RAPE FREAKER ~シボガ伝説~

バチカ

第1話

 タロとジロの間に子供が生まれた。


 家族が増えてとても賑やかになった。


 けど、その後ちょっと分からないことが起きた。横たわってるジロのお腹に子供達が口をくっつける感じで集まっているのに、タロの方には全然集まらない。


 タロとジロはなんとも思ってないみたいだけど、僕はなんだか納得いかなくて休み中の教官に訊いてみた。


「ねえねえ、なんでジロにばかり子供達が集まってるの? これじゃあ、タロが仲間外れにされてるみたいで可哀想」


「それは大丈夫よ、ユー。あれは、ジロがジロとしての役割を果たしているだけなの。タロが仲間外れにされているわけではないわ」


 どういうこと? 僕は首を傾げた。


「いずれ分かるわ。成人の儀でね」


 教官が教えてくれたのは、それだけだった。


 ★★★


「ユー、ぼーっとしてますわよ?」


「ひゃっ!」


 突然、後ろに座ってる相棒のジョーに声をかけられ、僕は正気に戻った。


「わたくし達は今、外の世界にいますのよ? ぼさっとしてたら、たちまち敵にやられて死んでしまいますわ」


「ごめんごめん。タロとジロのことを思い出してただけだよ」


 僕達は今、特製のトロッコに乗っている。列車の車輪とオートバイのフレームを合わせたものをベースに、僕達が扱いやすいよう色々改造したものだ。成人の儀が始まるずっと前から、いつもジョーを乗っけて一緒に遊んでいた僕の宝物でもある。


「もう……成人の儀が終わったらまた好きなだけ会えるんですから、今はそういうのも我慢ですわ」


「そ、そうだね。集中しなきゃ!」


 ジョーに注意された僕は、ハンドルを捻ってトロッコを急加速させた。ディーゼルエンジンの低く唸る音が、コンクリートの冷たい壁で囲まれた通路の向こうまで響き渡る。


 僕達が生まれるずっと昔、この辺りは地下鉄と呼ばれる乗り物が、沢山の人々を乗せて行き来していたらしい。『G19アスカサ』も、かつて地下鉄が停まっていた施設を人々が住めるように増改築させたものだと教官から教わった。


 G19アスカサは、僕達が生まれ育った地だ。地上には恐ろしい化け物がわんさかいて、そいつらから身を守るために人類が身を寄せ合って作ったコミュニティの一つがG19アスカサだ。


 G19アスカサには、ずっと昔から続いてる風習がある。成人の儀――ある年齢まで大きくなった人は、コミュニティの外にある『シボガ』って所まで自分達の力だけで行かなきゃいけない。


 『シボガ』がどんな場所なのかは知らないし、教えてもらえない。だけどそこへ行けば、僕達は成人としてG19アスカサの皆から認めてもらえる。G19アスカサを守る一人前の戦士の仲間入りが出来るんだ。


 教官が言うには、今の僕達が着ている服は、かつて若い人が『学校』という場所へ行くときに着ていたのをベースにデザインされたものらしい。動きやすいし見た目も可愛い。僕はブラウスの上にカーディガンを重ねたのが、ジョーは代わりに紺色のジャケットを羽織ったのがお気に入りだった。


 僕達がG19アスカサを出発してから、しばらく経つ。目の前には、トロッコのライトで照らされた地下の世界がずっと続いている。同じような景観は、G19アスカサにもあった。だから、どこまでも続く地下鉄の風景には、人々の営みとか慌ただしさとか、そういう温かさに満ちたイメージがあった。


 でも、今の僕達を囲っている雰囲気は全然違う。ひたすら冷たく重ったるい不気味な空気が取り巻いていて、どこかで化け物が僕達を狙うべく覗いているような、危険で張り詰めた感じが広がっている。


 だけど――僕は視線を落とした。ハンドルを掴んでいる右腕から、微かに駆動音が聞こえてくる。ふくよかな胸が邪魔で見えないけど、感覚で分かる――ジョーが僕の腰の位置で手を組んでしっかりと身を委ねてくれている。この日のために積み重ねてきた訓練の経験が僕達の中にはある。何が出たって、僕達ならやれるんだ。


 ……とまあ、ちょっと気が緩んだ結果、ふとG19アスカサに残していた二匹を思い出しちゃって、ジョーに注意されたんだよね。


 やがて、成人の儀に挑む僕達の前に最初のトラブルがやってきた。トロッコが動かない。原因はすぐに分かった。


「……ガス欠した」


「本当ですの? 出発した時は満タンでしたのに⁉」


「うーん。こんな長旅は初めてだから……どこかで補給できないかなあ」


 僕が困っていると、ジョーは頭にかけていた片面鏡型のデバイスを目元に降ろして起動させた。眼帯のような黒い物体の表面にて、真っ赤な光が仄かに点滅している。この辺りの情報を取り込んで処理している真っ最中だってのを示している証だ。


