第2話
あの駅での襲撃は序曲に過ぎなかった。
二度目の給油を、僕達は『M08ウクジュニス』っていう旧コミュニティでやった。M08ウクジュニスもG19アスカサと同じで地下鉄の駅をコミュニティにした集落なんだけど、なぜ『旧』が付いているのかというと、
幸いにも燃料は簡単に見つかった。なので、燃料の補給そのものは簡単に終わった。じゃあなんで冒頭で『序曲に過ぎなかった』って言ったのかって?
「嘘だろ!?」
思わず声が出ちゃったよ。だけど、ビビるわけにはいかない。僕はスロットルを捻り、全速全開で突撃! ヘッドライトに照らされた先頭を、思いっきり轢き飛ばしてやった。途中、車体がガタンとなったのは、たぶん倒れた後続の腕か脚をトロッコでグシャッとやったから。
前方と隣の路線から、他の奴らも次々に襲い掛かってくる。運転で両手の塞がった僕の代わりに、後部座席のジョーが立ち上がり自動小銃をぶっ放す。
「落ちないでよ、ジョー!」
「ユーこそ、運転に集中なさい!」
銃声が線路に轟く度、僕達に近づこうとする
ジョーの狙撃は昔から凄かった。銃のカスタムからして僕のと違う。銃身を長くし、銃床を大型化し、高精度の照準器を機関部の上に乗っけた特化仕様。そこに暗視機能とかあるデバイスの性能やジョーの素質が加わる。となれば、ジョーに狙われた獲物は逃げられない。
爆走するトロッコのライトが、こちらに迫り来る
「ユー! とにかく止まっちゃ駄目ですわ。わたくし、全てを打ち抜いているわけじゃないですからね!?」
ジョーの言ってる意味は分かる。ジョーの狙撃技術に対して、敵の数が多すぎる。ジョーの凄さすら押しつぶしちゃうほど、向こうがヤバすぎるんだ。
次の瞬間、一体の
両手でハンドルを握っていたから僕は対応が遅れた。
服だけやられた事実に頭が追い付かなくて、僕は少し頭が真っ白になっていた。その僅かな時間の間、
それに気づいた途端、僕は血の気がさあっと引くどころか、耳の先まで血が上っていくのを感じた。なんだこれ。知らない人間に裸を見られたときだって、こんな感情にはならなかった。自分の踏み入れられたくない領域に土足で入り込まれたような不快感に、僕は冷静さを失った。
「見るなああああ!」
真横から思いっきりぶん殴った。トロッコのフレームに仕込んだ僕のトマホークで。
頭部をぐしゃりと砕かれて、そいつはやっとトロッコから落ちた。
化け物に胸を見られて気が動転していた僕に正気を取り戻してくれたのは、ジョーの声だった。
「ユー! 向こうを見て! あれ、地上ではないかしら?」
ジョーの言う通りだった。線路の続く先から光が漏れている。
「ホントだ! ジョー! じゃあ、一気に外へ……あれ?」
ここで僕はハンドルを捻っているのに、思ったよりも加速しないことに気が付いた。それどころか、減速してる。
「どうしましたの?」
「やばい、ジョー。トロッコのエンジンがイカれたかもしれない」
「なんですって!?」
原因は心当たりがある。
エンジン音と違う音が遥か背後から轟いてくる。あいつらの唸り声。振り向くと、狭い路線を埋め尽くさんばかりの群れが、まるで濁流みたいに迫っていた。僕の耳がまたぞわぞわしてくる。
ハンドルを捻る。エンジンの音は弱い。もっと捻る。スピードは――出ない。もっと捻る。スピード……じゃなくて煙が出て来る。なんだよこのオンボロ! 出口は目と鼻の先なのに、ここで更に減速とか勘弁してくれよ。
嫌な唸り声をすぐ隣で聞いた。
その時、狙撃担当のジョーが僕の背中にしがみついた。
「最後の手段ですわ。身を縮めるんですのよ」
「え? どういう――?」
ジョーの意図は、突然地下内に轟いた爆音と炎によってすぐに理解した。
もし地下鉄の出入口に人がいたら、きっと驚いただろうな。いきなり火を噴き出したんかと思いきや、ボロボロのトロッコに乗った若い二人が悲鳴と共に飛び出して来たんだから。
地下から脱出したトロッコが宙を舞う。実は、トロッコのレールは地上で途切れていた。昔は地上を出るとすぐ高架の駅に繋がっていたらしいんだけど、今はそれが崩落しちゃって断崖みたいになってたみたい。僕達のトロッコは反対側に運よく着地できたんだけど、追手の
トロッコがひっくり返り、僕達は線路の上に投げ出された。僕達は無事だったけど、おかげでトロッコは完全に使い物にならなくなった。僕達が地下から脱出できたのはこいつのおかげだ。
武器も無事のようだ。よかった。って、ちょっと待ってくれ。僕はジョーの姿を見て驚いた。
「どうしたんだよジョー! スカートどこ行ったの? ストッキングも穴だらけだし……。やっぱりさっきの爆発で?」
