第3話「心層って?」


山にぽっかりできた草原。

そこに、少女の鼻歌がこだまする。

魅力的に誘惑的に

優しく甘く


草原の隅。

影になる場所、石碑の横に長くふわっと跳ねのあるクリーム髪を持つ少女が歌う。

長く純白のドレスにも似た衣装を身にまとった彼女は、マシュマロみたいに柔らかそうな素足で座り、歌を奏でる。


眼下にいる、朝陽と優雨と...



帰ってきたんだね、おかえり



数刻前の朝。

雀の囁きが耳をくすぐり、朝陽は目が覚める。

ドアを開き事務所の様子を伺う。

静まり返り、朝日がちらちらっと入り、お祭りの後のような寂しさと秘密基地にいるような、わくわくさが彼女の心をくすぐる。


そろり、そろり...

ゆっくり、忍び足で事務所を見回る。

(昨日、ゆっくり見れなかったし、今日は見よう。)

彼女のプチ探検が始まる。


トントンっと一定のリズムを奏でる水回り。

アイスやジュース、冷たい好きなものを集めた大きな宝箱のような冷蔵庫。

目を回しそうなほど難しい文字が並ぶ紙の山。

ソファーの主でもあるかのように横になる優雨。

彼の夢の深くに落ちているのか揺さぶったり、声をかけても起きはしないかった...。

口から垂れる液体を見ては、少し子供を見ているようだった。


(こうみると...優雨可愛いかも?)


バン

ドアの開閉音が鳴り響く。


「優雨!起きてるか?...む?」

橙夏が中に入り部屋を見渡せば、少し頬を赤らめている朝陽と目が合う。


(!!朝日の頬が赤くなっている...!?もしや、朝、優雨も寝ていて、心細かったのでは!)

「そうか、そうだったのだな、朝日ちゃん。」

「?」

唐突に何かを理解されて首をかしげる朝陽。

「寂しかったのだな。」

「え?その、いや...」

「みなまで言わんでもいい!私がその不安を取り除こう!」

彼女は、じりじりと近づいてくる。

善意の行動なのだろうが、その姿は向けられるものに嫌な予感を漂わせるには十分だった。

「あ、えっと...。」




「......!」

(ん?)

「.........!」

(なんだか騒がしいな...。)

身体のだるさと眠気に妨害を受けながらも優雨は辺りを確認する。

真向いのソファーでご満悦に小柄の幼女を膝に乗せるグラマーがいた。

頭をなで、頬付け、大変満足気の彼女に対し膝上の少女はどこか虚空を見ていた。

「......何をしているんだ?橙夏。」

「お、起きたか!おはようだな、優雨。何、朝陽が寂しそうにしていたからな、なぐさめていたのだ。」

「ふーん。」


そうには、見えない。


「ああ、そうだった、朝食ができているぞ、食べるか?」

「ん~、いこうか。」

伸びをして、一度、朝陽に振り返ると「おはよう」と彼は声をかける。

「ん、おはよう。優雨。」

少し、恥ずかしそうに答える彼女は、頬が赤くしかし口元がにやけているようにも見えた。


事務所の下、伊能屋の食卓に三人が着いた。

香ばしく、程よい焦げ目のついたピンク色の鮭。

湯気立つ、白い宝石のような米。

わかめや豆腐が沈む、出しのきいたお味噌汁。

ふわっと弾力のある玉子焼き。

朝に実に日本人らしい食が並ぶ。

朝陽は目を輝かせて、食事を覗き込む。


隼人が少し、面白そうに笑うと。

「じゃあ、いただこうか」と手を合わせる。

そうすると、優雨と橙夏も手を合わせる。

それにつられるように、朝陽も手を合わせた。

「「「いただきます!」」」


各々が食事をするさまを見て、朝陽も箸で鮭を口にする。

口いっぱいに広がる、しおっけが甘く温かいご飯求める。

味噌汁で落ち着かせて、卵を口にする。

甘く、程よい塩加減のする卵焼きはついつい、いっぱい口に含んでしまう。

(前は、朝はパンだったけどこれは美味しい。)


「あ、そうだ、朝陽。」

「?、どうしたの?」

「今日は、少し心層のコントロールをしてみよう。」

「え?いいけど何で?」

「これから、心層が関わる生活が少なからずあるし、もしもの事があったら大変だからな。」

(それに、朝陽の心層は危険かもしれないから、少なからず自分でも制御してもらいたい。)

「わかった。」

「じゃあ、ご飯食べ終わったら、行くぞ。」

「うん。」


そして、今に至る。


「その、優雨...あの人...。」

「ああ、あいつは...。」

「私はね~」と朝陽のほっぺが優しくつままれる。

(!?あ、あれ?さっきまであそこに?)


「ふへへ~初めましてだね~」

「へ、は、はい。」

(な、なんだろうこの人...懐かしい感じ?)

「私はかな、ここの土地神をしているんだよ~。」

「土地...神?」

「そうそう~。」

朝陽がこれでもかと言うほどのいぶかし目で見てくる。

「ほ、本当なんだよ~!信じてよ~」

「あ~朝陽、叶が言ってる事は本当だ、彼女は外世町の土地神だ。」

「そ、そうなの?」

「うんうん、私そうだよ~」

「なんだか、その、神様らしくないね。」


叶が地面に座り込みいじける。

「しょんぼり。」

「まあ、叶が神様らしい事は置いといて。」

「酷いよ~。」

「ここに来たのは、心層のコントロールだからな。」

「えっと、それでどうしたらいいの?」

「ああ、まずは...」

と青々と広がる草原にレジャーシートを引いた。

「ここに座って、朝陽自身の心層を感じて欲しいんだ。」

「心層を?」

「ああ、心層は体中を流れている。その流れを感じてほしいんだ。」

「そんな事できるの?」

「ああ、心層は心に作用する。それは少なからず無意識に心層を感じているんだ。」

「???」

朝陽の頭を傾げる。

「あ~えっと...」

「まあ、朝陽ちゃんって普段は~心臓の音とか意識的に聞かないでしょ?」

「うん。」

「それを意識する事でね、心層はとたんにいう事を聞いてくれるの。」

「そうなの?」

「うん、心層も朝陽ちゃんだからね。」

「心層も私?」

「うん、だから、きっという事を聞いてくれるよ。」

「......わかった。やってみる。」


レジャーシートに座り息を整える。

目を閉じ、意識を外界から、内側へ向ける。


その姿を叶はどこか思い出に浸るように見つめる、

(頑張れ、朝陽ちゃん、今度はきっと大丈夫だから...。)

自然に囲まれた空間で朝陽の修業が始まったのだ。


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