第5話 エナジーを吸収するモンスター

 ダニーはすかさず後ろに飛び退いて距離をとった。

 フレイムリザードはグリーンモンキーの集団を、鋭い爪を持つ腕の一振りで消し去っていく。そして、最後の1匹を倒したところで雄叫びをあげた。

 純はマデリンの手を取り、強引に立たせてダニーの側に寄る。


「何がどうなってるんだ?」

「さぁ」


 モンスターの仲間割れなんて初めて見た。

 更に予想外のことが起こる。フレイムリザードがエナジーを吸収し始めたのだ。

 眼の前で置きているあり得ない事象に、2人してあんぐりと口を開け呆然とする。こんなの国際ダンジョン攻略機関の会員専用ホームページにも掲載されていない。

 全てを終えたフレイムリザードは、首をグルリと回して純に視線を合わせてきた。その縦に割れた瞳は、どこまでも挑戦的だ。

 純も闘争心を宿した瞳で睨み返す。


「次に勝つのは俺だ」


 フレイムリザードは気に食わないのか盛大に鼻を鳴らした。まるで人語を理解しているかのような仕草だ。

 その仕草に驚く純をよそに、踵を返してのっそのっそと離れていく。すっかり戦意を失せてしまったことがバレているのか、悠然と緑の中に消えていく紅蓮の背。


「なぁ、あのフレイムリザード、俺達みたいに強くなんのかな?」


 素朴な疑問を呟くと、聞こたのかダニーが縁起でもないとばかりにブルリと身体を震わせた。


「もしそうだとしら、悪夢以外の何物でもないぜ。力を得られるのは、俺達だけの特権じゃなかったのかよ」

「今までがそうだった、っていうだけでしょ。こんな非現実的な空間で、俺達だけが優遇されるなんて、勝手な思い込みだったってこと」


 純が頭上を仰げば、茂る大木の緑が破壊されて出来た穴から、抉れた岩の天井が見える。これはフレイムリザードの放った魔法の結果だ。魔法という空想でしかなかった力。そして、この熱帯のジャングルがある所在地。ブラジルでなく大都市東京の中心地、新宿区にある都庁の地下であるということ。このダンジョンは、神様か何か知らないが、欲望むき出しの戦う姿が見たくて作ったはずだ。じゃなければ、こんなモンスターがいてアイテムをドロップするフィールドなんて用意したりしない。

 今までは人があまりのも不利だったから、モンスターに肩入れしなかっただけ。人が力をつけてきたこれからは違う。そんな予感がする。強敵が現れるってことは、取り戻したいものがある純にとって、望む展開でもあった。

 思考の海から、ダニーの長い長いため息によって現実に引き戻される。


「どうした?」

「国だけじゃなくて、機関にも報告書上げなくちゃなと思って。考えれば考えるほど憂鬱だぜ」

「書類は面倒だよなぁ。ちょっとミスがあると書き直しだし、俺も嫌い」

「報告書だけなら、まだいいんだよ。今回はまず間違いなく国連の調査が入るから、缶詰で取り調べだよ。こりゃぁ騒ぎになるぞ。頭いてー」

「でもさ、ワクワクしちゃうよな。さっきのフレイムリザード倒せば、たくさんエナジーを吸収できるし」

「死んだらそれまでなんだ。俺はワクワクなんて出来ねーよ」

「そう?どんなアイテムをドロップするのかとか、考えるだけですげー楽しくなってくる」


 純が肉食獣の如く口角を釣り上げれば、ダニーが呆れながら笑っている。


「俺を巻き込まない程度に頑張ってくれ。バトルジャンキー」

「何言ってんの。強くなろうぜ、一緒に」

「あぁ、そうだった。目標はワールドチャンピオンだっけ?」

「おう」

「そんな制度ないけどな」

「良いんだよ。モチベーションのための気分なんだから」

「しっかし、やべーな。これからうちのチームは、アタックがきつくなるぞ」

「俺をヘルプで呼んでくれれば問題なし」

「そん時は、友情価格で頼むぜ」

「ダニーならしょうがないな」

「さて、そろそろ戻るか」


 純は頷いてから、広げた右手を上に掲げた。これを忘れるわけにはいかない。ヘルプにきた意味が無くなってしまう。


「アセンブル」


 このジャングルで倒したモンスターのエナジーが、集まってきて1つの塊になる。

 ダニーも右手を空に向けた。

 純はそれを鷲掴み、心臓の辺りを叩く。


「アブソーブ」


 エナジーが浸透すると、カッと熱を帯びた。これで倒したモンスターの力は純のものとなる。


「お前ら、ドロップアイテムの回収だ」


 尻もちをついたままのマデリンがヨロヨロと立ち上がり、他のルーキーは散らばっていく。フレイムリザードに強さの違いを見せつけられて、さっきまでの勢いは無くなっていた。頭を垂れて、ドロップアイテム猿の牙を拾い集めている。

 今回は無かったが、強化種グリーンモンキーのレアドロップ品、赤のたてがみはオークションにかけられるほどの逸品だ。紅い光沢のある糸は、防刃にも優れ拳銃すら弾く。スーツの裏地にも使えるから、ダンジョンの外での要人達に需要が高い。最も、純が装備しているフォレストスパイダーのバトルスーツのほうがレア度は上だ。

 全ての作業が終わると、ダニーが純の側にやって来る。


「先頭、頼むぜ」

「任せておけって。でも多分だけど、今日のエンカウントはもうないよ」


 純はフレイムリザードが消えた木々の合間に視線を向けた。ここだけじゃない、もっとずっとずっと前から闘い磨き続けた勘がそう囁いている。


「純が言うんじゃ、そうなのかもな」


 純を先頭にルーキー達が続き、最後尾をダニーが固めて歩き始めた。道中はモンスターに襲撃されることもなく1時間ほどでジャングルを抜けて、エレベーターのある岩壁まで戻ってきた。

 異質なプラスチックのボタンがすぐに目につく。上矢印を押せば、岩壁の一部が長方形に観音開きした。

 真っ先にマデリンが純を押しのけて乗り込むと、人工物の壁に背を預けてペタリと座った。


「早く閉めてっ!また襲われたらどうするの」

「ださっ」


 純の口から思わず出てしまったセリフ。情けない姿を晒しても、変わらない高圧的な態度が滑稽すぎて、クスクス笑いがこみ上げてきた。

 憎々しげな顔で睨んでくるが、迫力がなさすぎて怖くもない。


「どういう意味よ」

「偉そうにすんなら、強くなってからやってくれってこと。美人が台無し」

「ふん」


 マデリンは鼻を鳴らして、ソッポを向くだけ。


「2、3ヶ月もすれば、変わるだろうから長い目で見てやってくれよ」


 ダニーが純の肩を叩いてエレベーターに乗る。プライベートでもダニーとは仲良くやってるから、この偉そうなルーキーとも合う機会は増える。頭を抱えたいが、そのうち慣れるだろうと諦めることにした。まぁ、エルフのコスプレしてくれるなら、我慢して頑張っちゃうんだけどな。


「俺、5階層で降りるから」

「ん?」

「モルフィオがもう無いんだよ」


 エナジーを回復させるドリンクの材料だ。


「稼いでるんだから、ドラッグストアで買えよ」

「部員の分もあるから」


 手間がかからなくて純もそのほうが有り難いけど、部のモットーで、学生は学生らしく作れるものは自分たちで、となっているのだから仕方がない。


「あぁ、高校生だってこと忘れてたよ」

「俺、強いからね」

「自分で言うな」


 ダニーが手の甲で、純の胸を叩いてツッコミをいれてきた。

 マデリンは、信じられないと驚いている。

 純は関わりたくないから見ないふりをして、5階層のボタンを押した。

 お馴染みの目眩に襲われた後に電子音が鳴り、お馴染みのダンジョンアタックGOの表示がされると、

 扉が開いた。

 純の視界の先には幾つもの起伏を作る草原が広がる。


「ダニー、美味いラーメン屋みつけたから今度行こうぜ」


 緑を揺らす爽快な風が吹き付けてくる大地に足を踏み出した。


「いいな」

「来週あたり、放課後連絡するよ。じゃあな」

「期待して待ってる」


 閉まる扉の向こうに消えるダニーに、純は親指を立てた。


「そうだ。ヘルプの請求書回しとくから、よろしく」

「ふっかけた金額で構わないからな」


 いつものダニーらしい返事だ。

 純はフィルモアが咲くエリアに向けて移動する。丘を登り下り、3つ目の丘の頂きで足を止めた。目を細めるほど強烈な風がどこからか吹きつけてきる。

 時間はもう夕方。

 岩天井の発光する色が、まるで夕日のようにオレンジ色に変色していた。

 ここまでアタッカーにも、モンスターにも遭遇していない。5階層はモンスターが弱く、難病の薬剤になる植物が数多く採集できるから、結構な数のアタッカーがチャレンジしているはずなのに珍しいこともあるもんだ。

 2つ先の裾野にフィルモアが群生している。まるで花畑かというほど密集し、絵の具をぶちまけたように浮き出て、幻想的な風景を作り出していた。

 純は腕を高く伸ばして、大きく1つ深呼吸する。別に意味はないが、この景色を見てたらどうしてもしたくなった。モンスターがいなければ、寝転がってこの大自然をいつまでも見つめていたいが、そうもいかないから坂を下る。

 足首までだった緑は、膝、腰と高さを変えていく。フィルモアの群生地にやってくる頃には胸の高さになっていた。

 目線より高い赤に白にピンク、そして黄色の花びらの中に入ってからは、視線を下に向けて歩いている。

 探しているのは、落ちている花びら。エナジードリンクの材料は種だから、散っているフィルモアを探さなければならない。

 当たりをつけないでどんどん奥に進む。


「みつけた」


 紫の花が咲く茎をかきわけ先に、色彩豊かな絨毯があった。茎の先には乾いた頭首があり、その中にビーズみたいな極小の種がギッシリ詰まっているはずだ。

 腰のナイフを抜いて、茎を切ってはリュックに放り入れる。ライバルがいないから取り放題だ。

 単純作業は嫌いじゃない。

 黙々と没頭していていたら、いつの間にか手元が見え辛くなってきていた。もう十分な量が集まったしそろそろ帰るかと、凝った肩をグルグル回していると、腰が震えた。スマホだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る