第6話 新入部員もアイドル
なんだろうとスマホを取り出すと、Vサインしてニッコリ笑う先輩のサムネイルが表示されていた。すぐに着信をタッチする。
「ハロー、ほのか先輩」
「ハロー、純君」
返ってきたのはロリボイス。ハンバーガーショップで拓哉達との話しにでていた、トップアイドル白石ほのかだ。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「今ね、ダンジョンにいるの」
「え、え、え、今日って部活ありましたっけ?」
純はまさか、忘れていたのかと焦る。例え故意ではなくても、サボったなんてことになれば、両手に水の入ったバケツを持たされて職員しつ前の廊下に立たされる。しかも、サボりの罰を受けています、と書かれたプラカードを付けてだ。学校中の良い笑いもである。その後に廊下の雑巾がけというオマケまでついている。ここはもう平身低頭謝るしかない。
「すみませんでした!」
「・・・どうしたの?純君」
どこか戸惑った声だ。しかし、詮索などしてやぶ蛇にはなりたくない。見えていないのにスマホを前に置いて、自分でも惚れ惚れしてしまうほどの土下座をする。額が地面にベッタリとつくほどのだ。どうしてか、部の女子に頭が上がらない。
「無断でさぼちゃったから。俺、スマホの連絡見落としたみたいで、すみませんでした!」
「連絡はしてないよ?」
「・・・どゆこと?」
純は顔を上げて額に付いた土を払うのも忘れて放心する。
「新入部員がね、どうしてもダンジョンを初体験したいっていうから」
「もしかして、突発イベント?」
「やだぁ、初体験だって」
自分で言っておいて照れるほのか先輩。両頬を押さえているのが目に浮かぶ。だけど、この話に乗っかってはならない。後で揚げ足を取られて、からかわれるのは誰なのか。分かりきった話しである。
「部のダンジョンアタックじゃないってこと?」
「もう純君、付き合い悪いんだから。もしかしなくても、そうだよ」
しっかり聞いてるんなら、ちゃんと答えてくれよと、もちろん純は口に出さないで呟く。
「俺、謝る必要なかった?」
「うん。急に謝りだすから、またほのかの悪口言ってたのかと思ちゃった」
「またって、俺にそんな前科ないからっ!」
悪口なんて言ったことない。誓ってない。純の声は悲鳴に近くなっていた。ここでは誰も聞いていないから良いけど、学校でもし同じセリフを言われたら、アイドルオタクに闇討ちされる。
「前に私のこと、ほのかちゃんって呼んだでしょ」
「それは悪口じゃないって」
「後輩にまで子供扱いされた私の悲しみ分かる?」
「一時間、説教されたし」
「ん?そうだっけ?」
純はもう忘れてるのかよ、と脳内で突っ込みをいれて、これ以上はらちがあかないと話題を戻す。
「どうして急に連絡を?」
ほのか先輩の実力なら、1階層、2階層の洞窟エリアなら鼻歌混じりのお散歩と同じレベル。ダンジョンアタックに不安などない。心配なのは、極度の方向音痴というところだけ。そんな事を言えば、拗ねるのが目に見えているから、もちろん素知らぬ振りだ。
「コラッ、無駄話をしている場合じゃない」
この叱る声は、部長の五十嵐文緒先輩。
「あっ、そうだった。呑気に話してる場合じゃなかった。純君が悪いだからね。反省してよ」
「俺のせいかよ!」
「今どこ?」
相変わらずのマイペースっぷり。
「5階層のフィルモアの花畑。ちょうど帰るとこ」
自分に非がないと分かってから、背丈の高さもある太い茎をかき分けて帰路についてる。
「部の在庫が無くなりそうだから、わたしも採集しなきゃって思ってたの。純君さすがだね」
「ほのか、また脱線してる。もういいから貸しなさい」
五十嵐部長の叱責する声が大きくて、純はスマホを耳から遠ざけた。
「うちの新入部員が、5階層に飛ばされてしまったの」
きっとアプリのパーティーモードで確認しているのだろう。同じ階にいないと詳しい位置までは分からないのがちょっと使えないところだ。
「1人で5階層?!ヤバイじゃん」
