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 私は急いで眼鏡を箸で救い出した。何か拭けるものはないか店内を見渡すが、ティッシュ箱も布巾もおしぼりも見当たらない。自分のカバンやポケットの中を探してみるが運悪く使えるものは何も入っていない。



「すみません。ティッシュありますか?」

 店主に尋ねる。

「あー、うちにはないですねぇ」



 店主は不愛想に答えた。

 仕方がない。「では布巾は?」と言おうとしたとき、おっさんがむせて口の中のうどんをカウンターにぶちまけた。おっさんは店主から布巾を受け取ると、汚したところを拭いた。



「すみません。布巾、貸していただけますか?」

「はい」

 すると、拭き終わったおっさんがその布巾を私に差し出した。

「いえ、新しいものを……」

「うちにはそれしかないですよ」

 店主が言った。ケチな店だ。



「じゃあ、水で洗ってから貸していただけませんか」

「それは無理だな」

「どうしてですか?」

「水止められたから」

「いや、さっきもうどん茹でてたでしょう」

「ああ、それは昨日溜めた雨水。ガスはカセットコンロ」

 おえっ。

「なんでそれで店やってるんですか!?」

「いや、赤字続きだったから今日畳むつもりだった」



 くっ、今日はなんて日なんだ。しかし起こってしまったことはしょうがない。やるべきことはどうするか考えること。拭くものを買おうにもこの辺りに店はない。拭くものを得るには、自転車で三十分かけて家に戻るか、街に行くか。


 しかし眼鏡なしで自転車の運転は危険だ。かといって歩きだともっと時間と体力がかかる。そう考えると戻りたくないが、街でティッシュを買うのも、グッズに使えるお金が減ってしまうので望ましくない。つまりこの場で解決するのがベストだ。



 私は眼鏡についたカレーを舐め取ることにした。


「痛っ」


 が、駄目だ。私の眼鏡のフレームはレンズの縁の部分が星型。その星があまりに鋭いので舌を切ってしまった。危険すぎる。

 やはり何か拭くものが必要だ。拭くだけに服は? いや、カレーうどんの汁はねだけでもみっともないのに、拭くのに使ってしまっては、いったいどんな食べ方をしたのかと疑われてしまう。



 ――いや、見えない部分で拭けば問題はない……? そうだ! パンツで拭こう!

 ――いや、それはそれで問題では? まるで痴女ではないか。男の前で、更衣室でもないのに、パンツを脱ぐなど……。



 だが、それしか状況を打破し得る策はない。私も覚悟は要るが、早くしないとカレーが乾いて拭けなくなってしまう。拭くなら今しかない。手遅れになる前の今しか……ッ! 



 ――覚悟は決まった。私を、たかがおっさん二人を前にして、パンツを脱ぐ程度のことが出来ない女だと、思っていたのかぁッ!

 今の私の心は熱く、しかし同時にクールでもあった。私は出来る限りバレないように、椅子に座ったまま静かにパンツを脱ぎ始めた。



 完全にパンツを脱ぎ終え、眼鏡を拭き始めても、二人にはバレることはなかった。二人は会話に集中していた。使える布巾がなくなったのはおっさんのせいだが、逆におっさんが居たおかげで店主の気をそらし私に気付くのを防げた。奇妙な巡り合わせだが、結果的に助かった。



 眼鏡を拭き終えて、残ったのは綺麗な眼鏡とカレーまみれで黄色くなったパンツだった。もうこのパンツは履くことは出来ない。


 私は勘定を済ませ「お騒がせしました」とおっさんに近づき、座っている椅子の背もたれにリュックサックが掛けられていたので、気付かれないようにカレーまみれのパンツを、リュックの横についているポケットの中に入れた。こいつはお礼だぜ。

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