第12話 アイドルアタッカー誕生 その1
お昼ご飯も無事?に終わり、日ノ出高校のエンブレム入りのバトルスーツに身を包んだ純と瑞希は、地下ダンジョンに続くフロンティアの大門前にやってきた。
城壁がアーチ状にくり抜かれ造られた門には、巨大な木製の扉が収まっている。そして、モンスターの侵入を防ぐ腕の太さ程ある鉄格子が、下から放たれている幾つものスポットライトの強烈な光をキラキラ乱反射させていた。左右に立つレンガ石を円筒状に積んで造られた、警戒塔の屋上に監視員の背が見える。実際に使われているからこそできる傷や汚れが、重厚感とリアリティを演出していて、テーマパークのそれとは桁違いだ。
ここには閑散どころか誰もいない。アタッカーは秘匿される存在だから、観光客はここには近づけない。遠くからパシャパシャと写真を撮る音が聞こえるだけだ。
瑞希は扉の前でゆうゆうと両手を広げていた。
「凄いねぇ。過去にタイムスリップしたみたいだよ」
門の幅が広すぎて、端に指先がぜんぜん届いていない。
今日はエレベーターを使って直に目的の階に行くのではなく、1階層の入り口からダンジョンアタックをする。
日ノ出高校、探索部では、ルーキーはまず1階層から攻略を開始して5階層まで到達できたところで、初めて即席培養をやる。それが伝統だった。
即席培養でいきなり力を付けても、ダンジョンの立ち回り方は知らない、チームプレイは出来ない、ゴミ屑アタッカーが出来上がってしまうだけだからだ。
純は左の警戒塔に設置させた監視所の小窓に近づいて、横にあるインターホンを押す。
「こんにちは。日ノ出高校、迷宮探索部です」
ガラス戸がスライドして開くと、白髪でたくさんの皺が刻まれた好々爺な警備員が顔を見せる。
純はアタッカーライセンス証にもなっているダンジョンアプリを提示した。一部を除き電子機器の通信機能が使用不可になるから、表示されている顔写真と実際の顔を交互に見る。
「今市君ここに来るのは、半年振りくらいだね」
「ご無沙汰してます」
この好々爺な警備員は顔見知りだった。純は差し出された申請書に、日付から戻る時間、アタック階層など必要事項を記入していく。
「今年もルーキーのサポートかい」
「はい。任せられてしまいました」
「白石君を、たったの半年で一人前のアタッカーに育てたんだから、任されるのは当然だよ。だけど、日ノ出高校のルーキーは、今年も愉快な子だね」
純が振り返れば、瑞希が門扉に自身の影を映して、不思議なダンスを踊って遊んでいる。何やってるんだよと、ボヤキながら呼ぶ。
「おーい、瑞希。遊んでんな。もう時間んなだから」
こっちを向いて手を振ってくる。
「なーにー?」
またその影の動きが面白いのか、両手を振ったりと段々とおかしな動きになっていく。
「アタックの前に、手続きがあるって話したでしょ」
「あー」
ようやく思い出してくれたみたいだ。才能がある人間は変わったことする人多いけど、完全にそのタイプである。
小走りにやってきた瑞希に、純はボールペンを渡す。
「今回は名前だけ書いて」
「その前にお嬢さん、ライセンス証を見せてくれるかな」
好々爺な警備員が、穏やかな声で口を挟む。
瑞希が女子らしい赤いカラーのスマホを取り出して、アプリを起動させた。
「塩坂瑞希君か。さっきからどこかで見たことあるなと思ってたけど、テレビに出ているアイドルの?」
「はい。塩坂瑞希です。応援よろしくお願いします」
自分のことを知っていてくれたのが、よほど嬉しかったのか、太陽みたいな笑みを作る。
「孫がファンなんだよ。色紙用意しておくから、帰りにサイン貰えるかい」
ちゃんと無事に帰ってくるんだよ、という警備員さんの遠回しな励ましだ。
「もちろんです」
「ありがとう。アタック、気をつけて行くんだよ」
「頑張ります」
瑞希が元気よく返事をしてから、サインをする。
「今市君も、サポート大変だけど頑張るんだよ」
「仲間は必ず助けるっていうのが、俺の信条です。それに、1階層で怪我をさせるほうが難しいですよ?」
「それもそうだね。だけど油断は駄目だよ。変異種が出たんだろ?」
「慢心はしたって、油断はしませんから」
10年の戦闘経験と苦い失敗は体にまで染み付いているから、絶対的な自信を持って答えた。
「相変わらずだねぇ」
ほのか先輩の時も同じ答えをしているから、好々爺な警備員は苦笑いする。
瑞希の丸っこい文字で名前を書いた書類を提出して、いよいよダンジョンアタックに出発だ。
再び門扉の前に立つ純と瑞希。
「ねぇ、どうやってダンジョンに行くの?」
「目の前の門からだけど」
「通用門みたいなのがあると思ってた。だけど、こんなのどうやって開けるの?ダンジョンって、機械使えないんでしょ」
「あれでだよ」
純が指差す先には、金属の鎖が繋がれたハンドルがあった。
「まさかの人力!」
瑞希は興味津々らしく素早く移動して、両手にツバは吐いてはないけど、そのくらい気合をいれて両手でハンドルを握る。
「うりゃぁああああああ」
