人とか言われると照れちゃうな。あ、そうだ。言っておくけど、君達を尾行したりして無いから。警備員のおじさんに、書類をちゃんと見せてもらったんだからね」

「まさか国連の職員?俺はあんたみたいなアタッカー知らないんだけど。どういうこと?」

「そうだよねぇ。僕って胡散臭いよねぇ。君の言う通り、国連の専属アタッカーなんだ。しかも非登録の。この意味分かる?」

「都市伝説じゃなかったってことか」


 純が話を振る前に、ぶっちゃけてくれた。ダンジョン関係者の犯罪を取り締まる組織があって、法律で取り締まれない者を闇に葬る執行人がいると、先輩が笑い話として聞かせてくれたけど、まさか真実だったのか。


「僕は逢海章、仲良くしてくれると嬉しいな」


 リュックから身分証明書を取り出して見せてくれる。わざわざ瑞希の親戚が嘘を語る理由もないから、純は警戒を解くことにした。


「へぇ。章さんって、偉い人だったんだね」


 瑞希が驚いている横で、逢海が純に提案してくる。


「そうなんだよ。これでも結構上層部に食い込んでいてね。今回のお詫びと、僕の存在を内緒にしてくれるなら、色々と融通するから、頼むよ」


 と言って差し出される右手。

 もちろん純もロングソードをリュックに仕舞って、右手を差し出す。国連の関係者に喧嘩を売ってもろくなことにならなし、喋れば国連から手酷いペナルティを食らってしまう。それにモンスターの変異種の存在、瑞希を襲撃してくる者、先が見通せない状況だから、情報を率先して回して貰えるなら有り難い。


「俺は今市純。色々お願いするけど、それでもよければ」


 図々しく言うが、逢海はグイッと手を握ってきた。


「もちろんだとも。おおっぴらには言えないけど、身内として瑞希の安全は確保したいからね」


 口振りから瑞希が襲われたことを、知っていると純は理解する。


「さっきの狐面野郎は、関係ないよな?」

「もちろん。彼、正体不明なんだけど、国連本部に侵入してダンジョン関連のデータを盗んだ泥棒なんだよ」

「ダンジョンじゃなくて、45階にある本部に侵入したってこと?」

「その通り。君のところにも、出来る女子はいるだろう?」

「!?」


 純は2重の意味で驚き、声を出せないでいた。ダンジョンの外ということは、素の身体能力と技量でやってのけたということ。人的、電子的、その上ダンジョン産の魔法アイテムを使い、セキュリティされている施設に押し入りるとか、アニメの盗賊も真っ青な所業だ。そして、瑞希が入学しする学校というだけで、きっちり調べ上げられているようだ。滝川さんに忍者だということは秘匿しているから、無闇矢鱈に言わないようにと釘を刺されている。これは瑞希の親戚とはいえ、逢海の警戒レベルを上げないとならない。五十嵐部長に相談できないのが痛すぎる。


「瑞希、近いうちに自宅にお邪魔させてもらうよ。僕の正体がバレちゃったから、話しておかないといけないことがあるからね」

「はい」

「さて、そろそろ戻らないと。取り逃がした報告を、早急にしないとならないからね」


 逢海はュックを探ってアイテムを取り出した。純もよく知る転移のアイテムだ。始まりの街、フロンティアまでそれほど遠い訳でもないのに、100万もするアイテムを使うなんて、どんなセレブだよと呆れていると、不意に逢海が意味深な笑みを浮かべ近づいてきた。


「ちょっと内緒話」 

 

 今日知り合ったばかりだから当然のように身構えるが、気にすることなく耳元に口を寄せてきた。


「その身に宿すデュランダルは抜るのかい」


 純は目が零れ落ちそうなほど見開らかれた。

 逢海は答えなどどうでもいいのか、アイテムを発動させサッサと転移してしまう。いや何も言えない時点で答えたのも同じだ。この世界で純しか知らない事実をどうして知っているのか。まさか、異世界人がいるのか。到底信じられない事実を突きつけられて、ただ呆然とするだけだった

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