「すぐ近くにG19アスカサに似た施設がありますわ。そこのどこかに、燃料の代わりに使えそうなものが置いてあるんじゃないかしら」


「ホントに⁉ じゃあ、早速行こう!」


 というわけで、僕達はトロッコを一旦降り、直接押して目的地に移動した。


 到着した最初の印象は「ジョー、ここ本当にG19アスカサと似た場所なの?」だった。非常用電源と思しき電灯だけが仄かに光るのを除けば真っ暗で、装備品のライトが無ければ何も見えない。一応、ベンチやゴミ箱といったG19アスカサでも見かけるものこそ散らばっていたが、とても同じ施設とは思えなかった。


 僕達はトロッコから装備品と一緒に武器も引っ張り出す。自動小銃。僕の右腕やジョーの片面鏡と同じく、人間社会がこうなっちゃった後でも残っていた技術の賜物であり、成人の儀に挑む前から僕達の手に馴染んだお気に入りだ。レバーを引き、動作に問題が無いことを確かめると、僕達は施設に潜入する。


 辺りは耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。階段を上った僕達は、とりあえず物置っぽい部屋を片っ端から探した。僕達の使っているトロッコはディーゼルエンジンだけど、灯油を入れても走れるように添加剤が入っている。灯油なら、暖房器具には欠かせないものだ。探せば必ず見つかるだろう。


 『駅事務室』と書かれた部屋の奥に倉庫みたいな広い空間があって、灯油はそこにあった。奇跡的にも中身は一杯で、ジョー曰く片面鏡デバイスで内容物を確認したけど灯油で間違いないそうだ。僕達は部屋を後にする。灯油の入ったボトルは重すぎたので、僕が持っている。右の義手の膂力なら、これくらい容易い。


「わたくしが先導いたしますわ。ユーは後ろに着いて来て頂戴」


「了解だよ」


 というわけでトロッコに戻ろうとする僕達なんだけど、また問題が発生した。ホームへ通じる階段を何かが通せんぼしてる。


 見た目は人間に近い。でも、僕達より手足の筋肉はずっと太く、胸も僕やジョーのように丸く膨らんでいるのではなく、ごつごつとしてて分厚い。


 そいつを見た途端、僕とジョーに緊張が走った。あいつらだ。人間社会が壊れちゃったのと同時に、代わりに地上を我が物顔で牛耳っている怪物達! 名前は、G19アスカサの大人達から耳に胼胝が出来るほど聞いている。


「あれ、蹂躙者レイパーじゃない?」


 僕が確認すると、ジョーは無言で首肯する。


「ええ、間違いなく。で、あそこにいるということは、他にも別の蹂躙者レイパーが隠れているかもしれませんわ。奴等は音にも敏感。気付かれる前に、こちらで始末してしまいましょ」


 ジョーの提案に、僕は首を縦に振った。


 僕達はそいつに近付く。ジョーは小銃から逆手に握ったナイフに持ち替え、その後ろを左手に拳銃を持った僕が続く。


 そいつは身体をくの字に折り曲げて、向こうを見ながら唸っていた。さながら、獲物を探す肉食獣のよう。けど、残念。あいつらは僕達には気付いてない。


 一歩ずつ、音を立てずに近付き、そして……


「!!?」


 突然、何者かが僕を背後から襲った。脇の下から突然伸びた手に胸を鷲掴みにされ、僕は仰天した。


 気付かなかった。敵は後ろにもいたんだ。軟体動物のように胸をまさぐられるのがたまらなく気持ち悪くて、僕は振りほどこうと身を何度も捩るんだけど、僕を拘束するそいつの力は強い。なんて腕力だ。離せ。汚くて臭い腕で、僕の身体を触るな!


