第1話「外世町の心層探偵」

肌寒い春先

「ま、待って...ゼエゼエ...そ、それ返せ。」

弱々しく、声にらない声が前方に弱々しく響く。

コンクリートの上を制服姿の少年は大きな口を開け空気を取り込みながら走る。

そのフォームは、少し押せば崩れてしまうのではないかと思うくらいよぼよぼでだらしがない。


彼は目の前にいる、手のひらサイズで全身真っ赤な角の生えた小人を追っていた。

妖精?妖怪?はたまた新種の生き物?

小人は両手で紫色のがま口財布を抱え少年、雨宮優雨からまるで怪獣にでも逃げるように走り抜ける。

距離が縮まらない...

それどころかだんだん離されているような気がする。

我ながら体力のなさに自分を悔やむ。

辛い、こんな事だったら、事務所にいればよかった。


遠目で見れば、今にも足が止まりそうな彼は茹でたタコのように赤くなり滑稽だった。

余裕そうにこちらを見ては、むかつくほど口角を上げ笑顔を向ける小人

「あー!もう、いい!撃つぞ!お前!」とうとう、体力的にも堪忍袋の緒的にも限界が近い彼は腰に下げた、モデルガンを向けた。

持ち手の近くに青い石が埋めこまれ、マグナムを模したそれは、到底発射したとして弾が出るように見えなかった。

小人に向け照準を合わせるとカートゥーンアニメを彷彿とさせるほど高く飛び跳ね、さらに加速する。

「逃がすか!この野郎!」


集中しろ、連想しろ、これは銃...

想像しろ、創造しろ、これから出る弾を創れ...


銃に付いている石、「心層石しんそうせき」は「心層」に作用し青く発行する。

身体から流れる心層は銃に。

銃から心層石へ注がれ、その量を増やしてくれる。

銃の中で心層は弾へ錬成され装填へ。

銃口から大きな破裂音共に青い光が発射さる。

弾はキュンと空気抵抗を受けながらも的確に小人の足を捉える。

弾が足をとらえると、その反動から小人の体は扇風機並みの勢いで空中に二回転し頭から見事に着地する。

痛い、絶対に痛い、顔から見事に入ったな。


地面から顔を上げ、ぷるぷるっと小刻みに震える。

ん?

口が大きく開くと、どす低い男泣きが周りの空気に伝わり騒音へ変わる。

耳の奥から頭痛を起こす程の雑音に思わず耳をふさぐ。


うるさい...めっちゃうるさい...こいつ...音を出す爆竹か何かか、こいつは?

音の衝撃に抵抗しながらも、小人に近づく。

「いいから足を見てみろよ...」耳を抑えながら泣きじゃくる小人の小さな肩をさする。

「何だよ!てめぇ!足に打ちやがって!近寄るんじゃねえ!」

「今更そんな、強がっても意味ないぞ。めっちゃ泣いてたじゃん。」

「う、うるせい!」


小人は恐る恐る瞳を開く。

あられもなく、無残な姿を想像したのか、ゆっくり瞳を開くと、口に出すのも年齢制限がかかるものではなく、足に青く発光する粘着物が足とコンクリートにくっつき固定されている光景だった。


「あ?あれ?足は?」

「足を止める為に撃ったけど、そこまではやらない。」

「あ、ありがてぇ、足なくなったとばかり!」

「いくらなんでも、そこまでしたらこっちの道徳心が疑われる、それより、そのおばあさんの財布返して?いい?」

「ああ、もちろん!命あっての物種ってもんよ!」

小人は優雨に財布を小さな両手で渡す。

ずっしりくる重みも中身を確認したのちに優雨はやれやれとため息交じりに足にくっついた粘着物を取る。

「もう、悪いことをするなよ?」

「もう!しねえよ!」

足が自由になると颯爽と森の方へ走り去ると辺りには、平穏が戻る。


........あの小人、いたずらする妖怪だからまた、何かしそうだな...。

うん...忘れよう!おばあさんきっと困ってるし届けなきゃ!


