第13話 アイドルアタッカー誕生 その2
純と瑞希は、跳ね橋を渡る。
城壁の前は堀になっていて、波々と薄い黄色みががった液体が満たされていた。
「なんかバスクリンみたい」
瑞希がしゃがんで、堀を覗き込む。
「見たまんまだけど、ただの水じゃないんだな、これが。多分、ネットかテレビで瑞希も見たことあるよ」
「ダンジョンの動画は結構見てるけど、どれかな?」
「モンスターのアイテムドロップ、獣脂玉が溶かしてあって、火をつけると派手に燃え上がるんだよ」
「もしかして、炎の壁?フロンティア防衛線の動画なら見たよ!」
かがんだままキラキラした顔を向けてきたので、純は頷く。
「あんな凄いのが、CGじゃないんだってビックリした覚えがある」
フロンティアは、定期的にモンスターの襲来を受けている。撃退に出るアタッカーを、一度に多数出撃させるために、城門は大きく造られていた。
に
「燃え上がる炎は、見入っちゃうくらい凄いよ」
純が首を上に向ければ、天井が帯状に堀に沿って焦げている。
「端から端まで、焦げてる」
「口じゃ伝えられないくらいの迫力なんだけどねぇ」
純の表情は防衛戦が脳裏に浮かんで、げんなりしたものになっていた。
どこか含みのあるセリフが気になったのか瑞希が尋ねてくる。
「なんだけど?」
「動画だと、アタッカーが戦ってるシーンばっかじゃん」
「うん。みんな格好良かった。顔が映らないカメラワークと、編集にも感心しちゃった」
純は瑞希とは違う視点で、その動画の編集に感心していた。
「俺もメチャメチャ凄いと思う。だって、アタッカーがモンスターを全滅させた、みたいになってるんだもん」
「違うの?」
やっぱり瑞希も勘違いしている。
「うん。モンスターの数が多すぎて、アタッカーは小型モンスターを相手にしてる暇なんてなかったんだ」
「数が多くて、緑のジュータンみたいになってた映像は見た」
緑のジュータンの正体は、ゴブリン種だ。
「洞窟を埋め尽くすほどだったな。炎の壁は、その小型モンスターを処理するためのものなんだけど・・・突っ込んできて焼け焦げてくんだよ。それがまたゴム臭くてさ。すぐエナジーになって消えてくれるのが、せめてもの救いかな。きっとグロすぎてカットになったんだよ」
純は炎で燃えるゴブリンを幻視して、胸がむかむかしてきた。
瑞希も胸を抑えている。
「瑞希も強制参加だから、ノーカット映像見ておくことをおすすめする。じゃないときっと大変なことになるから」
汚い意味で。オロロロロと吐しゃしてる人いるし。
「しっかり覚えておく」
純が至極真面目に語れば、瑞希も真面目に頷いてくれた。
ダンジョン話しはそこそこにして、跳ね橋を渡り洞窟を進む。
天井が淡く輝いているから、薄暗いけど不自由なく見通せる。
1階層はほぼ1本道。
モンスターも正面からしか出現しなくて、まるでルーキーを意識して造られているみたいだ。階を降りるほどに、洞窟は複雑になるしモンスターも強くなる。
学校の友達の話しとか、撮影の愚痴とかたわもないことを話していると、腰ほどの身長、鼻が高くて耳が尖った緑色の物体が棍棒を振り上げて、リズミカルな足取りで走ってくる。まんまゲームだ。
「ゴブリンきたーーーーー」
瑞希が少し腰を落として、弓を構える。使っている弓は魔法武器で、弦も矢も必要ないから扱いは簡単だ。お昼ご飯の前に、使い方はレクチャーしたから問題ない。
「よっしゃ、やるか」
純が気合の声と共に取り出したのは、細い竹の枝だった。
「それが武器っ?!」
「いやだって、RPGとかだと始まりの街を旅立つ時の装備って、木の棒じゃん?それを真似てみた」
