永夜の祭

立見

狂った夜と青い金魚

 

 兄は、青い金魚を欲しがった。赤や金、白の入り混じった金魚がほとんどの中で、瑠璃で造られたような美しいのが一匹。

 金魚屋は云う。

――其れは“さだめ狂い”ですよ。お客さん、よしときな。不吉な金魚、祟り神の化身なんて呼ばれてた。


 兄は忠告を聞かずに其れを手に入れた。お前にも持たせてやると言って、機嫌よくこちらに金魚の入った水袋を寄こす。正直、自分も内心ではひどく羨ましかったので、嬉しくなった。慎重に受け取り、祭りの灯に透かすようにして眺める。橙や白ぼけた明かりの中で泳ぐ金魚はやはり綺麗だった。


――好きなだけ持ってていいぞ、俺とお前のだからな。

 

 兄の、こういう独り占めをしないところは好きだ。はじめに見つけて欲しがったのも、実際に金魚を掬って手に入れたのも兄だが、こうして二人のものだと言ってくれる。気分がはしゃいで、じゃあ明日は金魚鉢を買いに行こう、と持ちかけた。兄も頷いて、餌や水草もなと楽しげに計画を立てて歩く。


 流れるような笛の音色に、シャンシャンと鈴の音がまぶされる。遠くの人の群れが不意に沸いた。見れば、人々の頭からぽんと突き出した山車がゆっくりと近づいてくる。

 行くぞ、と兄がそちらへ向かって駆け出した。ぎっしりとした密度の群衆に隙間を見つけ、器用にすり抜けていく。普段のように追いかけようとして、手元の金魚を思い出した。あまり走っては金魚の入った袋を揺らしてしまう。一瞬迷ったうち、兄の姿はすぐに人の間に呑みこまれていく。


――兄ちゃんっ。


 焦って呼ぶ声はあっけなく喧騒に消えた。もう兄の背は見えない。立ち往生しかけたが、山車はこちらに近づいてくるのだからそのうち兄も戻ってくるだろうも見当をつけ、ゆっくりと歩き始める。兄だって背後に自分がついて来てないことに気づくはずだ。きっと。多分。


 歩きながら、もう一度目の前に金魚を掲げてみた。後ろに写り込む風景は目まぐるしく変わるのに、中の金魚だけが悠々とヒレを揺らす。嵌め込んだような黒い眼は何処ともしれないところを見ていた。


 けたたましい鐘の音が次第に大きくなる。気づくと数歩先に山車が来ていた。周囲に倣って脇に逸れる。兄もそろそろ見つかるかと思い、きょろきょろと辺りを見渡した。

 笑う大人、色鮮やかな衣装の袖を振る少女、賑やかに連れ立つ青年ら。

 小柄な少年の姿を、その中に見た気がした。名を呼ぶ。兄は気づかないのか、また埋もれていく。その向こうで今まさに山車が横切るところだった。あれを傍で見たいのだろう。しょうがないな、と慌ててそちらへ向かった。



 






――――ぱしゃん。




 


潰えるような

弾けるような

崩れ去るような音が

確かに、した。



 

 

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永夜の祭 立見 @kdmtch

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