彼は不信と諦めを忘却の彼方へ捨て去り、財布を依頼人であるおばあさんへと向かう事にした。



少し冷たい北風の中ベンチに座るおばあさん。

毛糸の上着を羽織り猫背で手を組む。

しわくちゃな顔がさらに深くなり、何か心配そうに地面を見てはきょろきょろと辺りを見渡す。


ふと、遠くから、ワイシャツに黒いニットウェイ、黒いズボン。

目にかかるほどで少し跳ねのある藍色の髪、青く無気力そうなジト目な学生。

その姿が見えに映ると、先ほどまでの曇りかがった表情が一気に晴れていき、汗だくの少年、雨宮優雨に歩み寄る。

「優雨君、お疲れ様、お財布はどうだった?」

「ああ、おばあちゃんの財布これでしょう?」と差し出された紫色のがま口財布を見ると、ほっと溜息をつき、朗らかな笑顔を向け「ありがとう...助かったよ...」

と感謝と報酬を受け取る。


いくら、心層で摩訶不思議な事件は起きるとはいえ、こんな、マンガじみた事起きるのか...。


どこか、日曜日の夕方に起きる歌を思い出しながら、依頼人へ手を振り、別れを告げる。


やっと落ち着けたように深く息を吸い、肺に酸素を取り込む。

吐き出すと同時に落ち着きと疲労感が同時に体にのしかかる。

そこへ春風と日光が疲れた身体へ癒しを与える。

不意にあくびを出しながら、眠気と格闘しながら歩くのであった。

ゆっくり、空を流れる雲を見送りながら足を進める。

鳥のさえずりが響くこの町。「外世町」は何もない田舎町。

山に囲まれ、中央には住宅地と数点の雑貨屋や飲食店が存在する。

少し山寄に行けば畑が広がり、仕事をしているおじちゃんが挨拶を交わす。

静かで、広大、何もないがここが雨宮優雨にとっては、生まれた町、育ててくれた町、ここの人々も森も川も好きだった。


帰ったらどうしようか...休みたいな~今日は暖かいし...昼寝でも~。

でも、あいつ許してくれなさそうだな...。

少しの憂鬱にうなだれながら帰路へ歩を進める。



一戸建てが目に映る住宅地。

暖簾に伊能屋いのうやと書かれたここは、入り口に古今東西様々な骨董品が並んでいた。

その二階、窓には雨宮心層探偵事務所と書かれた建物が周りの家々とは違い、だいぶ目を引くものとなっていた。


ここは、雨宮優雨の事務所。

元は雨宮優雨の両親が経営するものだったが、今の彼には両親がいない、両親の友人だった一階の住人と共にここの事務所を経営している。

カツカツと階段を進み、事務所のドアを開ける。

目の広がるのは接客用のソファーや机、休憩室や作業用の机にといった一般的な事務所とは変わらない。

しかし、彼にとってはいつもの事務所で我が家だ。


やっと帰ってこれた...。

日の当たり通い所長椅子に座り、癒され、目を閉じる。

不意に、人の気配を感じる。

目を開けると、その正体はすぐ目の前にいた。


ふわっとした黄色いボブショートとくりっとした茶色の瞳が少女らしさを出して愛らしく見え、スカートとワイシャツ、赤いネクタイをつけた少女。

しかし、その背丈は小学生と変わらず、女性らしき凹凸もなく服装でしかその年齢を証明できるものがない。

彼女は、高羽桜咲たかばねさき

これでも、れっきとした16歳で驚くことに優雨の同級生で外世町にある叶神社で巫女をしている。

優雨とは小学生の頃からの付き合い、言わば幼馴染でよく夕飯のお裾分けをもらっているほどの中だ。


「おかえりなさい優雨君。依頼はどうだった?」

「完了したよ、でも...今日は疲れた...。」

「そんなに?」

「いたずら小鬼と全力鬼ごっこだからな。」

「ああ、それは大変そう。」彼女は苦笑いを浮かべながら、冷たいお茶を差し出す。

「ありがとう。」くいっと飲み干し、そのまま突っ伏し寝る。

「そういえば、そっちはどうだった?」

「優雨君が依頼に行ってる間、お掃除は大体終わったよ!」

そういえば、部屋がきれいな気がする...いやきれいだ...俺が出ていく前は若干廃墟感あった事務所だけど、今やれっきとした事務所だ凄い...

「ありがとう、めっちゃ綺麗になってる。」

「どういたしまして。」彼女が微笑む、別室から怒号が聞こえる。

「優雨~~~~!」

ずしずし、機嫌の悪さ足音で表現しながら名前を呼ばれる。

恐る恐る、顔を上げれば、ピンク色の可愛らしいエプロン姿とは、対局な鬼の形相でこちらを睨む少年がいた。


総髪、高身長、ほどほどに筋肉のついた腕。

そんな男に睨まれると...怖い。

「あ、あの~ただいま...です...。」

「おかえりなさい...依頼は?」

「ちゃ、ちゃんとやりました...」

「それは、よかった...しかし!」ドンっと叩かれる机と同時に優雨の猫背から直線的な背に変わる。

「何な何だ!あの汚さは!ここは、ゴミ屋敷ではないんだぞ!れっきとした心層探偵事務所なんだぞ!」

「あははは...」

優雨は引きつった笑顔を見せる。

「笑い事ではない!掃除はまだいい...しかし!しかしなぁ!あの黒くて不気味なあいつに出会いこちらは大変だったんだぞ!」


興奮気味に怒鳴る、この少年は杉石真也すぎいししんや

170㎝、黒髪総髪、ブレザーを羽織り中のネクタイと校章は性格なのかきっちり揃えられており、ちらっと見える肌は白く美しく、身長さえなければ女子にも見える。

が彼の服に隠された腕と足などの筋肉量は確かな雄を感じられる。

彼も桜咲同様、幼馴染で剣道場、杉石流の息子である。

見た目こそ、いわゆるイケメンの部類なのだろうが、その真面目さと口うるささによってどちらかと言うとオカン的な立ち位置になっていた。

元々の性格なのか、鍛錬の結果なのか、はたまた親の影響なのか、彼の掃除スキルはもうその道でも食っていけるのでは?と錯覚するほどの腕前だった。

現実に、荒れ果て、足の踏み場もない、この汚事務所をここまで綺麗にしてくれたのはきっと彼強さだ。

全く感服である。

...感服ではあるのだが。

こうまで、口うるさく注意されるとは...

若干の後悔はあるが、これも彼の良い所だ...良い所のはずだ...。


「全く...お前は...。」

「まあまあ、優雨も疲れてるみたいだしね?」

桜咲が落ち着かせようとフォローを入れてれる。

「......まあ、すっごく汚かったけど...。」

............。

「その善処します。」

「よろしい、まあ、疲れているのは間違いないだろう...休め、身体が持たなくて意味がないだろうしな。」

「ありがたき幸せ。」

「次から気を付けるんだぞ。」

「はい...。」


総髪の少年に見守られながら、ロリ高校生が毛布を掛けてくれる。

異様で、犯罪臭がして何だかカオスだ...。

...あんまり気にしないようにしよう。


真也と桜咲はここの職員で依頼や書類整理を手伝ってくれている。

両親の事務所を継ぐとき、名乗りを上げて手伝ってくれたのが二人だ。

とても感謝している。

基本はこの三人で依頼をこなし、経営を立てている。

心層探偵は、心層に対抗できる者達として国から補助金を貰える。

人件費、維持費などに使ったとしても、少しあまり、よほど金遣いが荒くなければ破産はしない。

故にこんな、田舎町でも経営ができるのだ。

しかし、ここで来る依頼は、妖怪のいたずらが大半で、人命にかかるような事件はそうそうない。

ゆっくり、ゆったり、疲れをいやす為に寝る、冷たいお茶が温まった体温を冷やす、そこに毛布をかける。

幸せだ...このまま...ぐっすり寝よう...


コンコン。

ノック音と共にこの楽園が崩れ去る音が聞こえた。

.........嫌だ...寝てたい...。

しかし、必死の抵抗も、少年による無言の圧力に負けることになる。


「はいはい...どちら様?」

ドアを開け、ノックの正体と対面すると、高身長の女性が立っており「優雨、こんにちはだ。」と挨拶を交わす。

赤橙色のすらっとした髪、つり目の黒で高身長。

大きく実った胸、おなかには無駄な脂肪は無く、太ももには程よいぐらいの肉付き正にグラマーと言う言葉がしっくりくる。

Tシャツとデニムパンツの上にはエプロンをつけているこの女性は山城橙夏やましろとうか

事務所の一階、「伊能屋」でアルバイトしている。

優雨達とは一歳年上で、たまに依頼の手伝いをしてもらっている。

面倒見がよく、優雨達にとっては姉みたいな存在だ。

「橙夏...こんにちは。どうした?」

「ふむ?まさか忘れているのか?」

「何が?」思い当たることがない、不意に顎に手をあて考え込む。

何かあったか?買い物か?仕事か?それとも...?

「その様子だと本当に覚えていないようだな。今日から『心層被害子』(しんそうひがいご)が来るのだぞ?」


心層被害子とは、心層事件に巻き込まれ、心層の影響を受けた子供の事で。

これにより、子供から心層事件を引き起こされる可能性があり、心層探偵はその子供を一時的に保護する。


しばらく、静止したのちに声を上げる。

「.........あーーーー!そうだった!いや~すっかり...。」

後ろからの威圧が強い...。

恐る恐る後ろ振り返る。

そこには、今にも雷が落ちそうなほどの顔つきで睨む男が立っていた。

「優雨ぃ~...それはどういう事だぁ~」

「真也君!落ち着いて!落ち着いて~。」

「これが落ち着いていられるか!」

桜咲は落ち着かせようと割って入る。

真也はその華奢な身体を押しのけようとはせず、大きなため息をつく。

「全く...まあ仕方ない。」

頭を抱える真也、落ち着かせる桜咲、謝る優雨。

彼らを見ていると、思い出でも浸るように微笑み、橙夏は書類入りのファイルを机に置く。

「そうだと思って、持ってきたぞ、預かる子の情報。」


そこには、年齢、名前、住所などを書き記されている。

「名前は...白垣朝陽しらがきあさひ...年齢は十歳。」

書類と共に添付されている写真には、髪が白い少女が移されていた。

髪どころか肌も白く、瞳は赤くジト目でまるで人形みたいな美しく触ると壊れてしまいそうな脆さを感じた。

「髪と目...日本人なのか?」

「そうらしい...心層の影響かそもそもの体質かまだ分かってはいないが...。」

「わかっていないが?」

「ハア...ハア...とっても可愛いだろ!」

感情をぶちまけるように、言い放った。

「「「え?」」」

「いやいやいや、この白く美しい髪と肌!あどけなさが残る顔!しかしてこの落ち着いたような表情!全くもって天使か!」

...一応説明しておこう、彼女は、小さな子供を見ると興奮して犯罪を起こしてしまうようなアレ的な人ではなく、小さいものが好きなだけだ。


「お、おう、そうか、それはそうか...。」

「正直それはひ...。」

真也があまり触れずに置こうとした所へ優雨が容赦ない一言を入れるところだったが、とっさに幼馴染二人が口を押える。

「ん?どうかしたか?」

「う、うん!何でもないよ橙夏さん!可愛いよね、お人形さんみたいだね。」

決死のフォローを入れる桜咲。

「そうだろう、そうだろうあの子は.........。」

それに、よって更に加熱する橙夏。


「もごもご...だっあ!、とりあえずこの、朝陽って子が来るのは分かったから、とりあえずここで待ってればいいんだな?」

抑えてた二人を振りほどき優雨は言う。

「あ、ああそうだ、そうだ、そろそろ来る頃だ。」

「分かった。じゃあここで待ってる。」

と言うと優雨は椅子に座る。

「わかった、優雨だけでなく、真也、桜咲も手伝ってやってくれ。勿論私も何かあれば、手伝おう。」

「「はい!・おう。」」


まだ冬が抜けきれない春、この田舎町「外世町」で新しい仲間が来る、それを祝福するように、温かな日差しが地上に降り注ぐ。

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