女子の恥じらいもない奇声をあげて、踏ん張っているけど、足が滑るばっかりでハンドルは微動だにしていない。
気合うんぬんの前に、力が100分の99くらい足りていないのに気がついて欲しい。
純が側に寄ると、瑞希が力の入れすぎで赤くなった顔を向けてくる。
「先輩、どのくらいで回せるようになったの?」
回せない心配ではなく、何時回せるようになったのかが気になっているみたいだ。だけど本当のことは言えないから、アタッカーの平均値で答えておく。
「えーと、5階層に行けるようになった頃だったかな」
「私も出来るようになるんだよね」
「なるけど、同じ時期かは分かんない」
「どうして?」
どうしてって、アタッカー適正があると分かって時点で講習受けたでしょ。講習を。
「基礎体力以外にも、エナジーの吸収率で、力の付き方に差ができるのは勉強しただろ?」
「そんな講義を受けた気もするなぁ」
真面目に聞いてなかったんだなと、誤魔化す瑞希に純はため息をつく。
「なっ何よ。私は本番で実力を発揮するタイプなの」
うん。よくサボる人の使う定番の言い訳だ。深くは追求しないけど、きっと勉強が嫌いなのだろう。学校のテストで、赤点を取らないことを祈る。特権で卒業はできるけど、その権利を行使することを五十嵐部長が許可してくれない。去年、学生の本文は勉強と口が酸っぱくなるほど言われた。
「まぁいいけどさ、知らないことを知ったかぶりはするなよ。ここじゃ命に関わるから」
最後だけはことさら真剣に言えば、瑞希もそれを感じとってくれたのかこっちを向いて真面目に頷いてくれた。
「わかった」
「さっきエナジーの吸収率で変わるって言ったけど、吸収率は個人情報で公開されていないでしょ?俺、瑞希がどのくらいのレベルにあるのか知らないから、答えられないんだよ」
「それなら大丈夫かも」
瑞希の声が途端に弾む。
「判定、良かったんだ」
「うん。国内でトップ5に入るって」
「凄いじゃん。瑞希は近接系じゃなけど、エナジーの吸収率が高いなら、保有量が増えて活性化ができるようになれば、意外と早く達成できるかもよ」
「やった」
こんなことでもモチベーションが上がるなら良いことだ。
「じゃぁ、さっさと開けちゃうか」
純は腰を屈めながら瑞希の横に並んで、ハンドルの隅を掴んだ。エナジーを活性化させて、ふんと少し力を入れれば回りだす。
鎖がジャラジャラと巻き上げられ、門と鉄格子がせり上がっていく。
「こういう外じゃあり得ない事が、やっぱり力の差を一番感じさせてくれるよね」
「分かる分かる。そうだ、この間ダンジョンで会った遠野さん、覚えてる?」
「うん。ムキムキの人」
「腕相撲すると、俺、瞬殺されちゃうんだぜ」
「うそっ!」
瑞希が驚きの声を上げるのと同時に、門が留め具にぶガツンと派手にぶつかった。
「ほんと、ほんと。きっとあの人パワー系のモンスターばっか倒してるよ」
「あー、そういうのもあるのかぁ」
「どういう方向で能力を伸ばすかは相談にはのるけど、ちゃんと自分で考えておけよ」
と締めくくって純は立ち上がり、くり抜かれた城門の通路を外に向かって歩く。
瑞希も横に並ぶ。
「私も早く、特撮ヒーローみたいになりたいなぁ」
「どういうこと?」
「だって普通の人は、あんなに重い門は持ち上げられないし、早くも走れないし、モンスターとも戦わないじゃん?」
まぁ確かに、特撮ヒーローみたいなことをしているっていえばしているけど、揶揄がおかしくないか。まさか…。
「瑞希って、ヒーローオタクだったっけ?」
拾は知らなかっただけで、実はオタク仲間なのかと期待の目を向ける。
「ないない。オタクとかない。先輩と同じとかない。私は残念美女とか言われたくない」
「自分で美女言うな」
「容姿が悪いと思ってたら、アイドルなんてやってないって。アイドルやってる子なんて、みんな自分のこと可愛いと思ってるはず。純ちゃんもイケメンだしアイドルデビューしてみる?」
冗談ぽく尋ねてくるけど、純はすぐに小刻みの首を振って答える。
「歌って踊って決めポーズとか、恥ずかしくて無理」
「大好きな声優さんに合えるよ」
「それは、すげー魅力的だな。やらないけど」
瑞希はカラカラ笑う。
「特撮ヒーローみたいな動きができたら、それだけで仕事がくるもん」
「アイドルっていう仕事大好きなんだな」
「うん。命かけてる」
瑞希の決意を感じる。
話しはそこまでだった。突き当りまでやってきたからだ。
純が隅にある長いレバーを倒せば、正面の壁がゆっくりと向こう側に倒れていく。
それは段々と加速し、ついには地面に激突した。
壁は跳ね橋だったのだ。
先が見通せる程度の暗がりで、洞窟がずっと続いている。
流れてくる風は少しカビ臭い。
純は瑞希に顔を向ける。
「瑞希のダンジョンアタックデビュー戦、頑張ろう」
「こんな緊張するの、初めて舞台に立った時振り」
口で言ってるほど緊張している風には見えない瑞希が、リュックからメイン武器の弓を取り出していた。
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