「いや、追いかけられてた時に、あいつらから持ってかれましたの。おかげで汚い手で腿を触られて最悪でしたわ。……というか、それでしたらユーこそ一大事ですわよ。思いっきり前が見えちゃってるじゃない。しかも、汚れすぎですわ」
「それは、その、ジョーと同じであいつらに破かれたんだよ。見られてムカついたから斧でぶん殴ってやったけど。て、いいよジョー、落とそうとしなくたって! 僕が自分でやるから! ジョーが触りたいだけでしょ!」
「あ、バレました?」
「バレたじゃないよ! 後で、その脚を触ってやるからなーっ!」
なんてやり取りが出来たのも、まわりに敵の気配がない場所に辿り着けて、ホッとしたからなのかもしれないね。
★★★
最初こそ色々気が動転していたんだけど、ついに僕達は地上に出た。……実は、地上に出たのは今日が生まれて初めてというわけではなくて、小さい頃から大人達の目を盗んでは外に顔を出していた。どこまでも果てしない空と太陽の光がたまらなく気持ちよかった。あれがまた拝めるんだなって思うと気持ちが高まるんだけど、悲しいかな、陽は既に沈みかけていて、僕達は寝る場所を探さなきゃならなかった。
寝る場所はすぐに見つかった。僕達が到着した高架駅もまた『C20エサヤ=アティク』と呼ばれる旧コミュニティだったようだ。中はもぬけの殻だったが、地上の建物をまるまる城塞化させた施設のようで、出入口は頑丈な上に弾薬などの物資もそこそこ残っていた。一晩くらいなら、ここにいても安全かもしれない。
流石に服は着替えた。肌を出して外に出ると危険だと大人達から口酸っぱく言われてたけど、今なら理解できる。あいつらの前ではむやみに肌を出したくない。こっちの気分的な意味で。
と、他に気になる物資をジョーが見付けて持ってきた。恐らく、旧時代のポスター。地下ではまずお目に掛かれないピカピカの車の手前に、二人の人間が立っている写真なんだけど……ん? 僕は眉を顰めた。
「ねえジョー、この人の隣に立っているのって、何?」
僕が指差したのは、人間の肩を組んで笑んで立っているもう片方の人間だ。いや、人間だと思うんだけど、身体の造りが僕達とえらく違う。上半身が露になっているんだけど、僕達のようにふくよかじゃないし、どちらかというとごつごつとした筋肉が酷く隆起しているような感じになっている。
「さあ、分かりませんわ。ですけど、その人間っぽいのを見ていると、何かちょっと胸騒ぎが致しません? さっきまで私達も見たことがあるような」
ジョーの答えを聞いた途端、最初の補給地点での出来事がフラッシュバックした。そういえば、あいつらも似たような見た目をしていたような……。
「嘘だろ!? てことは、もしかして、これ
「この世界が崩壊する前、人間もまた二種類に分かれていたと教官が言ってましたわよね。もしかして……」
「この片っぽの何かもまた人間で、それが今の
「私も、確証は持てませんわ」
参った。まさか、この世界の真実を、旧コミュニティに残ってた旧時代の遺産で知ってしまうとは。僕は頭が混乱しちゃったよ。
「ジョー。寝よう。こんな頭がごちゃごちゃした状態のままじゃ、万が一あいつらがやって来た時にどうすることも出来ないよ」
「そうですわね」
★★★
翌日になれば朝陽が拝めるかなって期待してたんだけど、空は朝から鉛のような雲に覆われて、温かな光などこれっぽっちも降り注いで来なかった。まあでもそんなのいつまでもぶー垂れるわけにもいかないので、僕達は出発する。
長く続く高架を僕達は歩き続けた。途中、横転したまま打ち棄てられた地下鉄や物資なども見かけた。トロッコと比べると徒歩の移動はとてつもなく遅い。けど、長距離の徒歩は訓練で慣れっこだ。
駅っぽい施設をいくつか通り過ぎた時、僕達は高架の下から嫌な呻き声を聞いた。割れたコンクリートの隙間から下を覗いた僕達は愕然とした。
「何あれ……!」
おびただしい数の
「ここは黙ってやり過ごしましょう。あいつらは、わたくし達には気付いていないのですから」
「そうだね。あれには関わりたくないし」
蠢く集団を眺めながら、僕達は高架橋を歩く。けど、連中を見ていて僕はふと思った。あいつら、どこへ向かってんだろうね。
しばらく歩いていると、僕達の前に見上げるほどの大きな建物が立ちはだかった。ジョーのデバイスが調べた内容によると、旧時代に『駅ビル』と呼ばれた施設らしい。要は、地上の駅の超巨大版。
「『シボガ』は、あの『駅ビル』とやらを超えた先ですわ。どうやら、この建物の中を通った方が近いみたいですわね」
「そうなの? じゃあ、早速行こう」
僕達は、高架橋から駅ビルの中へと潜入する。電気の通っていない内部は薄暗く、不気味なまでに静かだった。自動小銃を構えながら、僕達は息を潜めて進んでいく。
