第14話 アイドルアタッカー誕生 その3
純と瑞希の2人パーティーは、右に曲がっては斧を持つゴブリンを倒し、次の角を左に曲がっては短刀を持つゴブリンを倒し、地下ダンジョン1階層を攻略していく。とはいっても、瑞希にダンジョンの雰囲気に慣れてもらうのと、訓練を兼ねたお気楽攻略だが。
「これで3匹目。だいぶ上達したでしょ」
得意げな声に純が振り向けば、弓を射った体勢のまま、余韻に浸っている瑞希がいた。 片頬を釣り上げて物凄い自慢げだ。ここは褒めて更に気分良くなってもらって、次の課題に移って貰おう。
「一発で当てたのは良かったよ」
「でしょ。私ってやればできる子なんだよね」
「だけどさ、足を止めて弓を射るだけじゃ、モンスターにも攻撃されるだろ?」
「そうだね」
瑞希はうんうんと頷いている。今の戦闘でも、弓のゴブリンに先制されていた。純が竹の枝で叩き落とさなければ、瑞希に命中している。まだ慣れない戦闘で、攻撃が遅いというのもあるけど、それだけじゃない。
「だからさ、次は移動しながら、弓を射ろう」
「モンスターに、的を絞らせないようにするためだね」
「良く分かったじゃん」
純が軽い驚きを示せば、瑞希が拗ねる。
「それくらい、私だって分かるよ」
「だってさ、講習で教えられることほとんど覚えてないから、知ってると思わないじゃん」
「ほんとのことでも、言って良い事と悪い事があるの。親しき仲にも礼儀あり、って言葉知ってる?」
純が瑞希から視線を逸して、わざとらしくアハハハと笑うが、チラリと見れば睨んでいるからまた視線を逸らす。
「ほら、今日はこの後、アイドルの仕事あるんでしょ。早く先に進まないと、1階層のボスまで辿り着けないよ」
少しすれば時間切れで諦めてくれたみたいだ。
「もう」
瑞希が仕方無いなとドロップしたポーションを拾って、倒したゴブリンのエナジーを吸収し始めた。
二人はまた移動を始める。順調にゴブリンを倒して、5つ目角を曲がったところで足が止まる。
「ゴブリンの集団。今までは1匹づつだったのに」
真っ直ぐ伸びる洞窟の奥に、3匹が佇んでいる。距離にして30メートルほど。まだ気が付かれていない。なら、やることは一つ。
「瑞希、狙撃だ」
「よーし、まとめて倒す」
「無茶だって」
やる気満々で弓を構え弦を引くと、矢が3本つがえられる。もう10匹は倒したからって、ちょっと調子に乗り過ぎじゃないか。
「私一人じゃないし、今無茶しないで、何時するっていうの!シュート」
瑞希が言い終わるやいなや、矢を放つ。
「いきなりじゃなくて、せめて合図くらいはしてよ」
純は愚痴りながら、ゴブリンに走る。
飛んでいく矢は、1本は命中し2本は外れた。この距離を初撃から1匹とはいえ当てるんだから、弓の適正はあるみたいだ。
いきなりの攻撃に、キョドるゴブリンに純は接近して、手に持つ竹の枝でそれぞれの頬をペシペシ叩く。。本当ならこっちに気がつく前に倒してしまうのが常套だが、これは瑞希の訓練。
「グギギッッッグ」
「ギャガグギ」
ゴブリンが大声をあげた。何を言ってるかわからないが、声のトーンから怒っているのだけは分かった。
純が時計回りに動けば、ゴブリンが追いかけてきてくれる。
思惑通り、近づいてくる瑞希に背を向けてくれた。
「ナイス」
瑞希が足を止めないで弓を射た。
が、おしくも緑の腕を掠めるだけ。
ゴブリンがどこからだと首を振り、瑞希を見つけた。そして、手に持つ弓を視界におさめて、尖った歯を剥き出す。
純は瑞希への視線を切るために間入って、目を狙って細い先で何度も突く。もちろんもう1匹のほうも忘れずに、頬を叩いておく。
「外れてもいいから、また動きながら射ろう」
「わかった」
瑞希がゴブリンの死角に移動しながら第2の矢を放つが、おしくも急所は外れた。
「グギャァアアアア」
汚い悲鳴を上げて、緑の太腿を押さえる。
「うー難しい、狙ったとこに当たらないよ」
「ほら足が止まってる」
瑞希がもどかしい声を上げて足を止めるから、純は声をかけつつ、さっきと同じように回り込む。連携にも慣れてきたのか、動きがスムーズになってきた。
「シュート」
放たれた矢は、見事心臓を貫いた。
「あと1匹」
「次は外さないから」
瑞希の移動に合わせて、純も動く。しかし、視線はゴブリンではなく、やってきた方向、入り口に続く洞窟に向いていた。さっきから岩を砕く音、金属が打ち鳴らす音が絶えず聞こえてはいたが、それがすぐそこまで近づいている。まさか1階層でモンスターの取り合いが発生するはずもない。むこうもこっちには気がついているはずだから、素通りしていくのがダンジョンのルール。ただ、気になるのは戦闘音が派手なこと。ゴブリンを倒すだだけなら地味なものだ。遊んでいるのか、はたまた訓練でもしているのか。
「さっさと倒そう」
「うん」
光の弦を引いたところで、純はやってきた道をバッと振り返る。
いきなりエナジーが膨れ上がったのだ。
おいおい1階層で出して良いエナジー量じゃない。何やってんだろと考える暇もなく、もう一つエナジーが膨れ上がった。こっちはただ膨れ上がったんじゃない。
やばいのがくる。
叫ぶ暇ももどかしくて、身を翻して瑞希を突き飛ばすように抱えサイドの岩肌に飛ぶ。
直後、極太の白色レーザー光が迸る。
純は瑞希を抱えたまま、身を捻り尻で地面を滑り間一髪で難を逃れていた。
ゴブリンなどひとたまりもない。フレンドリーファイア禁止なんてものもないから、あのままだったら、純も瑞希もただではすまない。特に瑞希は骨の欠片も残さずに蒸発しているレベルの魔法だ。
「えっえっえっ何事」
瑞希は状況に追いつけなくて、ただ混乱している。
「いきなり、何しやがる!」
魔法が飛んできた方に向けて、いセリフで怒鳴れば、返ってきたのは極太レーザーだった。
「ふざけんな」
純は完全にブチ切れた。その肩からは膨大なエナジーが、蜃気楼のように立ち昇っていく。
「エアバレット」
大気が圧縮され弾丸が形成される。あれだけの魔法を離れてる実力者なら、アタッカーがいるのは分かっているはずだ。なのに構わずに魔法を行使した。やり返さなければ気が収まらない。後のことなんて考えてられるか。リュックから、1本の瓶を取り出して飲み干した。エナジーをブーストさせるドリンクだ。1本100万するが全然おしくない。
「モア、モア、モア、モア、モア」
巨大化していく大気の弾丸。
見るまに大気の弾丸は洞窟を覆い尽くしていた。
抱きかかえたままの瑞希が振り向く。その目がまん丸になるほど見開いている。
どうだ凄いだろ、もっと驚いてくれ。
「それは不味いって。絶対に不味いって。ルーキーのワタシでも分かるよ。モンスターじゃなくて人なんだよ」
今日1日で人だと分るほど、エナジーの感度が上がったみたいだ。
「やり返して何が悪い」
「私もポーションが消えちゃって悲しいけど。人殺すのは駄目だって、純ちゃん平気なの?」
「あー、その辺の感覚が壊れちゃってるんだよね。本人あんまに気にしてないから、瑞希も気にしないで」
幼馴染に話したことのない自身の一面を話すのは少し気まずいが、黙っていても仕方ないから事実を伝えておく。
「ここで苦労したんだね、私はどんな純ちゃんでも嫌いになんてならないから大丈夫」
「ありがと」
良い具合に勘違いしてくれた。10年も異世界で殺伐とした戦いをしてきたなんて、心の準備もしないで話すことなんて出来ないから助かる。
「だけど、私もアタッカー続けてたら、人殺し平気になっちゃうのかな」
瑞希の暗くなった声に、純は違うと否定する。
「俺の場合、ちょっと特殊な事情があってだから、安心しろって」
「ほんと、良かった。聞かないけどいつか話してね」
瑞希は胸を撫で下ろしている。その姿に純は興奮が少し冷めてしまった。だからといってやることはやる。
「そのうちな。ということで、ちょっとお仕置きするだけだから。ショッ」
瑞希に口をふさがれて、発動のセリフが止められた。その手を振りほどいて、声を大にする。
「止めんな」
「駄目だよ。少なくとも私の前では駄目」
「瑞希が殺されかけたってのに、黙ってられるか」
「うん。その言葉は嬉しいいけど、純ちゃんのおかげで私達は死んでないんだから、駄目だって」
「瑞希は優しいな、でもな、俺はそんな優しさ持ち合わせてないんだよ」
純と瑞希が言い争いをしていると、大気の弾丸がパックリ切断された。その間から現れた狐面を被った正体不明の男が駆け抜けていく。
「少女、助かった。礼を言う」
とセリフを残して。こいつが手に持つ剣で斬り裂いたのだ。けっこうな手練だ。息すら乱していない。戦う良い口実ができた。絶対に喧嘩を売ってやる。
「テメー。待ちやがれ」
純は立ち上がり瑞希を肩に担いで追いかける。
「私、荷物じゃないよ」
「このほうが走りやすいから。すこし我慢して」
狐面の男は角に消えるが、1階層は1本道、見失うことはない。2階層に降りられる前に絶対に追いつく。
「私が狙われた、訳じゃないよね?」
「違う違う。狐野郎が追われてるんだよ」
確認してくる瑞希に、純は答えて後ろをチラリと見る。追いかけてくる奴も手練だ。
「良かった」
「後ろから、追っかけてくる奴がいるんだよ。前の奴と後ろの奴が戦ってたんだろうな」
「じゃあ、私達は巻き添えってこと?」
「多分」
純は邪魔なゴブリンを蹴り飛ばしながら曖昧に返事をした。気になるのは、極太レーザーが迸る前にエナジーが膨れ上がったこと。まるでこれから魔法を放つぞ、と警告しているかのようだった。もしかしたら、戦闘を装って狙われたということも考えられる。だけどもうどっちでもいいことだった。それは何故かって。巻き添えだろうと、狙われたのだろうと関係ない。とりあえず100万円分はブチのめしてやるからだ。
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