勇ましく素振りをすれば、瑞希が膝をガクリと落としている。
「わたしの初戦闘なんだから、もうちょっと真面目にやろうよ」
「RPGっていうのは冗談だけど、思いっきり手加減しないとダメージ与えちゃうからさ」
「あー、わたしがエナジーを全部吸収出来るようにか」
「そういうこと。わざわざ近くのお寺行って、取ってきたんだ」
純は竹の枝を、ピュンピュン振って見せる。ゴブリンを牽制するだけだから、これでちょうど良い。
「ほら、ゴブリン来てるよ。早く弓にエナジー込めないと」
ゴブリンが距離およそ10メートルにまで迫ってきていた。
もうそこまで迫るそれに瑞希が、弓に意識を慌てて集中させ、白色の光が弦とつがえられた矢を作りだしているが、遅い。射る前に先に攻撃を受ける。かといって避けながら的に当てるのは至難の業。
だからしっかり準備をして余裕をもって攻撃してもらおうと、純はゴブリンを足止めするのに前に出た。しかし、その考えも虚しく、ちゃんと矢の形にもなっていないただの光の塊が脇を通り過ぎていく。
「当たれー」
気合の入った声だけど、頑張れるだけで上手くいく訳ない。
光はゴブリンの足元に着弾する。それも地面に穴が開くわけでもなくただ砂利を舞い上がらせただけ。エナジーも上手く込められていない。
「焦りすぎだって。俺がいるんだから絶対に怪我させないし、もっと気軽に」
「ゴメン」
「謝らなくていいから、エナジー込めて」
迫るゴブリンに竹の枝をペシペシすれば、駄々をこねた子供みたいに煩く騒ぎだした。目を狙ったり、耳の狙ったりして純に意識を向けさせる。瑞希では、ゴブリンの棍棒で殴られただけで大怪我してしまう。
「あれ、あれ、おかしいよ」
アタフタした声に純が目を向ければ、瑞希が一生懸命、弓を睨んで力を込めている。まさか、さっきの一発でエナジー切れを起こしてしまったんじゃないのか。
「エナジードリンク飲んで」
「それだ」
瑞希が弓を地面に置いて、肩からリュック下ろして小瓶をとりだした。ちょっと待て、遠足に来たんじゃなんだぞ。気軽にって言ったけど、一応戦いに来ているって意識があるなら、もうちょっと警戒しようよ。
視線を戻せば、棍棒を振り回す緑のゴブリンがいる。何か憐れになってきた。だけど、ヘイトを瑞希に向けるわけいかないから、後ろに回ってお尻をペチペチ叩く。
1叩きごとに、ギャーと悲鳴を発して飛び上がる。
うん、男だけど、女王様になった気分だ。
「純ちゃん、準備できた。どいて」
エナジーチャージが完了したみたいだ。だけど、瑞希違うぞ。そのセリフは間違ってる。
「自分から射りやすい位置に動いて。じゃないと上達しないよ」
コンビに慣れてきたら、お互いの行動を予測しながら位置どりをするんだけど。
「やってみる」
小走りに移動する瑞希。ゴブリンの背に回わってしまうと、洞窟の奥に背を向けることになるから、純も瑞希とは逆に回る。奥からモンスターが襲ってこないとも限らない。
お互いが洞窟の壁を背にしたあたりで足を止めた。
「エナジーを全部込めないでよ。とりあえず、さっきの10分の1くらいで、ちゃんと込められてれば、それで十分だから」
純のアドバイスに、瑞希が頷いて弓を構える。自分がいないアタック時に、モンスターの息の根を止めないまま、ガス欠とか洒落にもならない。
「えーと。弓を持つ左手の人差し指で、狙いを付けて・・・」
瑞希はブツブツ言いながら、立てた人差し指でゴブリンに狙いをつけて、弦を引いた。
純は竹の枝をしならせて、ゴブリンの頬を叩く。物凄い過保護なダンジョンアタックに苦笑いせざる得ない。
「今度は、外さないんだから」
「肩に力入りすぎだから、力抜いてもっと気楽に」
3メートルの距離から無防備な背に向けて撃つんだから外さないって。
「シュート!」
光の矢は、左の胸を貫いた。威力がありすぎたのか、そのまま突き抜けてくる。
当然、矢先の先には純がいる。
「危ない」
瑞希の呆然とした顔。
純は何をそんなに心配してるんだと、軽く竹の枝で払えば、光の矢はクルクル回転して地面に突き刺さる。
「俺の強さ、知ってるでしょ」
近接訓練でナイフをかすらせたことも出来なかった、瑞希の攻撃が当たるはずもない。
目の前ではゴブリンがフヨフヨとエナジーに変わり、地面には1本の瓶が転がる。
「知ってても、心配は心配なの。あー良かった」
安堵する瑞希に、純の口元が小さく緩む。アイドルになるくらいの可愛い幼馴染に、心配されて嬉しくないわけがない。
「ありがと」
「おおお、何かドロップしてるよ」
瑞希はそばに寄って瓶を拾う。そして、ジッととみつめて一言。
「10万円!」
「違うから。ポーションだから」
ゴブリンがドロップする定番のアイテムだ。
「あの時にこれがあれば、筋肉痛で苦しまなくても良かった奇跡の薬」
「しばらく動きがギコチなかったもんな」
「ダンスがカクカクしちゃって、先生に不審な目で見られたんだから。でも気合で乗り切った」
瑞希が両手でガッツポーズをする。
毎日、毎日、仕事がある日でも、愚痴を言いながら時間ギリギリまでサボる気配もなく、訓練を続けていた。まだまだ合格点にはほど遠いけど、モンスターを倒したのは瑞希だ。だからこれを言って上げないと。純も初ダンジョンアタックの時に五十嵐部長に言われたセリフだ。
「初ドロップ獲得に、初モンスター討伐、あめでとう」
「そうだ!」
「ようこそ東京都庁地下ダンジョンへ、っていうよりようこそ地獄へだけどな。長い長いアタッカー人生の始まりだ、お互い頑張っていこうぜ」
引退年齢に達するまで、ダンジョンからはどんなに辛くなっても逃げることはできない。逃亡して捕まれば投獄されて、精神を去勢されてそれこそ地下ダンジョンから出ることすらできなくなる。
「私は適正があって、良かったって思ってるよ。トップアイドルになりたいから」
アタッカーの特権が使えるっていうのは大きい。嫌がらせされることもないし。事務所と契約して不利になることもない。そんなことされでもしたら、機関に苦情を入れれば速攻で対処してくれる。
「俺も目標あるし、バトルジャンキーだし。好きなことやって金稼げるから、こんな天職ないね」
「うわっ、変わり者」
適正有りと診断されて、喜ぶ者はそうはいない。戦闘経験がないから大概は尻込みする。大金が稼げるのは魅力的だけど、なんてったってそのチップは自らの命だ。
「うっせ。さっさとエナジー吸収して先進もう」
うんと瑞希は返事をしてから、弓を持ったままの左手を腰に、拳を作った右手で天をついてから広げた。
「アセンブル」
うわ、さすがアイドル。特撮ヒーロー戦隊のピンクまんまのポーズだ。
エナジーが集まったところで、瑞希が拳を握り目を閉じて胸に当てる。
「アブソーブ」
ポーズがメチャメチャ決まってる。格好良すぎ。友達の悠斗じゃないけど、これはトップアイドルになるの、間違いない。ほのか先輩みたいに、地下ダンジョンで磨きがかかる。これは予感じゃなくて確信だ。こんな可能性を見せられたら、協力しないわけにはいかないじゃないか、と純は知らず知らずのうちに呟いていた。
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