内部を探索しながら分かったんだけど、ここは大きな商業施設でもあったみたい。変な雑貨屋みたいなのとかあった。文明の名残なんだろうか。といっても、僕の腕やジョーの片面鏡だって、文明が崩壊した後に出来た技術だ。人類の殆どがやられても、何もかもが失われるわけじゃない。
商業区画をしばらく進んでいると、おかしなものを見付けた。『それ』は等身大の人形のように見えるんだけど、実際の人形は目の前にある『それ』のように奇怪な何かが体中から生えているわけでもないし、眉を顰めたくなるような嫌な臭いを放つ胞子とか飛ばしたりはしない。
銃を向けながら、僕達は『それ』に近付いた。割れた天井から降り注ぐ光を浴びて、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出しているんだけど、人体からキノコみたいなのが生えてる時点でろくなもんじゃない。というかもっとヤバいことに、実は僕達は見たことがあるんだ。『それ』の全身から生えてるものを。
「ねえこれ、G19アスカサでも見なかった? ほら、神官の祠に沢山植えてあったあれ」
「確かに、ありましたわね。まさか、外の世界から採取したものだったとは思いませんでしたわ。……ちょっと待ちなさい。わたくし、そこ以外でもこのキノコもどきを見た記憶がございますわ」
「どこで?」
「どこでしょう……確か、タロと遊んでいた時――!」
僕とジョーの会話は、一体の
ここにも
唸り声。暗がりから
撃って対処できる規模じゃないとすぐさま決断。踵を返す。手前からも敵数体。そんなに多くない。足元をフルオートで薙ぎ払う。膝を付いた目の前の奴の顔面を踏ん付けて突っ走る。
どっからでも現れて来やがる。非常階段を上った先で、静止していた
連絡橋に差し掛かる。目の前にまたもや群れが立ちはだかる。邪魔すんな! 二人の掃射で薙ぎ払う。上手く弾幕を避けて近づいてきた奴には銃剣で突き倒し、次に襲い掛かってきた奴はトマホークで頭を叩き割った。
「……っ! 離しなさいっ!」
叫び声がして、僕は振り向いた。俯せから半身を起こした
「ジョー、危ない! ……!?」
だけど、本当に危ないのは僕の方だった。ジョーへと視線を逸らしていたおかげで、死角から忍び寄る生き残りを見落としていた。気づいた時には、すでにそいつの顔が目の前にいた。毛のない醜い顔と臭い吐息、そして尋常でない腕力に圧倒され、僕は仰向けに組み倒された。
口で僕の口を押さえられる。僕を掴んでない方の腕で服を脱がされている感覚がする。その後に、なんか全身をまさぐられている。なんのつもりだ。僕を食らう前に吟味でもしてるつもりか、化け物のくせに! でも、あんたは致命的なミスを一個犯した。僕の義手を自由にさせたままだ。
義手でそいつの肩を掴み、フル稼働――僕から一気に引き離した。自由になったもう片方の腕だけでトマホークを探す。あった。
だがこの時、僕は視線を下に向けて唖然とした。なんだあれ。
トマホークが頭部を直撃し、僕に乗っかった不届き者は事切れた。そいつをどかし、ジョーの支援に回る。
「ジョーに触るなあああ!」
燃え盛る感情のまま、ジョーに群がる敵を排除した。義手で引っぺがし、トマホークで打ん殴り、それでも息の残ってた奴は銃剣と銃弾で永遠に黙らせた。
解放されたジョーは、その場で膝に手を当てて酷く咳き込んだ。僕の憧れだったツヤツヤの長い黒髪は乱れ、乱暴に破かれた服の隙間から肌が露にされている。あまりの酷さに、僕はかける言葉がこれしかなかった。
「大丈夫? 動ける?」
「大丈夫ですわ、ユー。それよりも、助けてくれてありがとう。こんな敵ごときに不覚を取るなんて、わたくしとしたことが」
ジョーは笑んで答えてくれた。でも、ちょっと違う。僕の知るジョーの笑顔は、もっと余裕に満ちていた。
連絡橋を渡った先は、車が山ほど置かれた殺風景な場所だった。けど、そんなのよりも今の僕達にとって喫緊の問題は、駅ビルに潜んでいた奴等が続々とこちらへ迫っていることだ。もうあいつらの相手なんて到底出来ない。だから、僕達は今いる階を降りて外に出――たいんだけど、途中で阻まれた。横転したトラックが道を塞いでいて通れない。
後ろから来る
廃墟と廃車だけが残る地上は、不気味なまでに静かだった。さっきまでの地獄のような慌ただしさなんて嘘だったみたいだ。あいつらに乱された装備を可能な限り直しながら、僕達は『シボガ』へと向かう。
ふと、僕はタロとジロとの思い出を再び思い起こしていた。タロがジロの上に乗った後、何が起きた? そうだ。その後にいいことが起きたんだ。
「子供が、生まれたんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます