第11話 リーシュ
「名前はなんだったかな?まあ奴隷として買うなら新しく名前をつけるといい。見ての通りの翼人種でプライドばかり高くてな、その気の強さが災いしてなかなか買い手がつかなかったんだよ。あんたが買ってくれるなら助かるんだがね」
男の説明を受けながら女を観察すると確かにスキル持ちの反応がある。人族のような白い肌に、今は薄汚れているが純白の翼、肩のあたりで切り揃えられた見事な金髪と気の強そうな目。外見だけで言えば文句のつけようのない女だ。だがこの敵意しか見せない女が大人しく言う事を聞くだろうか?買った後ですぐに逃げられては金をドブに捨てる様なものだ。俺からの指摘に、男は笑いながら答える。
「その点は安心しな。新たに契約した奴隷の首には主人にしか外せない首輪がつけられる。主人の命令に逆らったり逃亡したりすれば首が締まり、窒息死するって寸法だ」
「なるほど…」
それなら問題ないか。何のスキルを持っているのか知らないが、翼人種だと色々便利に使えるはずだ。荷物の運搬や上空からの偵察など、俺に出来ない事が多数出来る。俺がこの先成り上がるためには、一人でやるより手足になる人材が要る。ここはスキルの事を除外しても手下を作っておくべきだろう。
「買うよ」
「毎度あり。それじゃ今から首輪を用意しよう。この小皿にあんたの血を数滴垂らしてくれ」
提示された代金と引き換えに男から小皿を受け取ると、ナイフを使って指の先を少し切り、滴り落ちる血を小皿で受ける。ついて来ていた案内の男がそれを受け取り真新しい革製の首輪にそれを垂らすと、首輪が発光し始める。男達は牢の中に入り抵抗する女を押さえつけて首輪をはめ、女と共に牢から出てきた。どうやら今ので契約完了らしい。
「これで終わり…と。もう連れて行っていいぜ。命令すれば何でも思いのままだ。後は好きにしな」
これはサービスだと渡されたボロボロになった女物のローブを手に俺は店を出ようとするが、女は俺を睨みつけるばかりでついて来ようとしない。先が思いやられるとため息をつきながら、女に対して初めて命令を下す事にした。
「ついて来い。理由なく俺から離れようとするな」
それでも抵抗しようとしたのか女はその場に留まる気配を見せたが、瞬時に首輪が締め付けられて呼吸が出来なくなると嫌々ながらついて来だした。とりあえず取ったばかりの宿に戻る事にしたのだが、道中女は一言も口を開こうとせず、その気の強さにはうんざりさせられる。行きとは違い女連れで戻った事に宿の女が何か言いたそうにしていたが、あえて無視するとそのまま二階の自室に引っ込んだ。追加料金など取られてたまるか。
「座れ」
椅子に腰かけながら、女にベッドに座るように指示する。女は何を勘違いしているのか殺気を含んだ目で俺を睨みつけてくる。いちいちまともに相手にしていても疲れるので無視してコップに入れた水を渡すと、戸惑いながらも大人しく受け取った。
「まず先に言っておく。俺はお前自身には興味が無い。用があるのはお前の持つスキルだけだ」
若い男が女の奴隷を買う目的などほぼ決まっているだけに俺の言葉は随分と予想外のものだったらしく、さっきまでの敵意は鳴りを潜めて、代わりにその顔には戸惑いの感情が浮かんでいた。
「…私を犯さないのか?」
「興味ないと言ったろ?それよりスキルの事を詳しく教えろ。」
「…私のスキルは『重量軽減:弱』と言う物だ。人や道具、どんな物でも私が手に持つとその重さは本来の物より軽くなる。だから同じような筋力でも私なら何倍も多く物を持ち運べると言うスキルだ」
…これまた微妙なスキルだ。武器を主にして戦う戦士なら有効なスキルなのだが、俺は剣や槍が得意なわけでもないから有難みが薄い。スキル頼りで戦う場合、身体能力が主な武器になるのであまり必要とも思えないスキルだ。ハズレか…と、少し落胆するが、考え方を変えれば使えるかも知れない。俺はもう一度じっくり女を観察すると、女は身を守るかのように自分の身を抱きしめていた。
「お前、武器は使えるか?」
「槍の心得ならあるが…それがどうかしたのか?」
「ふむ…」
やはりこの女は手下として使った方が良さそうだ。翼人種であるので地形など無視出来るし、自分の身を守る程度に戦いの心得もあるようだ。奴隷なら首輪があるので裏切られる心配も無い。これは手元に置くべきだろう。
「なら、たった今からお前は俺の配下だ。この金で自分用の装備を整えて来い。俺はその間休ませてもらおう」
金の入った革袋を女に向けて放ると、俺はベッドに横になって目をつむる。金を受け取った女はどうしたものかと俺と革袋の間に視線を往復させていたが、思い切ったように口を開いた。
「お前は何者なのだ?ハーフなのにこんな大金を持ち歩いているし、女を買ったと言うのに手を出そうともしない。それにどうして他人の持つスキルをそんなに気にする必要がある?」
「…別に。ただ立身出世を夢見ているだけの変わり者だよ。俺のスキルの事についてはその内教えてやる。金の出所については聞くな。非合法とだけ言っておく」
「…戻ったら詳しく聞かせてもらおう。それと、私の名はリーシュだ」
「俺はケイオス。また後でな」
手をヒラヒラと振ってリーシュを部屋から追い出すと、本格的に襲って来た睡魔に抗いもせずに、暗闇の中に意識を手放した。
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浅い眠りを繰り返しているとドアの開く音で目が覚めた。野宿の癖で咄嗟に武器に手を伸ばすが、入ってきたのがリーシュだと解ると緊張を解く。今度からは一人で気を張る必要も無いとなると、ゆっくり休めそうだ。戻って来たリーシュは鉄製の胸当てと純白のスカートを身に着けて頭には鉄兜を装備し、自分の身の丈より長い槍を手に持っていた。もともと凄味のある美人だったが、その姿は神話に語られるワルキューレを想像させるほど凛々しいものだった。
「戻ったぞ」
「…よく似合ってるな」
「な、何を言うのだ!」
ちょっと褒めただけなのに顔を赤くして照れている。見た目より随分と純情な奴なんだなと思っていると、リーシュは俺の渡した革袋をこちらに放ってきた。受け取った革袋は昼間と違って随分と軽くなっている。不審に思い慌てて中を確認すると、あれだけ沢山あった金貨が随分と目減りしていたので一瞬気が遠くなる。
「一気に使う奴があるか!?」
「な、なんだ!?別に制限はかけられなかったのだから良いではないか!」
「そうだけどさ…少しは遠慮しろよ…」
思わず頭を抱えてしまう。コイツ、田舎育ちの俺より常識が無いぞ…。よく見れば新しい装備も安物ではなく所々装飾が施されていて、いかにも値が張りそうな物ばかりだ。主人が襤褸を纏っているのに自分だけ豪華装備とか、今後こいつに財布を預けるのは厳禁だなと心に誓う。
「はあ…まったく。…もう買ってしまった物はしょうがない。飯でも食おうか」
「わかった」
疲れた声で飯に誘う俺にいまいち納得のいってないリーシュを連れ、俺達は閑散とした一階の食堂を目指して階段を降りて行った。
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