 やがて、そいつが長い舌を僕の耳の穴に這わせてきた時、僕は耳から脊髄を介して全身に電流が通ったような感覚に陥った。本能が危険を察した。食われるかもって。


 咄嗟に灯油の容れ物を離す。義手で僕の耳を舐める不届き者の頭を掴むと、勢いをつけて上半身を前に倒した。そいつは手前に投げ飛ばされ、仰向けに床へ叩き付けられる。途中、びりって音がしたけど関係ない。そいつの眉間を拳銃の照準越しに睨み付けると、僕は引き金を引いて黙らせた。


「ユー! 無事なんですの!?」


「僕は大丈夫! それよりも後ろ!」


 こっちに振り向いてくれたジョーに僕は叫んだ。向こうを見てたあいつがこっちに気付いたからだ! その蹂躙者レイパーはジョーを襲おうと両手を伸ばしたが、ジョーは振り向き様に直手に持ち替えたナイフをそいつの懐に突き刺した。そいつはだらりと崩れ落ちて、二度と動かなくなった。


 事態はそれだけに収まらなかった。真っ暗な施設のあらゆる方角から、飢えた獣みたいな唸り声が聞こえてきたのだ。デバイスを下ろしたジョーのこめかみから汗が流れている。


「まずいですわ。蹂躙者レイパーの反応がそこら中からしますわ。あいつらどこに隠れていたんですの? 凄まじい勢いでこちらに集まって来てますわ!」


「なんだって!? もしかして、僕が撃っちゃったせい?」


 次の瞬間、叫び声がして、僕達はその方向を見た。沢山の蹂躙者レイパーが、天井からぶら下がってる『改札口』って看板の向こうから殺到してる!


「ユー、原因は何だっていいですわ! とにかく逃げますわよ!」


「うん、そうだね!」


 僕達は走る。容れ物はちゃんと持ってる。階段を駆け下りる背後から、あいつらの唸り声が幾重にも重なって聞こえて来る。


 ホームに降りた。トロッコめがけて走る。と、反対側の車線から気配。棄てられた地下鉄が停まってたんだけど、その窓を突き破って何体かホームに躍り出てきた。あいつらあの中にもいたの!?


 ジョーが小銃で迎え撃ち、その隙に僕がトロッコに到着。手順は分かってる。燃料庫のバルブを開き、容れ物の口を開けて、容れ物を持ち上げて、中身を燃料庫に注ぎ容れて。


 唸り声と銃声。


「入れてますの、ユー!?」


「やってるよ!」


 僕は叫んだ。ジョーが応戦している。ホームに視線を見やると、あの群れが階段を降りて濁流宜しくホームに雪崩れ込んできている。フルオートだけじゃ押し切れない。ジョーが手榴弾を投げた。群れの一部が吹っ飛ぶ。だけど奴等の規模じゃまだ足りない。


 ちょっとこぼれた? 関係ない。注いで注いでもっと早く入らないかな入れ入れ入れ……唸り声が聞こえた。顔を上げると、ジョーの応戦から漏れたやつがこっちに向かってる。近付くな。容れ物を投げた。ちょっと残ってた気がするけど関係ない。あとは、定位置に置いた蓋を付けて捻って閉めて。次に、トロッコに乗って、エンジンかけてかかれかかれかかれ……かかった!


「ジョー! 乗って!」


「待ってましたわ!」


 僕がジョーを見て叫んだ時には、群れはもはや目と鼻の先だった。ジョーは僕の手を掴んでホームからトロッコの座席に飛び乗った。同時にアクセルふかして発進する。


 後部座席でジョーが弾倉を取り換えて弾をぶっ放す。僕も片方の手で拳銃を撃ちながら応戦する。ここまで来て、ホームから降り注いでくる化け物共にやられてたまるか! 


 やがて、あいつらの呻き声が全く聞こえなくなったとき、僕達はやっと胸を撫で下ろした。


 で、ここで僕達は、自身に起きていた異変にやっと気づいた。


「ちょっとユー! あなた服、破れてますわよ! 肌が見えちゃってますわ」


 言われて気付いた。服の前面が破れて、豊かな胸を包む下着が片方見えてしまってる。理由は、心当たりがある。


「さっき、僕の胸を後ろから掴んでたやつを投げた時に破れちゃったんだ。訓練の時から気に入ってたやつなのに! あ、ジョー、気にしないで。そいつは始末は付けてたから。……って、ジョーもヤバいじゃん! 下下!」


 僕が振り向いた時に気付いた。ジョーはスカートの下に黒いストッキングをはいているんだけど、その一部が引き裂かれてしまっている。僕の位置からでも、ジョーの下着が微かに透けているのが見えてしまう。これに気付いたジョーは、思わず顔を真っ赤にした。


「あの群れのせいですわ。さっきトロッコに乗ろうとしたときに裾を掴まれていたのですわね。まあ、脱がされていなかっただけ良しとしますわ」


 僕の服もジョーの服もめちゃくちゃにされて凄くムカついた。けど、僕達にとって重要なのは『シボガ』へ行くことだ。蹂躙者レイパーの殲滅じゃない。僕とジョーが無事なことに意識を集中しなきゃいけない。


 僕はトロッコのハンドルを捻る。『シボガ』まではまだ遠い。

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