「近くに渋高のチームがいたんだけど。そのチームのルーキーがトラップを踏んでしまって、それに巻き込まれた形でね」
渋校とは渋谷学院高等学校のことで探索部のある高校だ。
「探すのは、2人?」
「うちの部員だけ。もう1人は3階層。そっちは別のチームに依頼したから」
「オッケー」
純はお気軽に返事をするが、状況はあまりにも深刻だ。というかまだ生きてるのか。
「ゴブリンオークのエナジーを吸収してるから、少しは耐えられると思うけど」
「急ぐよ」
花畑の外縁に向けて、純の足が早くなる。
「だけど、おかしいのよね」
「何、どうしたの?」
「巻き込まれたって言ったけど、私にはわざと、しがみついたように見えたのよ」
「トラップに引っかかったのがルーキーなら、たまたまじゃないの。近くにあるものを反射的に掴んじゃったみたいな」
「それならそれで良いのだけど」
高校生が恨みを買い、死を意識する程の嫌がらせをされるなど、あるのだろうか。
「部長の考えすぎじゃ?」
「私には部員を守るっていう責任があるから。考えすぎなくらいが丁度いいの」
五十嵐部長の難しい声を聞きながら、純は西を振り向く。あるのは低い緑の丘だけ。しかし、微かに叫びが聞こえたような気がした。
花畑を出たところで、今度ははっきりと聞こえる。張りのある女子の声。
「私は!まだ死ねない!」
聞こえたというのは語弊がある。エナジーまで込められた女子の叫びが、脳に直に響いたのだ。嘘偽りない必死さが鮮明な想いとなり届いてきた。というか、この声聞き覚えがありすぎるぞ。
エナジーを活性化せて草原を走る。
「部長、新入部員って、塩坂瑞希?」
「そうだけど」
「それ、早く教えて欲しかった。怪我でもさせたら、母さんに殺される」
純の足が加速する。トラップに引っかかって飛ばされたのが幼馴染の塩坂瑞希なら呑気にしている場合ではない。同じ学校だっていうのは知っていたけど、まさかアタッカー適正があったとは。
「知り合いだったの?」
「幼馴染」
「必ず助けなさい」
「純君、無事助けられなかったら説教だからね」
遠くから聞こえてくるほのか先輩の声に、純は肩を竦めてしまう。
「うへ、それだけは勘弁」
「やりたい事!まだ全力でやりきってないの!」
脳に響く瑞希の声に、方角を北に少し修正する。
腰まである緑の起伏を、一直線で5つは越えたがまだ姿は見えない。
突然聞こえる低い威嚇の唸り。
ウェアウルフだ。いわゆる狼男。
軌跡が4つ、純に向かってきている。
「エア・バレット、トリプル」
右手で魔法を、左手は腰のナイフを抜く。
姿が見えないから四足の獸形態だ。まるで魚雷のように追尾してくる。
しかし、純は気にも留めない。
「負けるもんか!」
苦しげな瑞希の叫び。
「ショット」
圧縮された3つの大気の弾丸が、狼の頭部を抉る。
同時に鋭く投げた左手のナイフは、正面から飛び出してきたウェアウルフの胸に突き刺さっていた。
純はエナジーと変わる前に走り抜けていく。
「いやー!誰かー!」
叫びが悲鳴へと変わる。
ついにその声が、脳にではなく耳に届いた。
直ぐそこだ。
そこへまたしてもモンスター。
次はポイズンドッグの群れだ。長い犬歯を醜悪な唇からはみだす、ドーベルマンに似た容姿を持っている。厄介なのが、牙と爪に毒を持っていること。掠っただけでも致命傷になりかねない。逆にいえばそれだけなので、それさえ注意していればどうということのないモンスターといえる。
それにしても、急にモンスターとの遭遇率が上がった。部長のわざとと言ったセリフが脳裏をよぎる。だけどさっきの悲鳴からして、原因を考る時も倒している暇もない。
「お前ら、邪魔すんな!スモールエア・バレット、マルチ」
頭上にピンポン玉サイズの大気の弾丸を無数に作り出してから、姿がぶれるほど加速した。
ポイズンドッグが純を追い出す。
速い。
少しづつ距離がつまるが、狙い通り最短を走ってくる群れが収れんしていく。
「ショット」
狙いもつけずに、弾幕よろしくばら撒いた。とりあえず追いつかれなければいい。
丘と丘の合間で、ウェアウルフに追いかけられる人影を見つけた。
何とか間に合いそうだと安堵した矢先、人影の足がもつれた。
悲鳴を上げて前のめりに転がる。
「あっ、やば」
純は慌ててリュックから愛用のロングソードを抜き、エナジーを流し込んで投擲した。
宙を踊り飛びかかるウェアウルフを貫く、が、肩だ。致命傷ではない。だから、起き上がる前に距離をつめ蹴り飛ばした。
ウェアウルフはエナジーに変わり消える。
純は刺さったロングソードを抜きつつ、右に左に視線を走らせた。
至る方向からモンスターが寄ってくる気配があるがまだ遠い。
「よう、瑞希。大丈夫か?」
声をかけると、倒れたままポニーテールを揺らして顔だけを向ける瑞希。すぐにその表情が驚愕に染まる。
「えっ、何で、純ちゃんがこんなとこにいるの?あれ、夢でも見てるのかな」
「そんなの俺がアタッカーだからに決まってるじゃん」
会うはずのない人間に出会ってアタフタしているのがおかしくて、純はプッと笑ってしまう。
「ほんとうに、ほんとうに、純ちゃんなの?」
「瑞希の幼馴染の純だよ。起き上がれるか?」
瑞希がバッと起き上がり、純の胸に顔を押し付けるように抱きついてくる。
「怖かったよぉ」
勝ち気な瑞希が涙声になっている。初めてのダンジョンで右も左も分からないまま、先輩の後について行くだけのはずが、訳も分からないままトラップにかかり1人飛ばされた。それから連絡も取れず、1人でモンスター襲われても生き残るために歯を食いしばって逃げていたに違いない。そこに知ってる顔が急に現れたら、感情が決壊してしまうのも仕方のないことだ。
純はロングソードを地面に突き刺して、瑞希の背にゆっくりと手を回して擦って上げる。
とりあえず迫ってくるモンスターもまだ遠いから、少しなら問題ない。
1分も経たないうちに、純の背を掴んでいた手が緩む
「純ちゃん。ありがと。もう大丈夫そう」
「1人で良く頑張ったな」
純も背に回した手を緩めると、瑞希の体がぐらりと揺れた。
「どうした?!」
慌てて力を入れ直す。
瑞希の頭が、心許なくユラユラ揺れている。
「何か、ボーっとする」
「まさか、犬に噛まれた?」
「噛まれてはいないけど、引っ掻かれたかも」
瑞希が震える人差し指で、左の二の腕の下側を指す。
バトルスーツが裂けていた。
ちょうど見ずらい位置で気が付かなかった。
そこから見える皮膚が赤くなっている。
純は瑞希の肩を掴み、顔が見える位置まで体を引き離すと、薄桃色の唇がいつの間にか青紫に変色していた。すぐに場に座らせて、リュックに手を入れる。
「その傷、何時頃?」
「んー、15分くらい前?」
自信なさそうに言う声が弱々しくなってきていた。ヤバイ急激に毒が回っている。
純も屈んで、解毒剤を取り出した。
「とりあえず、これ飲んで」
「うん」
瓶の中の液体は紫の怪しげな色をしているというのに、瑞希は疑いもなく頷いてくれる。
純は瓶を口に当ててゆっくり傾ければ、瑞希は手を添えて喉を上下させた。
「まっず」
わかる。同じだった。エナジードリンクは炭酸フルーツ味で美味しいのに、解毒剤は青汁みたいに青臭くてもう二度と飲みたくなくなる味なのだ。でも、これで一安心。じきに良くなる。ドリンク類は即効性の物が多くて助かる。
それを見て純もやっと安堵の息を吐く。
不意に見開かれる瑞希の目。
「心配すなって」
純は瓶から手を離して、突き刺さるロングソードを握り、背後に振り上げた。
金属と金属がぶつかる甲高い音。
くるりと身を翻して草原に着地したのは、体長5メートルはあるセイバーウルフだ。名前の通り剣のような長い牙を2本持つ階層ボス。
それが何だというのだ。今はそれどころじゃない。瑞希が心配で仕方ない。意識不明でぶっ倒れでもされたら、俺が物理的に母さんに殺される。それだけじゃない、探索部を守ることに使命を燃やしている五十嵐部長にもだ。ほのか先輩なんて、ニッコリと笑みを浮かべて、純君なら助けられて当然よね、と当たり前のように言う人だ。お小言のフルコースとか想像もしたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます